レポート
2020.06.30
「エラールの午后」出演者にもインタビュー!

アンサンブルする喜びがあふれた「サントリーホール CMGオンライン」

サントリーホールのブルーローズ(小ホール)の恒例となっていた室内楽の祭典が、無観客での有料ライブ配信「サントリーホール CMG オンライン」に。6月13日から21日まで、7公演が行なわれました。
ここでは、公演のひとつ「エラールの午后」の配信現場を取材し、終演後に出演者にインタビュー。さらに全ライブ配信も視聴したうえで、高坂はる香さんにレポートしていただきました。
なお、本公演は2020年7月3日(金)から7月9日(木)までアーカイブ配信されることが決定。ぜひこのレポートを参考にしてみてください!

取材・文
高坂はる香
取材・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

写真提供:サントリーホール

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百花繚乱! 全7公演のライブ配信

サントリーホールのブルーローズを舞台に、幅広い層に室内楽の楽しみを届けてきた、チェンバーミュージック・ガーデン。今年は10年目という節目の公演となるはずでしたが、新型コロナウイルスの影響で、急遽、無観客による有料ライブ配信「サントリーホール CMGオンライン」という形をとることになりました。

開催されたのは、当初予定されていた企画の一部と、新たに調整されたものの、全7公演。日数は減ったものの、若手と大ベテランが一同に会し、初々しいチューリップから貫禄たっぷりのシャクヤクまで、さまざまな花が咲く庭を思わせる、まさにチェンバーミュージック・ガーデンらしい内容が用意されました。

※アーカイブ配信の情報はこちら

今回、オンラインで公演を鑑賞する一方、6月14日(日)に行なわれた「エラールの午后」は、現地で会場の様子や出演者のみなさんの声を取材することになりました。

CMG オンラインのライブ配信は、サントリーホール ブルーローズ(小ホール)から行なわれた。写真は初日の「堤 剛プロデュース2020」のときのもの。わずかな音でも配信の音源に入ってしまうため、関係者も数名しか立ち入らず、通常のコンサートよりも張り詰めた空気……。

楽器の解説や質問に答えるトークも充実

この公演は、サントリーホールが所蔵する、1867年製、フランスのエラール社のピアノを使ったコンサート。フォルテピアノの川口成彦さんヴァイオリンの原田陽さんチェロの新倉瞳さんが、古い時代の演奏スタイルで共演します。

ショパンのピアノ三重奏曲では、やわらかく輝くエラールの音に反応し、弦楽器の二人も繊細に表情を変えていきます。これこそがショパンが実際に耳にしたアンサンブルの音だったのだろうと感じながら、リモート演奏ではなしえない、生き生きとしたやりとりに耳を傾けました。

プログラミングにも工夫が光り、小さな物語がたくさんつまったような、充実した公演でした。

6月14日(日)の「エラールの午后」では、フォルテピアノの川口成彦さん、ヴァイオリンの原田陽さん、チェロの新倉瞳さんが共演。プログラムには、ショパンやドビュッシーのトリオのほか、グラナドスやシューマンのピアノソロ、ヴァイオリンやチェロとピアノとのデュオが並んだ。
1867年製のピアノ、エラール。福沢諭吉の孫が所有していたが、2004年にサントリーホールが譲り受けている。音域によって音のキャラクターが異なり、「高音部はキラキラしている」と話す。

出演者たちの発案で、オンラインならではの内容にしたいと、曲間にはトークが行なわれました。

まずは川口さんが、このエラールは福沢諭吉の孫が所持していたものだということ、また、昨年ハンマーの修復が行なわれたところで、以前と比較した音色の違いを楽しんだことなどを嬉しそうに紹介。

また、原田さんは、ガット弦を張ったヴァイオリンの音色が、現代のスチール弦の音とどのように違うのかを解説。新倉さんは、エンドピンのついていない古いスタイルのチェロだと演奏がどのように変わるのかを、丁寧に説明してくれました。

配信のカメラはその都度、解説中の箇所を映していたというので、会場の客席から見ているより、むしろ詳細がよくわかったことでしょう。

朴訥とした語り口で楽器の紹介をする原田さん。古い時代の楽器を演奏する際は、ピッチや調律が違うほか、音のダイナミックレンジなどにも影響が出るそう。
チェロの新倉さんは、ガット弦に替え、エンドピンも外すスタイルで臨んだ。楽器を膝で抱える弾き方は、重心をエンドピンに預けるのとは異なる身体の使い方があるとのこと。

終演後、3人にお話を伺いました。

出演者が感じた聴衆の存在や模索していくことの大切さ

——聴衆のいないホールでのアンサンブルを終えて、感じたことは?

川口 最初はどんな心理状態になるのか不安でしたが、思っていたより音楽に没頭できて楽しかったです。ただ、やはり会場が生きている感じがするのはお客様がいてこそだったのだと、その存在の大きさを改めて知る貴重な経験となりました

原田 普段の公演では、お客さまの動きに気をとられずに演奏することを心がけるわけですが、逆にそこに誰もいないと反応がわからず、これで良かったのだろうかと思うところはありましたね。3ヶ月ぶりに演奏家仲間と会い、髪の毛一本分ほどのささいな変化に反応しあえる、リモートではなしえないやりとりができて、生のアンサンブルの喜びを感じました

新倉 この環境で演奏して、聴いてくださるお客さまが一人だろうと何千人だろうと、人数や演奏会の規模に関係なく、ただただ音楽を届けることの尊さを改めて感じました。これまで通りの演奏会が再開できたとき、客席との絆をより感じることになるのではないかと思います。 

——ブルーローズの響きを久しぶりに味わった感想は?

川口 ホールの響きは、日常の練習では得られないもの。特に古楽器はホールの響きが重要です。3ヶ月間欲していた水に触れて、乾いていた喉がようやく潤せたという感じ。フォルテピアノは生で聴いてこその部分も大きいので、コロナ禍がおさまったら、また生の音にもこだわっていきたいです。

——これからのオンライン公演について思うことは? 

原田 今後は、会場でも聴いていただきつつ、遠方で来られない方はオンラインで視聴できるというように、両方の選択肢があると理想ではないかと思います。

新倉 オンライン配信が盛んになることで、時代は変わってしまったと思われるだけでは残念に感じていましたが、チェンバーミュージック・ガーデンでは、堤剛先生をはじめ、これまで深く音楽を伝えてきてくださっている諸先輩がたが先陣を切ってオンライン公演に取り組まれ、皆で一丸となり新しい環境を模索することができました。楽しんでいただける方法を皆で考えていくことの大切さが、表面的ではなく若い世代にも伝わったのではないかと思います。

ステージでの生の対話を、音楽的な映像で届ける

実際、初日の「堤 剛プロデュース 2020」と6月21日(日)の「フィナーレ 2020」には、サントリーホール館長の堤剛さんが自ら出演しています。

ピアニストの小菅優さんと共演した6月13日(土)の公演では、ベートーヴェンのチェロ・ソナタで、生きて踊る音を対話させ、ぶつけあう、喜びにあふれた音楽を届けてくれました。そして終演後、「私にとってオンライン公演は初めてだったので不安もあった。でも、小菅さんとの演奏は、自然に会話をしているような感覚があり、緊張した割には楽しく弾けました」と話していました。

その言葉をうけて、「演奏をしてみて、こんなにも舞台で弾きたかったんだと思いました。感無量です」と涙ぐむ小菅さん。音楽への愛の大きさが伝わり、もらい泣きした視聴者も多かったのではないでしょうか。

初日6月13日は、チェロの堤剛さんとピアニストの小菅優さんが共演する「堤 剛プロデュース 2020」。

そのほか、豪華ソリストたちが名曲を持ち寄る「おすすめの逸品特集」(6月14日)、現代作品や演奏機会の少ない編曲作品がふんだんにもりこまれた「ディスカバリーナイト」(6月19日)、そして、若手の室内楽奏者たちが次々と登場した「ENJOY! 室内楽アカデミー・フェロー演奏会」(6月13、20日)と、多彩な公演が行なわれました。

「おすすめの逸品特集」でJ. S. バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番を弾く郷古廉。そのほか、チェロの佐藤晴真、コントラバスの幣隆太朗(ピアノ:秋元孝介)、ピアノの福間洸太朗がソロで聴かせた。
「ディスカバリーナイト」の最後を飾ったのは、シューベルトのギター四重奏曲。ヴァイオリン辻彩奈、ヴィオラ田原綾子、チェロ伊東裕、ギター大萩康司が登場。そのほか、チェロ佐藤晴真、ギター鈴木大介、ピアノ福間洸太朗も参加した。
「ENJOY! 室内楽アカデミー・フェロー演奏会」は2公演あり、7組の若い瑞々しい演奏と、次の奏者を紹介するトークの爽やかさが印象的。写真はトリオ デル アルテ。
「フィナーレ 2020」は第1部を「華麗なる“室内楽の庭”」、第2部を「ベートーヴェン駅伝」と題して、若手とベテランが集結。写真は、サントリーホール室内楽アカデミーのファカルティ(指導者)である、ヴァイオリンの原田幸一郎と池田菊衛、ヴィオラ磯村和英、チェロ毛利伯郎、ピアノ練木繁夫。

配信の撮影は、普段コンサートの撮影を担当しているチームが手がけているだけあり、音質がすばらしいのはもちろん、映像も、見たい表情、テクニックを存分に堪能できるものでした。結果的に、サントリーホールのブルーローズで室内楽を聴く楽しみを、東京近郊だけでなく日本全国の音楽ファンに届ける、今までにない機会となりました。

多くの出演者にとって、これが数ヶ月ぶりのホールでの演奏となったこともあり、どの公演も喜びが画面を通じて伝わるものでした。あとは、客席に聴衆がいることが普通となる日が1日も早く戻ることを祈るばかりです。

※視聴券の販売は、2020年6月27日(土)10時から開始。クレジット決済は7月9日(木)20時まで、コンビニ決済は7月7日(火)23時59分まで販売

取材・文
高坂はる香
取材・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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