鳥を呼んでみた――メシアンの書いた楽譜をフルートで吹いたら鳥たちはやってくるのか?
バードウォッチングはアウトドアの定番の楽しみ。美しい鳥たちのさえずりを聴くことも醍醐味のひとつだが、こちらから鳥を呼ぶことはできないだろうか? 編集部体当たりの「やってみた」企画第1弾は、フルートでメシアンの楽譜にある鳥のさえずりを吹いて、鳥を呼んでみた。
東京生まれの宇都宮育ち。高校卒業後、渡仏。リュエイル=マルメゾン音楽院にてフルートを学ぶ。帰国後はクラシックだけでは無くジャズなど即興も含めた演奏活動や講師活動を行な...
1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...
《魔法使いの弟子》で有名なフランスの作曲家ポール・デュカスが、自身の作曲の弟子に言ったという。
「鳥の声を聴きたまえ」
その教えを忠実に守って、鳥の声を聴き、採譜し、音楽にしてしまったのが20世紀最高の作曲家 オリヴィエ・メシアンだ。
*
お絵かき帳に鳥の足ばかりを書いていた気持ちの悪い4歳児だった過去をもつ私は、今でもそれなりの鳥好き。あるフルーティストがフランスのアヴィニョンで、メシアン作曲のフルートとピアノのための「クロウタドリ」を演奏していたら、本当にクロツグミが寄ってきてさえずったという話を聴いてから、密かに自分も試してみたい気持ちがあった。うっかり他の編集部員にその話をしたら、満場一致で言われた。
「吹きたまえ」と。
フランスの作曲家オリヴィエ・メシアン(1908~1992)は、すでに幼少期の頃から鳥たちの歌声に魅了されていた。パリ音楽院の学生時代には鳥類学への関心を高め、その興味は作曲にも多大な影響を与えた。
いや、影響どころではない。彼は鳥たちの声を五線紙に書き起こし(録音機は使わず、ノートを持って出かけ、自分の耳を使って採譜したそうだ)、それを自分の音楽作品の素材とした。そうして生み出された音楽は、なんとなく「鳥の声っぽく聴こえる」ような甘っちょろいものではない。どこで何の鳥がどう鳴いたのか、自分の足と耳を使って世界中の鳥たちのデータを集め、もっとリアルで、もっと露骨に鳥の声を扱って音楽作品にしたのだった。
メシアンは鳥たちを、ある種神聖なもの、優れた音楽家として崇拝していたようだ。「芸術的な順位からいって、鳥類はわれわれの遊星上に存在するおそらく最大の音楽家です」とか「鳥たちの名人芸は驚嘆に価します。どんなテノールも、いかなるコロラトゥーラ・ソプラノもこれに比肩することはできますまい」と語っている。残念ながら絶版となってしまった「オリヴィエ・メシアン その音楽的宇宙〜クロード・サミュエルとの新たな対話」(戸田邦雄訳、音楽之友社)に残されている言葉だ(p.109およびp.114)。同書のインタビューによれば、彼は鳥類学者として非常に熱心で、フランスの鳥ならおよそ50種類を耳で聴いて識別できたというから驚きである。
ーー飯田有紗
オリヴィエ・メシアン:フルートとピアノのための「クロウタドリ」
パトリック・ガロワ(フルート) リディア・ウォン(ピアノ)
ウグイスのライバルになる
7月の半ば、朝7時過ぎの都内の公園に到着。
鳥の朝は早い。盛んに鳴くのは明け方からなので、少し出遅れたかな? と思っていると、少し季節遅れのウグイスくんが「ホーホケキョ」を歌って出迎えてくれた。
この季節、ウグイスの繁殖期のピークは過ぎている。ウグイスの「ホーホケキョ」は雌の関心を寄せるための雄の愛の歌なので、彼はまだ独身ということになる。
そこでフルートを取り出して、「ホーホケキョ」を吹いてみた。早く恋人を見つけなくてはいけないと焦っているところに、私が吹く謎のデカい音で「ホーホケキョ」。
反応あり。ライバルだと思ってくれているようだ。メシアンの遺作の論文集「リズム、色、鳥類学の概論」5巻にある「Uguisu」の項目には「ケキョ!」の部分を「ケケキョ!」「ケキョケキョ!」と工夫すると書かれているのだが、彼はライバルの出現後、ケキョケキョ! し始めていた。手ごたえ充分。この調子で次はあの鳥だ。
メシアンは生涯を通じて、自作のあちこちに鳥の声に基づく音型を忍び込ませている。有名な《トゥーランガリラ交響曲》や《世の終わりのための四重奏曲》の中にも、鳥のさえずりを模した音型が聴こえる。
だが、かなり“鳥度”高めな作品はいくつかある。その最たる例は、その名もズバリ、「鳥のカタログ」。さすがに露骨すぎるタイトルとも思えなくもないが、メシアン先生は本気なのだ。1956〜58年に書かれたこのピアノ作品は、イソヒヨドリ、モリフクロウ、ヨーロッパウグイス、ダイシャクシギなど、13種類の鳥の名前のついた13の曲が、まさにカタログのように並べられている。全7巻、演奏時間はおよそ2時間半という大作だ。タイトルは13種だが、メシアンがフランス中を旅して出会った鳥さんたちが、実は77種類も登場しているという。この作品で彼はとにかく正確に鳥の歌を伝えることに注力した。「仕事の正確さについてはひそかに自負しています」とご本人も誇らしげである(前掲書、p123)。
――飯田有紗
オリヴィエ・メシアン: 「鳥のカタログ」第5巻 ~ 「ヨーロッパウグイス」
アナトール・ウゴルスキ(ピアノ)
キビタキ―― 日本で最高の歌手
正直、ウグイスはチョロイのだ。そもそもの歌がシンプル(シンプルだから悪いわけではない。モーツァルトのようにシンプルだけど美しいのだ)なので、あちらもこちらを鳥の歌声と認知しやすい。どうせなら、メシアンが日本にいる最高の歌手と書いた「キビタキ」を呼びたい。
公園の奥へ進むと、緑が鬱蒼としげる林に向かって円形のステージのような場所を見つけた。そこで思い切って、メシアンが1963年の軽井沢で採譜したキビタキのソロ(楽譜にして82小節、 21のさえずりからなる大作だ)を吹いてみる。
少なくともフルートの音を聴いて、逃げてはいないぞ。
耳をすましてみると、いったい何羽いるのだろうか、鳥の声が重厚なオーケストラに聴こえてくる。フルートでさえずると、すこし鳥たちが反応している気がする。いやいや、反応してる!
日本の鳥の歌も作品にしてくれた。演奏旅行で諸外国を訪れる際、メシアンはご当地の鳥に会いに出かけたが、1962年に来日した際、奈良や宮島などを訪れ、そして軽井沢で鳥の声に出会った。ウグイスである。今回、ONTOMO編集部員の川上氏が対決(?)した、かの鳥である。
「それは非常に特性的で、他にどんなにたくさんの鳥がいてもすぐわかります。非常に長い音がピアニッシモからクレッシェンドし、きわめて漸進的にふくれ上がり、誇らしげなトルクルス格(編集者注:グレゴリオ聖歌の記譜法で 低い―高い―低い を意味する。ホケキョの部分に当たる)のフォルティッシモで終わります。私はこの歌を自作の『七つの俳諧』の中の『軽井沢の鳥たち』で用いました」(前掲書、p.117)
メシアンの作品を通じてこそ出会える、さまざまな鳥たちとの交流を楽しみたいものだ。
――飯田有紗
オリヴィエ・メシアン:「7つの俳諧」~「軽井沢の鳥たち」
ピエール・ブーレーズ(指揮) クリーヴランド管弦楽団
鳥の歌を歌う
残念ながらキビタキが来ていたかどうかは判別できなかったが、メシアンが楽譜にした鳥の歌は、野鳥たちにも「鳥の声」として認定されたのである。
案外こうして鳥と歌いあうのも、鳥の声を聴いたり、バードウォッチングのように、野鳥と触れ合うひとつの方法として人気がでるかもしれない。
今回は野外でも使えるプラスティック製のフルートで臨んだ。フルートは金属でできてはいても、メカの部分は直射日光や湿度に弱い楽器なのでプラスティック製なら安心だし、これがなかなか本格的なのだ。フルートを吹くのに必要な機能はバッチリ備わっている。
リコーダーのような歌口もついていているので、フルート未経験者でも指使いだけ練習すれば鳥の声が再現できる。
指使いを覚えるのも面倒だという人には、その名も「バードコール」というものがある。木に金属の部品を取り付けてキュッキュッと回すと、それはリアルな鳥の声が再現できる。
私が吹くフルートより、バードコールのほうがやや反応が良かった気がしたのは内緒である。
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