味覚も嗅覚も刺激!映像と音楽がシンクロした落合陽一×日本フィル《醸化する音楽会》
オーケストラをメディアアートの要素として取り込み、会場と映像配信の両方の価値を進化させる「落合陽一×日本フィル プロジェクト」。コロナ禍で地域ごとに分断されたことに注目し、土着の文化に可能性を見出したVOL.5の《醸化する音楽会》は、2021年8月11日にサントリーホールで行なわれ、映像もライブ配信された。
その後、この年末年始で再配信。その両方を体験した音楽評論家の山田治生さんがレポートする。
1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...
2021年8月11日にサントリーホールで開催された「落合陽一×日本フィル プロジェクトVOL.5 《醸化する音楽会》」の動画が、この年末年始に再配信された。
筆者は、昨年8月11日のコンサートをサントリーホールで体験したが、そのライブ映像を視聴するのは今回が初めてであった。
土着性の強い音楽や土俗の発酵性を、配信でも体感するプログラム
5回目となったこのプロジェクト、今回は、コロナ禍で失われた身体性を回復し、音楽を五感で楽しむために、「五感、解禁。」というコンセプトが掲げられ、味覚や嗅覚を刺激するために、グミや香り(試香紙のようなもの)などの特典アイテムも付けられた。
また、コロナ禍で分断された地域性に思いを寄せ、土着的な文化や土俗の発酵性に目を向けたプログラムが組まれた。つまり、コンサートの前半は東洋(日本)、後半は西洋の音楽からなり、土着性の強い音楽や醸成や発酵に関わる作品が選ばれ、「鐘」がキーワードとなった。
まずは、黛敏郎が1964年の東京オリンピックの開会式のために作ったテープ音楽(電子音楽)「オリンピック・カンパノロジー」が流された。日本を代表する寺院の鐘の音を採取し、倍音を解析し、それを電子的にまとめあげた作品。東京オリンピック2020に合わせての選曲であったが、それとは関係なく聴いても、そのメタリックな響きに惹かれた。
続いて、北海道に生まれ、アイヌ文化から影響を受けた伊福部昭の作品が演奏される前に、サプライズで、阿寒湖アイヌシアターの二人による伝統楽器トンコリ(弦楽器)の演奏があった。
阿寒湖アイヌシアター<イコロ>の紹介映像(トンコリは1:45あたりに登場)
そして、海老原光の指揮で伊福部昭の「土俗的三連画」。コンサートマスターの田野倉雅秋ら、各パート1人ずつの弦楽器に管楽器が加わる、小振りな編成。オーケストラ後方のLEDパネル(天井から28枚、舞台上に17枚)に、降る雪やアイヌの絵柄などが映し出される。
嗅覚と味覚のリアルな体験を自宅でも!
そのあと、メディアアーティストで、このコンサートの演出・監修の落合陽一と進行アシスタントの江原陽子のトークが入り、ワークショップの時間となる。ワークショップでは、嗅覚と味覚のアイテムが試された。8月のホールではマスクや手荷物などの関係でうまく味わえなかったが、自宅では、落合と海老原が調合した3つの香りの違いやそのミックスを、ゆっくりと楽しむことができた。落合選定のグミは、シャルドネ味。
前半の最後は、和田薫の「交響曲 獺祭~磨migaki~」から第2楽章“発酵”。お酒に聴かせて熟成を進める音楽として2020年に作られたばかりの交響曲から、この日にもっともふさわしい第2楽章が演奏された。日本的なメロディも現れる、抒情的で色彩的な音楽。映像にも微妙な色合いが映し出される。自宅で名酒・獺祭を飲みながら聴いていた人もいるだろう。
民族色の濃い映像と音楽で「鐘」に帰結していく
後半の最初もお酒の音楽。こちらは、西洋のお酒で、ヨハン・シュトラウス2世の「シャンパン・ポルカ」。栓を抜く音が入ったり、照明もワイン色になったりで、雰囲気を盛り上げる。
続いて、バルトークの「ルーマニア民俗舞曲」。バルトークは、ハンガリーの民俗音楽の採集を行っていたことで知られているが、この曲は、バルトークが当時ハンガリー領であったルーマニアのトランシルヴァニア地方の音楽を採集し、それを舞曲集としてまとめたものである。LEDパネルにはお花畑のような風景が映し出され、最後は民族風の模様まで踊り始める。
エストニアのアルヴォ・ペルトの「カントゥス-ベンジャミン・ブリテンへの哀悼歌」は、弦楽合奏と鐘によって演奏される。演奏会冒頭の黛敏郎「オリンピック・カンパノロジー」と鐘でつながる。哀悼を示すかのように、映像では何かが天に昇っていく。
そして最後は、ムソルグスキー(ラヴェル編曲)の組曲「展覧会の絵」から「バーバ・ヤガー~キエフの大門」。「バーバ・ヤガー」では、音楽と同様に動的な映像が映し出される。「キエフの大門」は輝くような映像。そして、鐘が打ち鳴らされ(ロシアの寺院を想起させる)、「オリンピック・カンパノロジー」と円環を描くように締め括られた。
アンコールにグリーグの「ホルベアの時代」より“サラバンド”。演奏会後半は東欧から北欧にかけての民族色の濃い音楽を満喫することができた。
解像度の高い映像配信を五感で楽しませる方法とは?
指揮はこのプロジェクトに欠くことのできない、海老原光。丁寧に音楽を作り上げていく。彼の素手の指揮や豊かな顔の表情がかなり映しだされていた。
“映像の奏者”はWOW。映像と音楽のシンクロ度が高く、まさに“映像の奏者(Video Performer)”だ。LEDパネルを使った鮮やかな映像は、既存のクラシック音楽コンサートでの照明演出や映像演出とは次元が違う。
再配信でも、解像度の高い映像作品として楽しめた。つまり、単なるコンサートの映像配信ではなく、トータルな音楽体験を提供するものとなっていた。今回の嗅覚や味覚のアイテムは、いささか実験的な試みであったが、将来的には、コンサートだけでなく、配信においても、音楽を五感で楽しむことが広まっていくであろう。
日時: 2021年8月11日(水)19:00開演
会場: サントリーホール 大ホール
出演:
演出・監修:落合陽一
指揮:海老原光
映像の奏者:WOW
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団
曲目:
- 黛敏郎:オリンピック・カンパノロジー
- 伊福部昭:土俗的三連画
- 和田薫:交響曲《獺祭~磨migaki~》第2楽章“発酵”
- J.シュトラウスⅡ世:シャンパン・ポルカ
- バルトーク:ルーマニア民俗舞曲
- ペルト:カントゥスーベンジャミン・ブリテンへの哀悼歌
- ムソルグスキー(ラヴェル編) 組曲《展覧会の絵》より「バーバ・ヤガー~キエフの 大門」
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