
成田悠輔が音楽の未来に放つ、鋭くも希望あるメッセージ

デジタル化やコロナ禍による環境変化、若年層の減少をはじめとする音楽業界の課題を背景に、クラシック音楽業界のこれからについて議論するために企画されたカンファレンス「クラシック音楽会議」。
音大卒業後に経済的に自立するための手段となる演奏家以外のさまざまな可能性や、セルフブランディングの重要性に焦点を当てた第1回開催の模様をリポートします。

東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...
クラシック音楽業界における課題を乗り越え、業界全体を次のステージへ導くための羅針盤となるべく企画された「クラシック音楽会議」の第1回が3月28日、立教大学池袋キャンパスで開催された。
第1回となる今回は、「音大いって、そのあとどうする?」という切実なテーマが掲げられた(このフレーズに一瞬ドキッとした人も少なくないのではないか)。「セルフブランディングの必要性」と「進路・キャリアに関する情報収集」を軸に、議論が交わされた。
開催の背景には、近年のデジタル技術の進展や聴衆の多様化がある。演奏家やオーケストラ、音楽大学をはじめとする教育機関、そして聴衆を取り巻く環境は、いま大きく変化している。
主催の一般社団法人日本音楽協会によると、クラシック音楽業界が持続的に発展していくには、従来のマインドだけでは世の中のニーズに応え価値を高めることは困難だという。まさに、転換期を迎えている。こういったことを背景に、それぞれの立場からの知見を共有しつつ、長期的に未来を見据えた戦略を議論する場が求められていたのである。
冒頭の特別講演では、経済学者の成田悠輔氏が登壇。クラシック音楽の文脈では意外ともいえる存在が、「音楽と世界」と題して講演を行なった。
好きにすればいい
冒頭から成田氏は、「音大行って、そのあとどうする?」の問いについて、「好きなようにすればいい」とさらっと答え、スクリーンにはジャン=リュック・ゴダールの映画『勝手にしやがれ』のポスターが映し出される。「好き勝手に生きて、好き勝手に滅びればいい」と、突き放すような言葉で会場は遠慮がちにざわつく。しかしその背景には、音楽という営みの本質に対する深い洞察がある。
音楽はそもそも言葉で捉えきれない存在であり、「音楽について議論すること自体が矛盾に満ちている」と語る姿は、いかにも“成田節”だ。
講演の核は、音楽の持つ圧倒的な力。成田氏は音楽を「人類全体が一緒に試すことができる麻薬のようなもの」と表現し、「分断された我々がもしかしたら、ふたたびつながり合えるのかもしれない」という希望を生み出す装置だと指摘する。言語や文化を超えて人々を結びつける音楽の力は、ジャンルを卓越しクラシックからポップスまで共通する。内田光子、藤田真央、反田恭平、辻井伸行といったアーティストを挙げ、実際に演奏家の活動が国境を越えている事実にも触れた。
一方で、現実は甘くない。音楽の市場規模についても触れ、「人類は音楽に年間で10兆円しか使っていない」と冷静に分析。「とてつもない競争の渦のレッドオーシャン」と語るように、音楽を職業として生きる厳しさを突きつける。法律や経理といった実務的スキルを勧める現実的な助言も、音大生にとって耳の痛い提言になるかもしれない。
AI時代の音楽について会場からの質問にも答える。「人間がやる必要がなくなっているんじゃないか」と語りつつも、「人間が音楽を奏でたり、聴いたりする喜び自体は変わらない」とコメント。今後は作品そのもの以上に、「その人がどういう人か」という物語性が重要になると示唆した。
締めに語られた「優れた音楽家とは、既存の価値観と衝突し、それを再構築できる存在」という言葉は、現役音大生や若手演奏家に響くだろう。この講演は、キャリアの正解を提示するものではない。「正解などない」という前提に立ち、音楽とどう向き合うかを問い直す場となった。
選ばれる音楽家の条件とは何か
ディスカッションⅠ セルフブランディングの重要性
続いて、ディスカッションⅠ「セルフブランディングの重要性」では、音大で高い演奏技術を身につけても、それだけでは埋もれてしまう――そんな現実が率直に語られた。音大生が音楽業界で働くためには、自身の個性や音楽性を明確にして発信していくセルフブランディングが必要となるという。

写真提供:日本音楽協会
イープラスのエージェント事業に参画し、角野隼斗、亀井聖矢、児玉隼人をはじめとする人気アーティストのマネジメントを担当する小針侑也氏は、「素晴らしい演奏家がたくさんいるなかで、その演奏家にお願いしたい理由があるかが大事になってくる」とコメントし、技術以上に“選ばれる理由”の重要性を強調する。
桐朋学園大学で教鞭をとるピアニストの中井恒仁氏は、「自身の熱意が伝わる演奏」「学生時代からの信頼の積み重ね」も欠かせない要素だという。
同時に、「教える」「異なるジャンルと組み合わせる」といった道も提示された。ヴァイオリニストの高松亜衣氏はSNSを活用したブランディングについて、「戦略的に始めたものではなく、試行錯誤の中から自然に形づくられていった」とプロセスを振り返る。
「ヴァイオリンを辞めようと思って」始めた発信だったのが、「聴いてくれる人がいる」という事実に気づいたことで意識が大きく変化する。それまでの「自分のための演奏」から、「誰かに届ける演奏」へと視点が転換されたという。求められる経験を通じて、コンテンツの作り方や見せ方を考えるようになり、結果的にブランディングにつながった。また、「誰も置いていかないヴァイオリニストになりたい」という姿勢で、音楽の価値を押しつけるのではなく、「誰かの日常に彩りを与えられたら」という想いで発信している。
自分の音楽を“誰に届けるか”を意識したとき、キャリアは広がり始める。在学中から意識するべきマインドや行動について、議論が繰り広げられた。
音大卒のキャリアは広がっている
ディスカッションII 進路・キャリアの情報収集
現代の音大生の進路は、学校教員、一般企業への就職、フリーランスなど演奏家以外にも職種にも広がっているが、具体的な実態や就職活動に必要な情報が不足していると感じる学生や卒業生が多いという。
音楽家として十分な収入を得るのは非常に厳しく、在学中に学生の多くが将来への希望と現実のギャップに悩む。大学側にはキャリアサポートの充実、学生側には受け身ではない自発的に動く積極性が求められる。

写真提供:日本音楽協会
ディスカッションIIでは、音大生の卒業後にはどんな選択肢があるのかについて議論が交わされた。
音大生が抱える将来への不安に対しては、音大生の就職エージェント「ミュジキャリ」代表の白鳥さゆり氏より「音大生だから就職に不利ということは一切ない」と明言された。実際、音大で培った「目標を掲げて努力し続けてきた経験」や自己管理力は企業から高く評価されている。一方で、白鳥氏は「卒業してすぐ音楽だけで食べていけるのは0.05%」という厳しい現実も示した。ただし、それは可能性を閉ざすものではない。
ディスカッションを通して見えてくる答えはひとつではないが、重要なのは「音楽経験を人生の中でどう捉えるか」ということ。一般企業、公務員、教育、起業など、進路は多様に広がっている。
また「パラレルキャリア」という選択肢も現実的だ。音楽と別の仕事を両立しながら生きる道もある。音楽を軸にしつつ、自分の未来を主体的に設計できる時代であることを示す、前向きなディスカッションとなった。
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