レポート
2026.03.19
海外レポート・ドイツ①【音楽の友4月号】/Worldwide classical music report, " Germany①"

大作《グレの歌》をラニクルズが指揮/カラヤンのナチス時代をテーマにした本が出版

ドイツの2月の音楽シーンから、ベルリンを中心にコンサートやオペラのレポートをお届けします。

取材・文
中村真人
取材・文
中村真人 音楽ジャーナリスト、フリーライター

1975年、神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、2000年よりベルリン在住。著書に『明子のピアノ』(岩波ブックレット)、監修を務めた『おとうさんのポス...

音楽の友 編集部
音楽の友 編集部 月刊誌

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...

ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団の《グレの歌》から
© Gurrelieder196_hf

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2009年からベルリン・ドイツ・オペラの音楽総監督を務めてきたドナルド・ラニクルズが、今シーズン末で退任する。17年間の共同作業の最後にふさわしい大型企画が、ここのところ続いている。1月末にはコルンゴルトのオペラ《ヴィオランタ》(新演出)を指揮し、2月10日にはベルリン・ドイツ・オペラのオーケストラ(ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団)、合唱団とともにフィルハーモニーに登場。シェーンベルクの大作《グレの歌》を披露した。

コントラバスとホルン奏者だけでそれぞれ10人、舞台上の後方には男声合唱、その後ろのブロックHには女声合唱が占拠するなど、フィルハーモニーは客席も舞台も人で埋め尽くされた。

ヴァルデマール王とトーヴェの恋の歌が交互に歌われる第1部では、AJ・グルッカート(T)とフェリシア・ムーア(S)の歌唱が巨大編成のオーケストラから十分に浮き上がってこない。しかし、トーヴェの死を暗示する間奏曲のあと、アニカ・シュリヒト(Ms)が歌う山鳩の嘆きの歌はニュアンスと精彩に富み、ここからドラマが一気に動き出した感があった。

第3部では、トーマス・ブロンデル(T)が道化師の歌を好演。〈ようこそ、おお王よ〉で初めて合唱が登場すると、チェロ・セクションが後期ロマン派のオペラを得意とする歌劇場のオーケストラならではの朗々とした歌を奏でる。

全曲を締めくくる〈夏風の荒々しい狩〉では、ヴェテランのトーマス・クヴァストホフが朗読(シュプレヒシュティンメ)で参加。歌手としては2012年に引退し、近年はその姿を見ることも激減していただけに、健在ぶりはうれしい。終曲〈太陽を見よ〉での輝かしさは、1月に同じフィルハーモニーで聴いたキリル・ペトレンコ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団によるマーラー「交響曲第8番《千人の交響曲》」を思い起こさせた。

今回の上演はラニクルズとベルリン・ドイツ・オペラの演奏史の白眉に数えられるだろう。このコンビの締めくくりとなる5月には、ワーグナー《ニーベルングの指環》の2回のツィクルスが予定されている。

カラヤンのナチス時代をテーマにした本が出版

ヘルベルト・フォン・カラヤン
『天才と良心』
左)1989年に亡くなったヘルベルト・フォン・カラヤン © Unitel / Berliner Philharmoniker
上)ミヒャエル・ヴォルフゾーンの新著『天才と良心』
© 中村真人

この2月中旬、20世紀の大指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤンのナチス時代に焦点を当てた新著がドイツで出版され、反響を呼んでいる。著名な歴史家ミヒャエル・ヴォルフゾーンによる『Genie und Gewissen(天才と良心)』(Herder出版)がそれである。

ヴォルフゾーンは、ザルツブルクのエリエッテ&ヘルベルト・フォン・カラヤン研究所からの依頼により、この指揮者のナチス時代についての調査を行ったという。いわば身内からの動機付けによって、あの時代との対峙が行われたのが本書の大きな特徴だろう。調査の基礎史料となったのは、カラヤンが最初の妻エルミー、2番目の妻アニタと交わした私的な書簡だという。

カラヤンとナチスとの関係についてはこれまで数多く語られてきたが、ヴォルフゾーンはこの本のなかで、いくつかの重要な調査結果を提示している。カラヤンがナチスに入党したのは1935年の1回であり、それ以前や複数回ではなかったこと。入党はアーヘン歌劇場の音楽総監督の職を得るためという日和見主義からのものであって、「思想的なナチス」ではなかったこと、などだ。

自身ユダヤ人であり、ナチス・ドイツから逃れた両親を持つヴォルフゾーンは、「カラヤンは決して反ユダヤ主義者ではなかった」と述べている。若いころのカラヤンの数少ない反ユダヤ的な発言については、「当時としてはありふれた反ユダヤ主義発言の範疇に属する」とし、ベルリン・フィルの主要メンバーだったユダヤ人のミシェル・シュヴァルベやヘルムート・シュテルンがカラヤンの死後も決して彼を「ナチス」と呼ばなかったことも例に挙げている(晩年のシュヴァルベにインタビューしたことのある筆者も、彼がカラヤンをいかに尊敬していたかを鮮やかに思い出すことができる)

また、興味深いのはカラヤンと信頼関係にあったウィーンの元枢機卿フランツ・ケーニヒ(1905〜2004)との逸話だ。大司教の職員によると、カラヤンが晩年、ナチス・ドイツの犯罪に関する自分の罪と共同責任について枢機卿と話した証拠があるという。

カラヤンについての道義的なグレーゾーンは、依然として残るだろう。だからこそ、「芸術の自律性と個人の責任を白黒で区別するカテゴリーを超えて考察することを提唱する」(“Backstage Classical”)本書の登場は、とくにこの時代に歓迎すべきものだ。邦訳が待たれる。

ニコライ・ルガンスキーがドイツ音楽の王道によるリサイタル

ニコライ・ルガンスキー
ニコライ・ルガンスキーのリサイタルから
© 中村真人

ピアニストのニコライ・ルガンスキーが、ベルリンのピエール・ブーレーズ・ザールでリサイタルを行った(2月24日)。ルガンスキーのリサイタルはベルリンではあまり聴く機会がなく、同ホールにも今回がデビューだった。

ドイツ音楽の王道で攻めたプログラム。前半はベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第17番《テンペスト》」とシューマン《ウィーンの謝肉祭の道化》。2カ月前にここで聴いたアンドラーシュ・シフとは対照的なひんやりとしたタッチながら、透徹した音の美しさは比類なく、強音でも決して音が濁らないのが彼の持ち味だろう。さすがラフマニノフを得意とする人だけあって、シューマンの「第4曲 間奏曲(大いに精力を込めて)」、「第5曲 フィナーレ(きわめて元気よく)」でのオクターヴ連打は作曲家の指示そのままのように鮮烈きわまりない。

後半はワーグナー〈神々のたそがれ〉から4つの情景のルガンスキー自身による編曲版と、リスト編による《トリスタンとイゾルデ》から〈愛の死〉を対置させた。ピアノ演奏の粋を尽くしたような《ニーベルングの指環》からの抜粋は絢爛豪華で、それゆえにいくらか身を持て余したが、〈愛の死〉でゆったりとクールダウンしていく流れは心地よかった。

奇しくもこの日は、ロシアによるウクライナ侵攻から丸4年の節目。ブーレーズ・ザールがロシア出身のルガンスキーのリサイタルをこの日に主催したことに、なんらかのメッセージを込めていたのだろうか。

取材・文
中村真人
取材・文
中村真人 音楽ジャーナリスト、フリーライター

1975年、神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、2000年よりベルリン在住。著書に『明子のピアノ』(岩波ブックレット)、監修を務めた『おとうさんのポス...

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