レポート
2019.07.16
東京藝術大学ダイバーシティ月間2019 シンポジウム「女性・芸術・キャリア」

女性が音楽や美術でキャリアを築くために——東京藝術大学が取り組むダイバーシティの推進

東京藝術大学が6~7月をダイバーシティ月間と名付け、5つのイベントを企画。その中で6月30日に行なわれたシンポジウムでは、学生たちに向け、音楽と美術、双方のアーティストからは自らのキャリアをどう形成していったのか、大学や企業からはどうキャリアをサポートし得るのかをスピーチした。
子育てしながら音楽を専門にライターとして活動する、藝大出身の室田尚子さんがレポート!

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室田尚子
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室田尚子 音楽ライター

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...

写真:編集部

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藝大の学生と上位職の男女比から見る現実

東京藝術大学のダイバーシティ推進室が主宰する「東京藝術大学ダイバーシティ月間」。トークセッションやコンサートなど、さまざまなイベントが企画されていますが、その中で6月30日に開催された「女性・芸術・キャリア」と題するシンポジウムに参加してきました。

東京藝術大学は、実は、全国の共学国立大学の中でもっとも女子学生の比率が高い大学です。その数字はなんと66%。学生の3分の2以上が女子なのです。かつて藝大で学んだ身からすると、単純に女子が多いということのみならず、「男女差」よりも圧倒的に「実力」がモノをいう芸術大学という場所は、世間的な男女差別からは距離があったと思います。

しかし、これが教員となると一変するのもまた、現実です。講師・准教授以上のいわゆる上位職に女性が占める割合は2割強。藝大の130年続く歴史の中で彫刻科やデザイン科に女性の准教授が誕生したのは、つい最近のことだそうです。

4年前に、文部科学省による科学技術人材育成費補助事業「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ」に採択され、藝大の環境設備やシステム構築は大きく前進しつつあります。そうした中で開かれた今回のシンポジウムは、ぜひ学生にも自分の将来のキャリア形成について考える機会を持ってほしい、ということから企画されました。

モデレーターの岡本美津子教授は、藝大初の女性副学長であり、また、現在ダイバーシティ推進室の国際・ダイバーシティ推進担当を務めていらっしゃいます。

モデレーターの岡本美津子さん。東京藝術大学大学院映像研究科教授で、NHK Eテレの5分間番組「Eテレ2355」「Eテレ0655」などをプロデュース。

筆者もそうであったからわかりますが、藝大生が自らの「女性としてのキャリア」を意識するのは、大学を卒業したあと、社会に出てからのことです。在学中はそれこそ製作・演奏・研究一筋で、しかも一般の大学のように、ある時期になると学生が一斉に就職活動をスタートさせるなどということもない環境。いざ社会に出てみて、初めて自分の「将来」——具体的には、結婚するのか、子どもは持つのか、家庭と仕事のバランスをどう取るのか、という課題と直面せざるを得ない状況になります。

シンポジウムの第1部は、そんな藝大の卒業生の中から、現在世界的にもキャリアを築いている2人の女性アーティストが登場し、自らの「キャリアの築き方」について具体的な話をしてくれました。

2人の女性アーティストの生き方

現代美術家の宮永愛子さんは、京都造形芸術大学彫刻コースを卒業後、藝大大学院先端芸術表現に進学。大学院修了後、2006年に文化庁新進芸術家海外派遣制度でスコットランドに留学。帰国後は国立国際美術館での個展開催、2013年「日産アートアワード」初代グランプリ受賞など、順風満帆な作家生活を歩んでいきます。

そんな宮永さんが「子どもを持つ」という問題に初めて直面したのが、40歳になったときだったそうです。それまで夫からは「いつになったら子どものことについて考えてくれるのか」と言われても、真剣に考えられなかったという宮永さん。

「自分は“アート巫女”で、こういう経験をしたらこのアートは作れなくなるんじゃないか、という思いが強かった」そうで、ふとしたきっかけで「40歳になったら妊娠の確率が激減する」ということを知り、妊娠・出産に真剣に向き合うことに。

現在、41歳のときに出産した3歳半の娘さんを育てながら制作に勤しむ日々。出産直後は「自分は世界においていかれるのでは」と悩み苦しんだ時期もあったそうですが、今は「子どもがいる人生」をのびのびと生きているという印象でした。

フロアからは「女性であることで損をしていると感じたことはありますか?」という質問が出ましたが、宮永さんは「損だと思った時点でバイアスが始まってしまう。あまりそういうことは思わずに生きていったほうがいい」とアドバイスをされていたのが印象的でした。

もう1人のアーティストは、クラシック音楽ファンのみなさんにはお馴染みの指揮者・三ツ橋敬子さん

1999年に現役女性としては初めて藝大指揮科に入学した三ツ橋さんは、中高時代は私立の女子校でジェンダーの壁をまったく感じずに過ごし、大学に入って初めて、「指揮者」という男の世界で大きな壁を感じたそうです。まずは、先生からは「男性に負けない」という意識を持つことを教えられたそうですが、一方で「女性としての魅力」と「指揮という仕事」をどう両立させていくべきなのかについて悩むことも。

そんな中、大学院に進んでヨーロッパに留学することで、考え方に変化が生まれます。日本を飛び出たことで、さまざまな人種の人たちや価値観に触れ、「自分は自分なりのアプローチをしていけばいい」と気づいたといいます。

現在は、イタリアに拠点を置きながら世界中で演奏活動を展開していますが、「日本人/アジア人」であるという色眼鏡で演奏を見られることがあるというエピソードを教えてくれました。ジェンダーや人種など、さまざまなバイアスにさらされながらも三ツ橋さんが気づいたのは、性別や人種に関わらず、いい音楽を生み出す人は魅力的だということ。自身も、自分の中にある魅力的なものを探求していくのが指揮者としてもっとも大切なことだと考えている、というお話は、まさに「芸術家」のあるべき姿であると感じました。

収支が合わないのが普通、お金持ちになりたいなら作家にならなくてもいいと思う(宮永)、藝大指揮科の受験に親からもらえた1回だけのチャンスをつかんだあとも、音楽以外で食べていくのは許されないと思って必死だった(三ツ橋)と、2人の覚悟を決めての前進する姿が清々しい。

キャリアを築くために、大学や企業がどう支援するのか

第2部は、国立音楽大学教授で現在音楽キャリアデザイナーとしてもご活躍の久保田慶一さんと、株式会社資生堂のチーフクリエイティブオフィサー(クリエイティブ部門のトップ)である山本尚美さんがご登壇。「大学・企業におけるキャリア展開支援」というテーマで話されました。

久保田さんからは、大学における「キャリア教育」の問題点と、今後の課題が実に明確に示されました。現在、大学で盛んに行われている「キャリア教育」ですが、その実態は「就活教育」であり、そのために本来大学で重視されるべき一般教養科目の時間が削られている現実がある。

人生100年時代が到来すると言われ、社会の進化のスピードがどんどん速くなっている時代にあって、おそらく今後は、一つの職業だけでなく、多様な職業に通用する能力=エンプロイアビリティ(employable+ability)を持った人が重視されるだろう。そういうときに、大学で学んだ一般教養が重要になってくるというお話は、大変説得力がありました。「専門はできて当たり前、それ以外のことができることがその人の価値を高める」という刺激的な提言、学生の皆さんにはぜひ心に刻みつけていただきたいと思います。

また、「女性は/男性は◯◯である」という認識は社会的に構築されたものに過ぎず、それらをぶち壊していくのが今の日本の社会には必要、というご意見もまさにその通りだと思います。ダイバーシティとはつまり、性別やジェンダー、人種、出身などを超えて「個としてどう生きるのか」が問われる社会のことであり、芸術というジャンルで活動する人たちは、むしろ一般の企業で働いている人たちよりも率先して実践していく必要があるのではないか、と感じさせられました。

国立音楽大学教授で音楽キャリアデザイナーの久保田慶一さん。「キャリア教育のようなすぐに役立つことは、すぐに役に立たなくなる」、「どんな音楽をしたいのか、ではなく、音楽でもって何をしたいのか、何ができるのかが大事」など、個々の生き方そのものが問われると話す。

登壇者の中で唯一の「一般の企業で働いている人」である山本尚美さんのスピーチの中で、特に印象に残ったのは、「日本というアイデンティティ」の問題です。

資生堂のクリエイティブ本部長で社会価値創造副本部長の山本尚美さん。「人と違うように」と親に言われて育ち、舞台美術に興味をもち、立体的に客観的に見る力を学んできたという。

幼少時代にはドイツで暮らし、資生堂入社後ニューヨーク駐在も経験している山本さんは、「日本独特の文化価値」というものを特に強く意識していらっしゃるようでした。それは、資生堂という企業が世界で事業を展開していくときに、いつも日本というと「フジヤマ、ゲイシャ、桜の花」が求められるという現実から、それだけではない、日本に根付いているさまざまな美や文化を海外に発信していく必要性を強く訴えられました。

特に美術の世界では、「日本的表象」を日本人がどう扱うかという問題は常について回ると思いますが、例えばオペラでも『蝶々夫人』を日本人がどう描くか、というテーマは古くて新しいものです。「日本人であること」を超えるのがダイバーシティであるとともに、そうしたグローバルな世界では逆に「日本人であること」の確固たる核がなければならないのだという主張だと理解しました。

女性が入れないと言われた資生堂デザイン部に入って、90年以降は共感できるクリエイティブを採用する機運が高まってきたという。
男はリスク、女は安全牌をとりがちだけれど、常にあくなき追及で「したたか」より「しなやかに」進むのがよいのではと話す。

最後に、登壇者全員から、若いアーティストへの一言メッセージが寄せられたのでご紹介します。

山本さんはDARE to DO。リスクをとることを恐れないことで人生が拓けてくる。

久保田さんは「だめもとで始めてみようよ」。人生すべてギャンブルなので楽しみましょう、とのこと。

三ツ橋さんは、ジェンダーなど社会的に構築されたものにとらわれず「自分の一番の批判者も応援団も自分自身でありたい!」

宮永さんは、芸術の時間は永遠だけれど実際の「時間は有限!」。なので、自分がやってみたいなと思うことに躊躇なく踏み出してみるのが素敵な人生の始まりだ、と結びました。

「時間は有限!」
「自分の一番の批判者も応援団も自分自身でありたい!」
「だめもとで始めてみようよ」
「DARE to DO」。あえてやってみよう。でなければ、新しい発見につながらない。
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室田尚子 音楽ライター

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...

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