ショパンコンクール第1ステージ~日本人コンテスタントのショパン演奏を振り返る
10月3日から7日まで、第19回ショパン国際ピアノコンクールの本選第1ステージが開催。日本からは13名が出場し、聴き手の心をつかむ渾身のショパン演奏が繰り広げられました。
現地取材を行なっている音楽評論家の道下京子さんが、日本人コンテスタントの演奏を中心にレポート! 配信録画とともに振り返ります。
2019年夏、息子が10歳を過ぎたのを機に海外へ行くのを再開。 1969年東京都大田区に生まれ、自然豊かな広島県の世羅高原で育つ。子どもの頃、ひよこ(のちにニワトリ)...
作曲家の心情に迫り、パッションに溢れ……それぞれのショパン
【牛田智大】《舟歌》のカデンツに表れた深い思い
初日の3番目、そして日本人トップバッターで登場したのは、牛田智大。9月12日に開催された第一生命ホールでのリサイタルで、彼はこのコンクールで演奏するピアノ独奏曲をすべて披露。コンクールでは、そのリサイタルの時よりもさらに深化した演奏を聴くことができた。一つの大きな流れの中で、音楽を作り上げていたのが心に残る。
「ノクターン」作品.62-1では和声の変化を細やかに捉え、聴く者を作曲家の内面へと深くいざなうような演奏は感動的であった。きめ細やかな音の質感や、ハーモニーにおける微妙な響きの混濁など、ペダルのコントロールも巧みである。「ワルツ」作品42は、まさにブリリアントそのもの! そして《舟歌》。クライマックスのカデンツにおける表現に、牛田の思いを強く感じた。精度の高いタッチ、優れたバランス感覚、そして作品の深い解釈は牛田の魅力。
(10月3日午前・スタインウェイ)
【山縣美季】作品が持つドラマを美しくまとめ上げる
山縣美季は、初日の午後に登場。演奏における安定感は、彼女の魅力のひとつ。この大きな舞台でも、作品が持つさまざまなドラマを美しくまとめ上げていた。
「ノクターン」作品62―2では、琥珀色のような音を通して晩年の作曲家の心情をつづっていく。「バラード第4番」においても、彼女ならではの構築性の高さが示された。彼女は、音の要素をデリケートに表現し、作曲家の心の裡をきめ細やかに描き上げる。「ワルツ」作品42も、山縣ならではの気品に満ちた音楽を披露した。
(10月3日午後・カワイ)
【桑原志織】詩を吟ずるように歌い上げた「バラード第4番」
桑原志織は、3日目の夜のセッションに登場。「エチュード」作品25-11を一つのながれのなかでまとめあげ、殊に中間部における下行するパッセージの艶やかな表現は感動的であった。続いて「ノクターン」作品9-3。とくに、右手のフレージングを細やかに施していた。中間部では感情を徐々に高揚させ、聴く者を彼女の織り成す作品のドラマへと引き込んでいく。そして、コーダの駆け上がっていくようなパッセージを奏でた瞬間、心の扉が開け放たれるような印象を与えてくれた。
「ワルツ」作品34-1は、音の一つひとつを煌めくようなサウンドでつづり、エレガントな趣を見事に醸し出す。「バラード第4番」でも、揺らぐことのないひと筋の音楽の流れのなかで物語を綴る。そして、彼女の持ち味である重みを帯びた音によって、詩を吟ずるようにメロディを歌い上げていた。
(10月5日午後・スタインウェイ)
【中川優芽花】聴く者の心を強く揺さぶるパフォーマンス
私は、ドイツ育ちの中川優芽花の演奏を初めて聴いた。聴く者の心を強く揺さぶるようなそのパフォーマンスに感銘を受けた。
「ノクターン」作品62-1では、作曲家の晩年の心をデリケートに描き出していく。「エチュード」作品25-6では、バスの表現も豊かで、立体感のある音楽を作り上げた。そして「バラード第3番」。彼女の指先から生み出される柔らかな音のヴェールが、客席を包み込む。第1主題の最初の1音が鳴り響くと、あたたかな光が差し込むような美しい情景が浮かんでくる。あたかも目の前でドラマが繰り広げられているようなリアリティに満ちた演奏であった。
(10月7日午前・カワイ)
【進藤実優】情熱みなぎる演奏に圧倒的支持
進藤実優は、前回のセミ・ファイナリスト。
「ノクターン」」作品2
(10月7日午後・スタインウェイ)
【小林海都、京増修史、中島結里愛、西本裕矢】
小林海都は、自然な流れの中で音楽を形成していた。「ワルツ」作品34-1における絶妙なワルツのリズムなど、エレガントな情趣が際立った演奏が印象的である。(10月5日午後・スタインウェイ)
小林とともに、京増修史の演奏も人気が高かった。彼は、まろやかで密度の高い音を通して、丁寧に作品を描き上げていく。「ワルツ」作品34-1における音の芯を弾ませるようなタッチは、典雅な趣を醸し出していた。(10月6日午前・ヤマハ)
今回のコンクールの最年少者、中島結里愛は15歳10か月でこの舞台に臨んだ。ピアノは、ベヒシュタインを選択。彼女らしい淡い詩情に満ち溢れたショパン演奏で、「バラード第4番」などでは、パッションあふれる音楽を披露。(10月7日午前・ベヒシュタイン)
西本裕矢も、前評判の高いピアニストだった。奇をてらうような音楽の解釈はなく、丁寧に作品と向かい合ったパフォーマンスであった。彼の持ち味である柔らかく煌めきを放つサウンドも存分に発揮されていた。もっと評価されてよい演奏であると思う。(10月7日午前・カワイ)
【小野田有紗、島田隼、東海林茉奈】
小野田有紗は、2015年のこのコンクールでは第2次予選まで進出し、2021年も予備予選に出場している。「ノクターン」作品48-1における淡く透き通るような叙情性は、聴く者の心をつかんで離さない。(10月7日午前・スタインウェイ)
島田隼は、早い時期からアメリカで研鑽を積んでいるピアニスト。硬質の透き通るようなサウンドを通し、美しく一つの音楽にまとめ上げていた。「ノクターン」作品48-1における内声の繊細な色合い、そして「バラード 第2番」ではファンタジーあふれる演奏を聴かせてくれた。(10月7日午後・ヤマハ)
東海林茉奈は、2021年のこのコンクールでは予備予選に参加、またショパン国際ピリオド楽器コンクールの本選にも出場している。このラウンドでは、ペダルを絶妙にコントロールし、「ノクターン」作品27-2では即興的な装飾を取り入れていた。「ワルツ」作品34-1の細やかなフレージングの表現や息遣いなど、ブリリアントなエッセンスを際立たせたパフォーマンス。完成度の高い演奏だったと思う。(10月7日午後・カワイ)
注目される海外のコンテスタントたち
ヨナス・アウミラー(ドイツ・カワイ)は、深い洞察を経た、熟練した演奏を披露。完成度の高い音楽を示したケヴィン・チャン(カナダ・スタインウェイ)、音楽を細部にわたり丁寧に描き上げたエリック・グオ(カナダ・スタインウェイ)、日本でも前評判の高いDavid Khrikuli(ジョージア・スタインウェイ)、落ち着いた優美な音が魅力のイ・ヒョク(韓国・スタインウェイ)とハオ・ラオ(中国・スタインウェイ)、エリック・ルー(アメリカ・ファツィオリ)は10年前のこのコンクールにおける第4位の入賞者。ユニークな解釈のPiotr Pawlak(カワイ)、そして、Zitong Wang(中国・カワイ)はダン・タイ・ソン門下。
また、ピヨトル・アレクセヴィッチ(ポーランド・カワイ)、Xuehong Chen(中国・スタインウェイ)、Yang Gao(中国・カワイ)、Adam Kaldunski(ポーランド・ファツィオリ)、Xiaoxuan Li(中国・スタインウェイ)、Philipp Lynov(中立参加・スタインウェイ)、Ruben Micieli(イタリア・スタインウェイ)、Jacky Zhang(イギリス・スタインウェイ)も気になる存在である。
そして、Yifan Wu(中国・スタインウェイ)、Zihan Jin(中国・カワイ)、Zhexiang Li(中国・スタインウェイ)、Tianyan Lyu(中国・ファツィオリ)などティーン・エイジャーのピアニストにも注目したい。
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