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2020.06.17
サントリーホール&日本フィル「とっておきアフタヌーン オンラインスペシャル」

日本のオーケストラで先陣を切った有料ライブ配信〜本番までのドラマと舞台裏

コロナ禍で休止していた国内オーケストラの活動が、緊急事態宣言の解除以降、動き出している。6月10日、日本フィルとサントリーホールがタッグを組んで企画制作する「とっておきアフタヌーン」は、真っ先に無観客での有料ライブ配信を行なった。この配信で案内役を務め、バックステージの様子も目の当たりにしていた音楽ライターの高坂はる香さんがレポート!

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高坂はる香
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高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

写真提供:日本フィルハーモニー交響楽団、サントリーホール

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一歩踏み出さなくてはという使命感

指揮の広上淳一マエストロとコンサートマスターの田野倉雅秋さんが“エアー・ハイタッチ”を交わす姿に、嬉しさと切なさの入り混じった想いを抱いた方も多いのではないでしょうか。

去る6月10日、サントリーホールと日本フィルハーモニー交響楽団による「とっておきアフタヌーン オンラインスペシャル」が開催されました。

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世界各地でコンサート再開のための模索が始まり、国内のオーケストラも、音楽性と安全性を両立した奏者の配置について検証を進めています。こうした動きに先駆ける形で、サントリーホールが2ヶ月ぶり、そして日本フィルが3ヶ月半ぶりに再始動。弦楽のみの編成、無観客による有料ライブ配信という形で、ホールにオーケストラの音が戻りました。 

今回私は、公演の曲間で広上淳一さんのお話の聞き手を務めました。オーケストラ公演の感染予防策などについては、国内外の事例から多くの記事が出てくると思いますので、ここでは、私が前日と当日、バックステージや舞台上で体験した現場の空気をご紹介しようと思います。

バックステージでの広上さん(中央)とスタッフ、筆者(右)の打ち合わせの様子。

そこには音楽を届けられる喜びと、今後のオーケストラのために一歩踏み出さなくてはという使命感が広がっていました。

そもそも、公演の開催が正式に決定したのは5月27日、緊急事態宣言の解除が発表された日だそうです。

ウイルスの脅威に立ち向かいながら経済活動の復活へ

5月中旬、予定されていた6月の「とっておきアフタヌーン」2公演の中止が決定。かわりに公演配信の可能性を探りながらも、感染症にまつわる数値的な推移はもちろん、政府や都の決断に状況が左右されるなか、多くのことを確定できないまま準備を進めたといいます。

ようやく開催が決定された日から公演まで、わずか2週間。出演者を調整し、1週間前にチケットの販売を開始、感染症対策を詰めながら配信の手配という怒涛の勢いで準備を整え、当日を迎えたそうです。

ウイルスの脅威に振り回されながら、オーケストラという大所帯を擁し、経済活動を再始動させるべく有料で公演を準備するのは簡単なことではありません。

プログラムは、今回の弦楽のみという縛りのなか、「とっておきアフタヌーン」が念頭においてきた、フルオーケストラの魅力が伝わり、かつ幅広い層が親しみやすいという方針に合うものが選ばれたといいます。結果、21人の弦楽による編成で、グリーグの組曲「ホルベアの時代より」第1曲「前奏曲」、エルガー「愛の挨拶」、ドヴォルジャーク「ユーモレスク」、そして、チャイコフスキー「弦楽のためのセレナード」が演奏されました。

 本番前日のリハーサル、楽屋口での検温はもちろん、エレベーターには密にならない利用を促す貼り紙、また、バックステージには、1.5メートルのソーシャルディスタンスの目安を示す案内がありました。舞台上でも1.5メートル以上の距離が開けられ、譜面台も1人1台です。

バックステージでも感染予防を促すための工夫が見られる。
距離を効率的に測るため、2メートルと1.5メートルの棒を用意。
奏者間の距離は目分量ではなく、しっかり測ってセッティングされた。

広上さんといえば、得意の鍵盤ハーモニカを駆使したリハーサルで知られていますが、この日はマスクの上からそのまま吹くという荒技を繰り出していました。

チャイコフスキー「弦楽のためのセレナード」第2楽章のワルツからリハーサルがスタートすると、2ヶ月間、音楽が響くことのなかったホールのすみずみまで、音の粒子が染み込んでいくようです。ホールも楽器の一部となって響く音はやはり特別だと感じ、思わず涙が……。

マスクを着用したまま鍵盤ハーモニカを吹く広上さん。

「エネルギーを届けることができる」〜広上マエストロの喜び

そして迎えた当日。

現場で最終調整を行なうスタッフの方々から感じたのは、この公演で行なうことの一つひとつが先例であり、メッセージになり得るという緊張感です。

例えば、ゲネプロ中、急遽コンサートマスターからもお話を聞くことになったときも、いつものように気軽にマイクを回すわけにいきません。素早くもう1本マイクを用意する手はずが整えられます。マスクの有無についても、安全性と今後の活動を配慮しながら、話し合いがぎりぎりまで行なわれていました。

ステージへの出入りはソーシャル・ディスタンスが保たれ、握手やマスクなしの会話は厳禁。そこで「田野倉さんとエアーハイタッチの練習しておこう!」と広上さん。制限の中でも音楽の喜びを分かち合う方法を見つけて、嬉しそうでした。

距離を保って、ステージへ入場。
広上さんとコンサートマスター田野倉さんの、喜びのエアーハイタッチ。

本番では、画面の向こうにいる聴衆のみなさんの想いを受け止めるように演奏が進んでいきます。演奏家たちは、互いに距離がある分、いつも以上に注意深く音を聴きあいながら、音を刻み、重ねていきました。

そして、マスクをしたままの指揮でいつも以上に汗びっしょりとなった広上さん。久しぶりにオーケストラと音楽を奏で、

「やっぱり、とにかく嬉しいね。ホールも喜んでいる」

「演奏家も、普段よりも距離はあるけれど、楽曲のエネルギーは個人個人からよりたくさん出てきているような気がした」

と語り、「珍しいね、真面目なことばかり言うのは!」と、自分ツッコミ。

実は今回、私がお話の聴き手の依頼をうけたのは公演4日前のこと。広上さんは、国内のオーケストラでは先駆けとなる今回の公演で、脱線しすぎず(!)しっかり想いを伝えるには、一人で話すより相手がいたほうがいいと、急遽、私が出動することになったのでした。

ご自身で「真面目なことばかり」言っていると話す広上さんと、「安心しました」と返す高坂さん。

実際、打ち合わせでは炸裂していた“マエストロ広上節”が、ステージでは封印され、人間にとっていかに音楽が大切か、そして今感じている音楽の喜びを、丁寧に語ってくださいました。

「音楽や文化が追求しているのは、文明の進歩とは違う、科学では解明できない人間の心、感情についてのこと。このような条件下でも、私たちはアンサンブルを奏で、エネルギーを届けることができる。すばらしいものを持っているのだと思いながら、今日は指揮をしました」

多くの人に注目される公演で、伝えねばならないことがあると感じていたのだろうと、終演後、いつものマエストロに戻っているのを見て思いました。

マスクを着けたまま指揮を振っていても、音楽を届けようとする思いまで伝わってくる。

音楽家も舞台裏のスタッフも一体となり尽力した非常時の公演

公演を終えて感じたのは、まずやはり、音楽家の存在のすばらしさと、生の音楽にしかない力の特別さ。

私は今回、オンラインで聴いたみなさんより一足先に生の音を体感させていただきましたが、数ヶ月にわたり渇望していた音を浴びる感覚は、人生でそう何度も味わえるものではありません。この状況だからこそ味わえた強烈な感動を忘れたくない、皆様にも早く味わってほしいと思います。

もう一つは、舞台の細かな部分を作るスタッフの方々の尊さ……。

コロナ禍では、表舞台に立つ演奏家だけでなく、ホール、マネジメントやオーケストラ、そしてフリーランスの多い舞台関係の技術者も影響を受けていると指摘されてきました。

みんながウイルス対策で神経をとがらせるなか、これまでの経験、受け継がれてきたノウハウ、収集した情報を総動員して、演奏家が心地よく舞台に立ち、ベストを尽くせるよう、スタッフの方々は尽力していました。

非常時の公演だったからこそいつも以上に際立った、音楽の力や心配りのありがたさ、勇気と機動力の大切さ。日常が戻ったあとも胸に刻んでおきたいと思いました。

※アーカイブ視聴期間は、2020年6月12日(金)14:00から6月25日(木)23:59まで

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高坂はる香
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高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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