イベント
2020.09.09
仕掛け人に聞く!

芸術のバーチャル・フェスティバル「横浜WEBステージ」の描く社会的な価値とは

9月1日からオープンしたバーチャル・フェスティバル「横浜WEBステージ」。
その映像収録の現場にお邪魔し、エグゼクティブ・プロデューサーで横浜みなとみらいホール館長の新井鷗子さんと、クリエイティブ・ディレクターの田村吾郎さんに、このフェスティバルの狙いやコンテンツの計画についてインタビュー!
そして、取材中に収録していた神奈川フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者、川瀬賢太郎さんにも、音楽家として、この試みをどう捉えているか伺った。

取材・文
生形三郎
取材・文
生形三郎 オーディオ・アクティビスト

オーディオ・アクティビスト(音楽家/録音エンジニア/オーディオ評論家)。東京都世田谷区出身。昭和音大作曲科を首席卒業、東京藝術大学大学院修了。洗足学園音楽大学音楽・音...

写真:蓮見徹

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最新技術での映像コンテンツを制作

先が見えないコロナ禍の中で、オンライン配信を軸とした音楽の楽しみ方が模索されて久しい。そんななか、横浜みなとみらいホールでは、これまでにない斬新な芸術発信の取り組みがスタートした。その名も「横浜WEBステージ」(http://yokohamawebstage.jp/)。

横浜みなとみらいホールをメイン会場として、最新技術を用いた撮影方法により音楽家のパフォーマンスを収録し、多様なコンテンツを制作・配信するという画期的な取り組みだ。

その全貌と狙いを、仕掛け人である、エグゼクティブ・プロデューサーで横浜みなとみらいホール館長の新井鷗子さんと、クリエイティブ・ディレクターの田村吾郎さんのお二人にお伺いした。

そもそもコンサートとは異なる価値を見いだすために立ち上げられた

「横浜WEBステージ」は、オンライン上でもさまざまな体験を可能にする「バーチャル・フェスティバル」と称して立ち上げられたもので、横浜みなとみらいホール館長の新井鷗子さんがエグゼクティブ・プロデューサーを務めている。

この取り組みは、横浜みなとみらいホールの大規模改修期間(2021年1月~2022年10月)中に展開されるものとして準備されてきた。そのため、当初は来年1月からのサービス開始を予定していたが、その準備段階で今回の新型コロナウイルス感染症による社会的危機が押し寄せたため、予定より前倒しで始動することになったのである。

新井さんは「現在、各所で実施されているオンライン上のフェスティバルやコンサートとは、もともとのモチベーションや順序も異なります。この企画は、そもそもライブのコンサートとは異なる価値を見いだすために立ち上げられたため、コロナが収束したとしても、別の価値として残る音楽祭になるのです」と語る。

新井鷗子(あらい・おーこ)
東京藝術大学音楽学部楽理科および作曲科卒業。NHK教育番組の構成で国際エミー賞入選。クラシック音楽構成作家として「題名のない音楽会」ほか数多くの番組やコンサートの構成を担当。横浜音祭り2013、2016、2019ディレクター。東京藝大COIにて障がい者を支援するワークショップやデバイスの研究開発に携わる。現在、東京藝術大学特任教授、洗足学園音楽大学客員教授、2020年4月から横浜みなとみらいホール館長。

つまり、この「横浜WEBステージ」は、単に、コンサートの開催が困難であるからWebメディアを使ってそれを代替するのではなく、Webでしかできないこと、Webだからこそできることを追求するために生まれた企画なのである。

今までにどこにも見たことのない映像を

コンテンツのクリエーションを手掛けるのが、クリエイティブ・ディレクターの田村吾郎さん。田村さんは、これまで新井さんとともに、オペラの映像演出や、聴覚障がい者への視覚的な音楽体験など、音楽と視覚要素との融合を、新しい形で模索してきた。

田村吾郎(たむら・ごろう)
東京藝術大学美術学部デザイン科卒業、同大学院博士課程修了。RamAir.LLCの代表兼アートディレクターとして、各種デザインやブランディングなどを手がける一方、オペラやコンサート、音楽祭の企画・演出も行なう。世界最大のクリエイティブフェスティバルであるSXSWにNHKテクノロジーズなどと出品した「8K:VR ライド」がグッドデザイン賞を受賞。デザイン、テクノロジー、経済、教育、福祉などあらゆる領域を包括的・横断的に結びつけ、新しい社会的価値の提案と実装を目指す。

「映像が音楽を決して邪魔せずに、音楽のクオリティを上げる」と田村さんの演出手腕に信頼を寄せる新井さんは、「今までにどこにも見たことのないものを」というオーダーで、田村さんに今回の仕事を依頼した。

そのコンテンツの内容が、実にユニークなのである。

人の目”として高解像度(8K)カメラで撮るほか、360度カメラによる“魚の目”、小型広角カメラによる“虫の目”、そしてホール内にドローンを飛ばして撮影する“鳥の目”といった、さまざまな視点での映像や、「自由視点」(同時に撮影した映像で3D空間データを構築し、あらゆる角度からの視聴を可能にするシステム)や「音のVR」(映像に合わせて音の定位をリアルタイムで合成・制御するシステム)といったインタラクティブなコンテンツのほか、純粋に演奏を楽しむもの、楽器紹介など音楽教材として利用できるものなどを含め、全120以上もの作品が用意される。これらの多くは、「横浜WEBステージ」のサイトを介して、YouTubeなどの動画配信サービスで展開される。

あらゆる撮影アイデアで収録

コンテンツの収録で田村さんが採った具体的なアプローチは、次の2つだ。

「1つめは、まるでホールにいるかのような臨場感を再現する視点です。

8Kの超高解像度で、人間の目で得られる情報量と近いものを再現し、視点を固定して、コンサートを追体験するかのような臨場感の実現を追求します。

2つめは、ホールに行ったとしても体験できない視点。

通常のコンサートでは、終始、座席から動けませんが、それをステージに上がったり、ドローンでパイプオルガン演奏を空撮したり、ピアノの中に入ったり、ヴァイオリンのネックに乗ったりと、コンサートに行ったとしても決して得られない視点で撮影します」

後者は、ステージ上に設置した360度カメラによるパノラマ撮影や、16台のカメラで演奏家を取り囲んで撮影するものも含まれ、それは、視聴者がタブレットなどで自由に視点を動かしながら鑑賞できる、能動的な楽しみ方ができる画期的な内容となっている。

ドローンを飛ばしたり、ヴァイオリンのネックに小型カメラを取り付けたりと、1曲の中にさまざまな視点が盛り込まれた映像

パイプオルガンの裏側の動きまで、演奏とリアルタイムに視聴できる

さらに、筆者が取材した日には、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の映像を収録中で、60名を越える奏者全員にマイクを配置するほか、指揮者上空でのサラウンド収録、客席上での22.2chマルチ音響システム録音などが実施されていた。

これら合計120ch以上もの音声信号を、それぞれ独立したデータとして残し、先ほどの自由視点コンテンツを用いることで、視点と音響がリアルタイムで同期するインタラクティブなコンテンツの制作も可能となるのだ。

120ch以上もの収録をしていた現場の様子

神奈川フィルハーモニー管弦楽団の撮影の様子。指揮の川瀬賢太郎さんの前に360度カメラを設置。
ステージの上空にはサラウンド収録用のマイクが吊られている。
奏者一人ひとりにマイクが設置されている。
ホールの客席天井からもマイクが吊られ、3D的にホールの響きを収録。
120ch以上もの音声信号を中継車で収録。

ネットだからこそ実現できる表現に、音楽家も取り組まなければならない

また、新井さんによると、これらには既存の音楽ファンとは違う層へアプローチする、マーケティング的な狙いもあるという。

「普段クラシックを聴かないような子どもたちや音楽の趣味性が違う人たち、そして、病院に入院している方々などコンサートに来たくても来られない方々に届けることも視野に入れています」。そのため、コンテンツの音楽ジャンルとしても、「クラシック専用ホールである横浜みなとみらいホールを拠点としているので、クラシック音楽を軸に、人気アニメソングや有名ロックバンドの編曲など、幅広く取り扱う」という。

以上のように、かなり過激な取り組みだが、新井さんは「普段はなかなか難しいアプローチだけれども、逆に、コロナ禍という特殊な状況だからこそ、音楽家から柔軟な対応を得られた」部分も大きかったという。

実際に、取材当日に神奈川フィルハーモニー管弦楽団を指揮していた川瀬賢太郎さんも、こう収録を感慨深く振り返った。

神奈川フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者、川瀬賢太郎さん。

「コンサートとは異なる緊張を感じるシビアな収録でしたが、このホールや神奈川ゆかりのアーティストをお客様に知っていただける、とても有意義な取り組みだと思います。また、いまネットだからこそ実現できる表現に、我々音楽家も取り組まなくてはならないし、こういった、コンサートでは得られないさまざまな視点からの鑑賞によって、いろいろな音のバランスや視覚的要素を体験できることが本当に面白く、やり甲斐を感じます。私自身もでき上がりが非常に楽しみです」

音楽家とリスナーとの新たな接点を

配信のスケジュールとしては、9月~来年の2月までの間に、逐次コンテンツのアップデートを実施。インタラクティブなものから、一般的な演奏動画、そして、見るだけでなく、気軽に参加できるプロジェクトなども予定されている。

さらに、2021年以降、新型コロナウイルスの感染状況が少し落ち着けば、「VRが体験できる半球型の映像スクリーンを街に設置して、そこに映し出された映像の中に入り込んだような体験などもできるようになります。そして、それを福祉施設や病院等へも持ち込むことも予定しています」と新井さんは話す。

数人ごとにVRのスクリーンの前に座ると、まるで映像の中に入りこんだような新しい体験ができる。

加えて、新井さんは「このフェスティバルは、今回の新型コロナウイルスの状況下で、活動の場を失ったアーティストへの支援のための補正予算で実現されたものですが、アーティストに活躍の場を提供し、そこから文化を生み出す、という公共施設としての使命を全うすることで、結果的に今後のコンサートの動員数増加にもつなげられると思っていますと取り組みの意義をアピール。

田村さんも「金銭的なインセンティブだけでなく、より多くの人々を巻き込むことで、これまで生まれ得なかった、音楽家とリスナーとの新たな接点を生み出すことで、アーティストに対して本当の意味でのサポートを提供していきたいと力強く語った。

横浜の街全体で音楽に出会える仕掛けを

最後に、期待が高まるのが今後の展開だ。

2025年頃までに、みなとみらい地区には大型ライブハウスからオペラ劇場まで、さまざまな劇場施設の建設が予定されており、それらの劇場を連携させ、そこから街全体に音楽が浸透していく仕組みを作りたい」と新井さん。

それを実現する方法について、田村さんは「それら施設と人とを5G(第5世代移動通信システム)ローカル5G(企業や自治体などが、5Gの技術をベースに自らの敷地内で自営ネットワークを構築し利用すること)を用いて有機的につなぐことで、街全体へと積極的に音楽を介入させていきたい」と最先端の技術を駆使するアイデアを語った。

これらが実現すれば、みなとみらい地区は、世界にも先駆けて、さまざまな音楽との出会いや触れ合いが楽しめる場所になると言える。その意味で、まさにこの「横浜WEBステージ」は、それらの布石ともなる企画だろう。今後アップデートされるコンテンツに引き続き注目していきたい。

information
横浜WEBステージ

会期: 2020年9月1日(火)〜2021年2月27日(土)

会場: 「横浜WEBステージ」特設サイトと横浜市各所

 

コンテンツ:

  1. 最新技術で収録した動画の配信
    延べ 120 以上の作品を新制作!
    ※9月1日から順次公開

 

  1. 実際の特設ブースで体感、バーチャルの世界
    パフォーマンスをバーチャルに鑑賞できる半球状スクリーンを設置したブースを、商業施設のほか、学校・病院・福祉施設等に設置予定。
    ※2021年以降(限定期間)を予定

 

  1. ご自宅でプロ奏者と共演!
    有名な協奏曲をプロ奏者の団体「ハマの JACK」 による伴奏を収録・配信。それに重ねて独奏すれば、いつでもどこでも共演できる。
    ※10月以降順次公開予定

 

  1. アーカイブ映像の配信
    横浜音祭りや Dance Dance Dance @ YOKOHAMAなど、横浜での数多くの文化プログラムの記録映像をアーカイブとして配信。ダンスやバレエも取り上げ、音楽のみに 限定しない、幅広い層へのアクセスを促しま す。 
    ※10月以降順次公開予定

 

料金: 無料(通信料は別途)

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生形三郎
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生形三郎 オーディオ・アクティビスト

オーディオ・アクティビスト(音楽家/録音エンジニア/オーディオ評論家)。東京都世田谷区出身。昭和音大作曲科を首席卒業、東京藝術大学大学院修了。洗足学園音楽大学音楽・音...

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