肌、自然、心の色を題材にしたジャズ〜作曲家・挾間美帆がプロデュースした管弦楽の音
ビッグバンドとオーケストラが融合した大編成で、ジャズを。そこにヴォーカルも加わった今夏の「NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇」を、クラシックとジャズの作曲を専門にする小室敬幸さんがレポート。
気鋭の作曲家・挾間美帆プロデュースするプログラム、音とは?
小室さんの言葉や原曲などの音源から、今回のテーマである「色」の数々を想像してみよう。
国立音楽大学(クラシック作曲専攻)在学中より作編曲活動を行ない、これまでに山下洋輔、モルゴーア・クァルテット、東京フィルハーモニー交響楽団、シエナウインドオーケストラ...
東京音楽大学の作曲専攻を卒業後、同大学院の音楽学研究領域を修了(研究テーマは、マイルス・デイヴィス)。これまでに作曲を池辺晋一郎氏などに師事している。現在は、和洋女子...
2021年7月30日に東京芸術劇場で「NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇」が開催された。グラミー賞にノミネートするなど、世界的に注目を集めるジャズ作曲家の挾間美帆がプロデュースを務めるこの企画も3年目。昨年からはコロナ禍のため、縮小した東京フィルハーモニー交響楽団と挾間美帆 m_big bandを組み合わせた特別編成のオーケストラで公演をおこなっている。
ゲストも毎年豪華。1年目は、若手ジャズピアニストとしては世界最高峰のひとり、シャイ・マエストロ。2年目は、日本を代表するギタリストの渡辺香津美。そして、3年目となる今年は、多方面から熱い支持を受けるソングライティングデュオのモノンクルから、ヴォーカルの吉田沙良が登場。「スプラッシュ・ザ・カラーズ」というテーマで挾間が選曲した、色にまつわるジャズの名曲に彩りを添えた。
「NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇」2021年告知映像(演奏は2020年8月の公演より)
人種をテーマに、エリントンと穐吉はどう書いたのか
コンサートの冒頭を飾ったのは、デューク・エリントン(1899~1974)の《ブラック・ブラウン・アンド・ベージュ》組曲。ビッグバンドによる音楽を、個性的な芸術にまで高めたエリントンが、カーネギーホールデビューとなった公演のために作曲したのが《ブラック・ブラウン・アンド・ベージュ》という45分にもわたる大作だった。
今回は、エリントン自身の監修のもと、指揮者モーリス・ペレス(1930~2017)が〈ブラック〉の部分だけを管弦楽にアレンジしたバージョンが取り上げられた。〈ブラック〉は「ア・ワーク・ソング(労働歌)」「カム・サンデイ(≒聖歌)」「ライト(≒天国)」の3つのセクションで構成された、奴隷制時代の黒人と音楽を描いた楽曲である。
デューク・エリントン《ブラック・ブラウン・アンド・ベージュ》組曲/モーリス・ペレスver.(演奏はバッファロー・フィル)
続いての曲も、肌の色がテーマとなった楽曲《ロング・イエロー・ロード》——作曲したのはアメリカで活躍する日本人女性ジャズミュージシャンの偉大な先駆者である穐吉敏子(1929~)だ。
有色人種かつ女性として差別を受ける被害者になりつつも、同時に、現在の言葉でいえば、黒人たちに対して自分が「文化の盗用」の加害者になってしまっていないかを悩んだ。それ故に、日本人としてのアイデンティティを注ぎ込んだ独創的なビッグバンドの作品を生み出していったのだ。
管弦楽版のオーケストレーションは挾間によるもので、原曲の雰囲気を壊すことなく、よりスケールの大きな音楽へと昇華させた。
穐吉敏子《ロング・イエロー・ロード》(演奏は穐吉のカルテットのライブのもの)
プロデュースや作編曲だけでなく指揮も務めた挾間美帆は、これらの楽曲がもともとビッグバンドのための音楽であることを尊重。ビッグバンドのサウンドを核にしつつ、《ブラック・ブラウン・アンド・ベージュ》組曲では(サクソフォン以外の)木管楽器と弦楽器が色彩感と厚みを加え、《ロング・イエロー・ロード》では穐吉の歩んだ道のりの長さと険しさがより重みをもって伝わってきた。
なお、《ロング・イエロー・ロード》の“イエロー”には黄色人種の肌の色だけでなく、色から連想する“注意を喚起する色”という意味も込められているのだろう。こうした“色から喚起されるイメージ”という切り口による楽曲が3〜4曲目には並んだ。
吉田沙良のヴォーカルが際立たせたブルー、グリーン、そして…
まずは《メランコリー・ブルー》——ベルギーのピアニスト・作曲家であるイヴァン・パドゥア(1966~)が作曲し、挾間の大学院時代の師である作編曲家のジム・マクニーリー(1949~)が編曲した楽曲だ。その後には、アメリカの作曲家マリア・シュナイダー(1960~)が作曲し、挾間が編曲した《グリーン・ピース》が続く。どちらの楽曲にも、今年のゲストである吉田沙良のヴォーカルが加わった。
イヴァン・パドゥア《メランコリー・ブルー》(演奏はパドゥア本人のピアノとフェイ・クラーセンのヴォーカル)
普段は、日本語詞によるオリジナル楽曲をレパートリーとしているモノンクルだが、ライブなどで披露する吉田による英語詞の歌唱にはまた違った魅力がある。《メランコリー・ブルー》では吉田の独唱をオーケストラが伴奏する……というよりは、吉田の声がオーケストラのなかから浮かび上がってくるようなバランスが、マクニーリーの指揮したレコーディングとは異なる魅力をみせていた。
このバランス感覚がさらに効果的だったのが自然を想起させる《グリーン・ピース》で、シュナイダーの原曲にはないヴォカリーズ(母音唱法)のパートが加わったことで、この作品がもつパストラール(牧歌的)でオーガニックな性格が際立っていた。
続いては、モノンクルのナンバーから《空想飛行》。作曲は吉田の相方である角田隆太で、編曲はこの曲も挾間が務めた。題名に色が含まれてはいない楽曲だが、歌詞からは「透明」「真っ暗」というような、カラフルとは真反対にある視覚イメージが喚起される。YouTubeに公開されているミュージックビデオは、グレースケールによるアニメーションが基調になっており、サビでモノンクルのライブ映像が挟み込まれると色彩的になるという展開になっている。
モノンクル《空想飛行》MV
演奏は先ほどの2曲とは打って変わり、普段の吉田らしさを発揮。自らが音楽を先導して、瞬時にモノンクルの世界観で客席を包み込んでしまう。3曲を歌いきった吉田には大きな拍手がおくられた。
大編成が生きた挾間のオーケストレーションの妙
“グリーン”は自然を喚起すると同時に、植物そのものの色味でもある。続いては、川上に赤色岩層があるため赤みがかった水の色をもつ“レッド川”――この川の名を冠したミシシッピのお祭り《レッド・リバー・レヴェル》を曲名にしたブライアン・ブレイド(1970~)の楽曲だ。原曲の透明感あふれる繊細なサウンドを大編成に移し変え、管弦楽ならではのダイナミクスも活かした挾間のオーケストレーションには、驚かされるばかりであった。
ドラマーで作曲者のブライアン・ブレイド自身による《レッド・リバー・レヴェル》
プログラムを締めくくったのは、公演全体のテーマに掲げられた《スプラッシュ・ザ・カラーズ》を曲名にした挾間のオーケストラ作品である。
彼女が現在、常任客演指揮者を務めるオランダのメトロポール・オーケストラ(世界で唯ー、ジャズとポップスに特化した管弦楽団)の75周年記念として書き下ろされた楽曲で、このオーケストラの特徴である色彩感を全面に活かした音楽だ。ビッグバンドだけでも、クラシックのオーケストラだけでも表現できない、今回のような編成ならではの作品は、まさに挾間の真骨頂。普段は14名ほどの挾間美帆m_unitが、特別拡大編成になったかのような楽曲と演奏には驚くしかない。「NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇」を3年間やってきた積み重ねを感じる瞬間であった。
アンコールでは吉田が再び登場し、モノンクルが6月にリリースしたばかりの《音の鳴るあいだ》を挾間の編曲のオーケストラと共に……。繊細極まりない囁きから絶唱まで、圧巻の歌唱を聴かせた。モノンクルのふたりによって作詞された歌詞「震わした音が鳴るあいだ ひとつでも痛み忘れられるなら 一緒だ君も同じなら もう少しこのままこうしてても良いかな」は、このコンサートを聴きにきたオーディエンスへのメッセージであるように思えた。
モノンクル《音の鳴るあいだ》MV
挾間美帆 m_unit『ダンサー・イン・ノーホエア』
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