レポート
2025.10.17
2025年10月14日~16日の現地レポート

ショパンコンクール第3ステージ~日本人3名と海外の通過者のショパン演奏をレポート


10月14日から16日まで、第19回ショパン国際ピアノコンクールの本選第3ステージが開催。日本からは3名が出場しました。現地取材を行なっている音楽評論家の道下京子さんが、日本人コンテスタントの演奏とともに、海外の第3ステージ通過者、そして惜しくもファイナル進出には至らなかったものの、印象に残ったピアニストの演奏をレポートします。

取材・文
道下京子
取材・文
道下京子 音楽評論家

2019年夏、息子が10歳を過ぎたのを機に海外へ行くのを再開。 1969年東京都大田区に生まれ、自然豊かな広島県の世羅高原で育つ。子どもの頃、ひよこ(のちにニワトリ)...

10月14日、第3ステージにおける桑原志織©Krzysztof Szlezak


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美しく、緻密に音楽を織り上げた 日本人3名の「ソナタ」

【桑原志織】「ソナタ第3番」は圧巻の演奏

10月14日、第3ステージにおける桑原志織©Krzysztof Szlezak

桑原は、第1ステージから安定した演奏を披露している。第3ステージのこの日も堂に入ったパフォーマンスであった。「スケルツォ第3番」では、諧謔さを活かしつつ、叙情的な側面も引き出す。続いて「マズルカ」作品33。第1曲や第2曲では、音の芯を心地よく弾ませながら、淡さを漂わせる。呼吸の細やかさとともに、メロディラインを活かした表現が印象的であった。

「ピアノ・ソナタ第3番」は圧巻の演奏! 第1楽章では、彼女らしい堂々とした音楽を構築。第2楽章中間部におけるコラールの優美な趣、ショパン作品特有の高貴さを際立たせた第3楽章、そして第4楽章では、圧倒的な推進力とともにアーティキュレーションを丁寧に描き上げた。

(10月14日午後・スタインウェイ)

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【進藤実優】「ソナタ第2番」で客席から拍手が沸き起こる

10月15日、第3ステージにおける進藤実優©Wojciech Grzedzinski

深く音楽の内面に肉薄した演奏であった。彼女の指から紡ぎ出されるメロディは、途切れることのない緊張感に満たされている。「マズルカ」作品56は、ペダルを抑制して音の遠近を巧みに醸し出し、叙情性あふれる音楽を創出。

「ピアノ・ソナタ第2番」では、卓抜なペダリングを通して豊かな響きを生み出し、音楽を立体的に築き上げていく。第2楽章中間部などでは、作品からさまざまな声を巧みに引き出し、美しく音楽を織り上げていた。進藤がこのソナタを弾き終えた後、客席から拍手が沸き起こる。

そして《アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ》では、リズムに細やかな彫琢を施し、若きショパンの美しいリリシズムと清々しさにあふれる演奏を披露した。

(10月15日午後・スタインウェイ)

【牛田智大】持ち味の構成力が際立った「ソナタ第3番」

10月16日、第3ステージにおける牛田智大©Wojciech Grzedzinski

「プレリュード」作品45から「マズルカ」作品56へ移っていくところが気に入っていると、牛田は以前に話してくれた。透明感あふれる音のグラデーションによって、美しいショパンの世界を繰り広げていく。「幻想曲」では、音楽の大きな流れにさまざまな感情を美しく一つに束ね上げた。

「ピアノ・ソナタ第3番」は、牛田の持ち味のひとつである構成力が際立った。全体を通して、メロディをたっぷりと歌い上げている。また、内声部における緻密なアプローチも牛田ならでは。

(10月16日午前・スタインウェイ)

 

海外の第3ステージ通過者

David Khrikuli(ジョージア)

10月14日、第3ステージにおけるDavid Khrikuli ©Wojciech Grzedzinski

David  Khrikuliは2001年ジョージア生まれ。濃密なサウンドで、たっぷりと楽器を鳴り響かせてショパンのメロディを歌い上げた。ワルツやマズルカにおける言葉で語りかけるような息遣いは見事。

「マズルカ」作品56の第1番。楽想が移り変わる場面では、和声の変化を大胆に捉え、音楽に色合いをもたらした。「ワルツ」作品34-2において淡いメランコリーを繊細に浮かび上がらせ、「スケルツォ第4番」ではスケルツォ本来の軽快な側面をバランスよく表現。

(10月14日午前・スタインウェイ)

Tianyou Li(中国)

10月14日、第3ステージにおける Tianyou Li ©Krzysztof Szlezak

 Tianyou Li は中国出身の21歳。才能豊かなピアニストだと思う。「《ドン・ジョヴァンニ》の「お手をどうぞ」の主題による変奏曲」では、スケールの大きなパフォーマンスを披露していたが、作品の細やかな変化も反映した演奏も聴きたいところ。ファイナルに期待したい。

(10月14日午後・スタインウェイ)

Tianyao Lyu(中国)

10月15日、第3ステージにおけるTianyao Lyu ©Krzysztof Szlezak

中国出身で16歳のTianyao Lyuは、今年1月にショパン国際ピアノコンクールin ASIAで奨励賞を獲得。その演奏を私は聴いているが、9か月で飛躍的な成長を遂げている印象をもった。

「マズルカ」作品59では、淡い詩情に満ち溢れたパフォーマンスを披露。緊張のせいか、響きがやや硬くなってしまったのは残念。しかし、「ピアノ・ソナタ第2番」では、大胆な感情を披瀝。「子守歌」は、煌めくようなサウンドで綴られた。音程を丁寧に捉え、音楽をふくよかに描き上げており、作品を深く読み込んでいたと思う。

(10月15日午前・ファツィオリ)

Vincent Ong(マレーシア)

10月15日、第3ステージにおけるVincent Ong ©Wojciech Grzedzinski

Vincent Ongは、マレーシア出身でドイツに学ぶ24歳。丸みを帯びたぬくもりあふれる音で、メロディラインをしっかりと刻み込んでいく。サウンドは、ドイツ・ロマンティックを思わせる。「ピアノ・ソナタ第3番」第4楽章での主題の個性的な抑揚など、独特な表現も印象的であった。

(10月15日午後・カワイ)

Zitong Wang(中国)

10月16日、第3ステージにおけるZitong Wang ©Wojciech Grzedzinski

Zitong Wangは1999年中国生まれ。心の芯の強いピアニストだと思う。彼女は、筆者が第1ステージから注目しているピアニストの一人。思いのままに自身の感性で演奏していく。豊かな音量や多彩な音質、そして幅広い響きの表現は、彼女の強い指のたまものである。

「マズルカ」作品50では、郷愁を淡く漂わせ、同時に作品のさまざまな陰影を深く描き出す。「ピアノ・ソナタ第3番」でも、ほの暗い情熱を漲らせ、作品の内奥へとまなざしを注ぐ。「ワルツ」における、繊細なポルタメントのような歌わせ方も心憎い。

(10月16日午前・カワイ)

William Yang(アメリカ)

10月16日、第3ステージにおけるWilliam Yang ©Krzysztof Szlezak

2001年生まれのYangは、アメリカを拠点に活動している。たっぷりとメロディを歌い上げていた演奏が心に残る。重みのある明るい音は、彼の音楽の特徴。「スケルツォ第4番」は、輝くようなサウンドで軽快さを引き立て、「マズルカ」作品33でも生き生きとしたリズムで作品を描き上げた。

(10月16日午後・スタインウェイ)

Piotr Alexewicz(ポーランド)

10月16日、第3ステージにおけるPiotr Alexewicz ©Krzysztof Szlezak

ポーランド出身のPiotr Alexewiczも、このコンクールで注目を集めている。「マズルカ」作品41の多彩な表現! 重みのあるタッチによって、マズルカのリズムを生き生きと鳴り響かせ、言葉を語るようにメロディを奏でていく。躍動感あふれるその演奏は、マズルカの民族舞曲の側面を際立たせる。

また、《アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ》の前半部分など、独自の解釈を示していた。

(10月16日午後・カワイ)

Kevin Chen(カナダ)

10月16日、第3ステージにおけるケヴィン・チェン ©Krzysztof Szlezak

カナダを拠点とするChenの「マズルカ」作品41の演奏は、これまでのステージとは少し異なる趣を示した。落ち着いたテンポで音の一つひとつをすくい上げていくような表現が心に残る。どの作品も特徴を的確に捉え、鋭敏な打鍵を通して克明に刻み込み、均整のとれた作品をまとめ上げていた。

(10月16日午後・スタインウェイ)

Eric Lu(アメリカ)

10月16日、第3ステージにおけるEric Lu ©Krzysztof Szlezak

Eric Luは、手を痛めたために演奏順が変更された。生彩を欠いていた点も否めないものの、高いクォリティを保ったパフォーマンスは見事。全体を通して美しい抒情性をたたえたショパン演奏であった。「ポロネーズ」では、初期のシンプルなスタイルを大切にし、ペダルを抑制して音楽をすっきりと構築。

(10月16日午後・ファツィオリ)

ファイナルに進出しなかったものの、印象に残ったピアニスト

Yang (Jack) Gao(中国)

Yang (Jack) Gaoは2003年中国生まれ。渋みを帯びた重い音で、メロディをたっぷりと歌い上げた。「即興曲第3番」の中間部では、カワイの低音域のまろやかな響きを活かして、心に迫る情趣を醸し出す。作品に対するひたむきな思いは十分に伝わってきた。

(10月14日午前・カワイ)

Eric Guo(カナダ)

Eric Guoは、第2回ショパン国際ピリオド楽器コンクール優勝者。全体を通して、緻密に音楽を作り上げていた。打鍵のタイミングや和音の奏法の表現には、ピリオド的な奏法も感じられた。

「マズルカ」作品59の、息遣いのきめ細やかさは見事。第1曲(イ短調)中間部に入るところでの微かな色合いの変化は絶妙であった。また、第3曲の中間部では、リズムを繊細に刻み込んで音楽に豊かな陰影をもたらした。

(10月14日午前・スタインウェイ)

Hyuk Lee(韓国)

Hyuk Leeは前回のファイナリスト。ありのままのショパンの作品像を聴く者に示してくれた。曲の各部分を滑らかに結びつけ、音楽に自然な流れをもたらしている。たとえば「ピアノ・ソナタ第3番」も4つの楽章を一つの流れの中で美しくまとめ上げた。また、「バラード第3番」でも、音楽的要素を極端に対比させず、表情の一つひとつに丁寧に彫琢を施す。

(10月14日午後・スタインウェイ)

Piotr Pawlak(ポーランド)

ポーランド出身のPiotr Pawlakは、個性豊かな演奏を聴かせてくれた。深い思索を経た彼の音楽は、強い説得力をもっていただけに、筆者はこの結果をひじょうに残念に思う。コンクールではなく、彼のコンサートを聴いているかのようであった。

(10月15日午後・カワイ)

取材・文
道下京子
取材・文
道下京子 音楽評論家

2019年夏、息子が10歳を過ぎたのを機に海外へ行くのを再開。 1969年東京都大田区に生まれ、自然豊かな広島県の世羅高原で育つ。子どもの頃、ひよこ(のちにニワトリ)...

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