
ユジャ・ワンのプロコフィエフ、アルゲリッチのシューマン、パリで二つの協奏曲が競演

フランスの11~12月の音楽シーンから、注目のコンサートやニュースを現地よりレポートします。

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...
秋のパリでは、二つのピアノ協奏曲が観客の耳に残った。まず、11月13日にユジャ・ワンがエサ=ペッカ・サロネン指揮のパリ管弦楽団と、プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第2番」ト短調を取り上げた。破格の技法を要することで知られ、ピアノの名手だったプロコフィエフもアンセルメとBBC管弦楽団との録音に際して苦闘した曲だが、ユジャ・ワンの手にかかるとじつに軽々と、しかも密度を持って弾かれ、横溢するエネルギーに聴き手は圧倒された(フィルハーモニー・ド・パリ)。
11月30日には、マルタ・アルゲリッチがラハフ・シャニ指揮のロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団とシューマン「ピアノ協奏曲」イ短調を弾いた。
昨年6月に84歳となったアルゲリッチの力強い打鍵は年齢を感じさせない。柔らかいが芯のある音はよく響いて、オーケストラが全奏となってもはっきりと聞こえてきた。第1楽章から自然に曲想が流れ、シューマンらしい情熱的な詩情が会場を包み込む。曲に精通しているアルゲリッチは細部を丹念に彫琢し、この作曲家独自の繊細さが手に取るように伝わってきた。
自身もピアニストであるシャニはオーケストラをピアノにぴたりと寄り添わせ、観客はクララ・シューマンのピアノで初演されてから180年が過ぎたいまも、みずみずしさを失わない傑作に酔った(フィルハーモニー・ド・パリ)。

「カンディンスキー 色彩の音楽」特別展が開催中
フィルハーモニー・ド・パリはポンピドゥーセンターとの共催で、2026年2月1日まで「カンディンスキー 色彩の音楽」と銘打った特別展を開いている。
カンディンスキー(1866-1944)が20世紀の叙情的抽象絵画を生み出す過程において、諸芸術の中でもっとも抽象的な芸術である音楽はインスピレーションの源だった。
最初の展示室は、1896年に30歳のカンディンスキーがモスクワのボリショイ歌劇場でワーグナー《ローエングリン》を観劇して、啓示を受けたときの環境を再現しようとしている。『回想録』で彼は、「私は、私の知っている限りの色彩を心のうちに見た。それらは私の眼前にありありと現れた。荒々しい、たけり狂ったような線の軌跡が私の前に交錯した」と記している。
上演のための衣裳の図案や、1891年パリ公演のための装置のスケッチを見ながら「序曲」を聴いていると、世紀末にこのオペラに初めて触れた芸術家の衝撃がいかに大きかったかを誰もが体感した。この公演が契機となってカンディンスキーは法律家への道を捨て、芸術家として生きることを決意する。画家は諸芸術を統合したワーグナーの歌劇に旧来の芸術を脱却し、社会全体を新たにするための新しい模範を見出したのだった。
1909年から14年にいたる5年間には、ロシアの音楽家たちと親しく交わりながら「即興」と題した35の水彩連作を描き、抽象の世界に踏み出した。タイトルからも、物質性から無縁の音楽が創作の模範となっていることがうかがえる。
「芸術家は自分の内面世界を描かなければならない。音楽はその理想をもっとも自然にかつやすやすと実現している芸術分野だ」
画布にはフォルムから解放された色彩によって新しい美術の秩序が現れ、諸芸術が統合されている。
カンディンスキーの書斎が楽譜、蔵書、レコード、民謡の世界を表現した版画によって再現されているのも興味深い。「半音階」技法を探究して絵画に適用することで、色彩のハーモニーが創作にリズムを付与するようにした試みは、「目によって聴く」という感覚の融合を目指している。
1928年にカンディンスキーはバウハウス(註)において、ムソルグスキー《展覧会の絵》の「舞台化」を試みた。ワーグナーの総合芸術論に触発され、カンディンスキー自身がシナリオを書き、舞台上の指示も記述した演出プランは生前こそ日の目を見なかったが、1928年にデッサウで「上演」された。抽象的な音楽を舞台化するという思いきった試みを、観客は写真を通じて想像することができる。
入り口で装着したヘッドフォンから流れる音楽を聴きながら、約200点におよぶ展示物を見ていくと、美術と音楽を融合することで新しい地平を切り開いていったカンディンスキーの歩みが鮮やかに蘇ってきた。
(註)1919年、建築家ワルター・グロピウスがワイマールに設立した工芸、デザイン、建築の学校。デザインや建築を総合的にとらえる指針は将来に大きな影響を与えた。






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