無人のステージでオーケストラ体験を! 奏者をスピーカーで表現したバーチャル演奏会
バーチャルと聞いて、少し距離を感じる人もいるかもしれない。アコースティック楽器が主のクラシック音楽の世界では、「生演奏がいちばん」と言われ続けているが、生演奏では不可能な体験も提供しているのが、横浜みなとみらいホールが取り組む「横浜WEBステージ」だ。人ではできなかったコンサートのアイデアは、どんなものだったのだろうか。
1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...
楽員一人につき1〜2本のマイクで収録し、再現
前代未聞、おそらく世界でも初!? 大ホールのステージ上に、奏者がだれも存在しないというオーケストラの公演が開かれた。名付けて「無人オーケストラコンサート」。でもサブタイトルにはこうある。「マルチ・スピーカーによる新しいオーケストラサウンド体験」。
これは、12月9日に横浜みなとみらいホール大ホールで開催された催しで、2020年9月からスタートしているバーチャルな芸術フェスティバル「横浜WEBステージ」のプログラムの一つ。ステージ上に並べられた、およそ70台のスピーカーによるコンサートで、そこから流れる音楽は神奈川フィルハーモニー交響楽団による演奏。収録は事前に同ホールにて、オーケストラの楽員一人ひとりの前に1本ないし2本のマイクが立てられ、丁寧に行なわれた。
再生するスピーカーは、実際の奏者が座っていた位置に設置。楽器ごとの音色の特性が生きるような機種を選び、置き方(方向)にも配慮されている。そしてそれらを一斉に再生するという試みなのだ。
神奈川フィルの音が自然に響く
筆者はこのコンサートの司会進行役として携わらせてもらった。果たしてどのような響きがするのだろう。初の試みで、なおかつ多数の音響機器が扱われるプログラムだけに、数々の想定外のトラブルなども起こるのだろうか。ドキドキしながら前日にリハーサル中のホールに足を踏み入れると……
驚きを通り越して、拍子抜けするくらいに、自然なオーケストラの響きでホール全体が満たされていた!
まさに、そこに神奈川フィルが存在するかのように、指揮者の川瀬賢太郎さんの微かな息遣いまでも聴こえてくる。
本番直前までのスリリングなトラブル対応などを勝手にイメージしてごめんなさい(苦笑)。そのあまりに自然でリアルな響きはもちろんのこと、横浜みなとみらいホール館長・新井鷗子さん、横浜WEBステージ・クリエイティブ・ディレクターの田村吾郎さんをはじめ、スピーカーを設置したヤマハの奥村啓さんや音響ディレクター高坂茂樹さんらのプロフェッショナルなお仕事に、ただただ感動したのでした!
ステージも客席も自由に歩きながら鑑賞
そして迎えたコンサート。この日はなんと4回公演! 1日に4回も全力で演奏したら、どんなオーケストラでもかなり負担が大きいだろう。しかしこのバーチャル・オーケストラならそんな心配はない。毎回、すべてに同じ熱量で、何度でも素晴らしい演奏を繰り広げてくれるのだ。
コロナ対応につき各回の人数に限りはあるものの、毎回200名近くの申し込みがあり、地域の小学生たちや、神奈フィル・ファンや音楽ファン、オーディオに関心の高い人々で、会場は静かに熱を帯びた。
曲目はジョン・ウィリアムズの映画『スターウォーズ』のメインテーマ、ベートーヴェンの交響曲第5番《運命》第1楽章、ビゼーのカルメン組曲から「前奏曲」。
途中で録音時のエピソードを紹介したり、楽器セクションごとの再生を聴いてもらったり、会場内を自由に歩きながら聴いてもらったり、ステージに上がって音圧も感じてもらったりと、演奏のみならず、その構成もまったく新しいコンサートとして行なわれた。
とくに地元の子どもたちが参加した会では、みんなスピーカーや響きに興味津々。2階席からステージを見下ろしたり、はたまた指揮台に上がってみたりと、オーケストラ・サウンドを自由にのびのびと楽しんでいる姿が印象的だった。
大人たちからも「楽しかった」という声が寄せられた。アマチュア・オーケストラに所属しているONTOMO編集部員Mさんが「ステージ上での音って、実際こう聴こえますよ」と教えてくれて、なるほど! と納得。客席で身動きもせずに聴く通常のオーケストラ・コンサートでは味わえない、新しい体感型のプログラムとしての可能性も広がりそうだ。
スピーカーと場所さえあれば、どこでもそこに横浜みなとみらいホールでの演奏が再現される。ホールは2022年10月まで改修工事により閉館期間入ってしまうが、あなたの街にも「横浜みなとみらいホール」がやってくるかもしれない。無人オーケストラのこれらの展望が楽しみだ。
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