トーベ・ヤンソンがムーミンを紡いだアトリエの物語〜映画がもっと楽しくなる4冊も紹介!
「ムーミン」の原作者として知られる、フィンランドの作家トーベ・ヤンソンの半生を描いた映画『TOVE/トーベ』。トーベの創作への情熱を描いた本作を観て、絵本作家・イラストレーターの本間ちひろさんが着目したのは「アトリエ」。映画やムーミンの世界がもっと楽しくなる本の紹介もしてくれました。
1978年、神奈川に生まれる。東京学芸大学大学院修了。2004年、『詩画集いいねこだった』(書肆楽々)で第37回日本児童文学者協会新人賞。作品には絵本『ねこくん こん...
トーベのアトリエができるまで
これは、アトリエの物語だと思った。
戦時下、防空壕のなかでスケッチをしているところから映画『TOVE/トーベ』は始まる。鉛筆の線から現れたのは、あのムーミンの姿。
そして、父と母のアトリエで、トーベは絵を描いている。父のヴィクトルは、先端をゆく彫刻家。母のシグネは本の表紙画や雑誌の挿絵を描く人気の挿絵画家。彫刻制作の作業の手をとめて、父がトーベの絵を描いている机へやってきて、いう。
「これが、芸術か」
石膏のついた指でぐりぐりと指し示したのは、ペンで描いているムーミンの絵。
そして、トーベは自らのアトリエを借りる。
水も出ない。電気のライトのスイッチは、下手に触るとビリッとなる。戦争のせいで壊れた部屋。その部屋が、映画中でだんだんと、調度が充実していき、素敵な落ち着いたアトリエとなっていく。
トーベ・ヤンソンは1944年から、亡くなる2001年まで、ヘルシンキ市内のアパートメントの最上階の角部屋をアトリエとし、住んだ。ムーミンの物語をはじめ、さまざまな作品が紡ぎだされた場所。
私は、ときどき絵を描くのだが、絵を描くというとき、窓はやはりとても大切で、太陽の光の中に色彩がある、というような感覚がある。映画のなかでもたびたび映る、トーベのアトリエの窓。ああ、いい光が入っていたんだなぁと思った。
私は実際のアトリエの写真を、本などで見たことがある。『ムーミンを生んだ芸術家 トーヴェ・ヤンソン』(冨原真弓著・新潮社)では、アトリエの紹介のほか、映画の中にでてくるヘルシンキ市庁舎のフレスコ画、彫刻家であった父ヴィクトルのアトリエを片付けているシーンに出てくる「トーヴェ・ヤンソンの頭像」や、挿し絵画家として活躍した母シグネが絵を描いた多数の切手も紹介されている。
厚さ1センチくらいの、多くの写真で紹介している本なので、映画の前の予習や、映画の後にちょっと復習したい方に、こっそりおすすめしたい。
映画ではこのほかにも、アトリエを中心に、トーベが感じられる印象的なシーンがある。3つ挙げてみよう。
ムーミントロールがあらわれたころ〜挿絵と芸術の狭間で揺れる
顔が長く、丸みのある体のムーミンという造形は、政治風刺誌『ガルム』に、トーベが描いていた風刺画に添える署名として使うようになったという。
映画中、パーティーのシーンでは、「挿し絵」と「芸術」という価値観のはざまで、気持ちをこじらせているようなトーベの会話があった。
『ガルム』で、どんな風刺画を描いていたのか、どうムーミントロールを描いていたか、気になる方も多いと思うが、ありがたいことに詳しい本があり、じっくり眺めることができる。
『ガルム』誌上や、ムーミン・シリーズで最初に生まれた『小さなトロールと大きな洪水』(トーベ・ヤンソン作 冨原真弓訳・講談社文庫)の挿絵をみると、アニメやキャラクターグッズとして確立された現在のムーミンの造形とは、ちょっと違うんだなと感じる。
私が挿絵で一番好きなのは、『小さなトロールと大きな洪水』のものだ。
とくにわたしが気になるのが、スニフが荒れ狂う海で船酔いしている場面の絵。「ウゲー」を絵にしていることのびっくり感もあるけれど、ムーミンのママがスニフの頭を押さえてあげているのが印象的である(この頃のムーミンママは、まだトレードマークのエプロンをしていない)。
大きく揺れる船で、どうしようもなく酔ってしまった子を抱えたとき、人は、大人になる気がする。逆に、このママの手があるから、スニフはこのとき、子どもであれる、のかもしれない。
主人公のムーミントロールは、パパとママの子どもであるが、ときに誰かを守ろうとしたり、大きな心で受け止めたりと、大人であるときがある。
誰にでも「ウゲー」となるようなときがあって、その人を受けとめてくれる存在に出会うことがある。子どもであること、大人であること、というのは、年齢も性別も立場も関係なく、入れ替わりながら、人と人は暮らしていくのではないか。この物語世界に惹かれるひとつに、私はそれを想う。
父と母のアトリエでのシーン
映画の中で、トーベが父母のアトリエにいったシーンで、このような会話があった。
母「すばらしいと思わない? トーベの壁画は見事だわ」
父「おめでとう」
トーベ「好評だったわ」
母「好評? それ以上よ」
ト「でも支払いがまだなの 催促してるけど」
母「かわいそうに 困ったわね」
父「食堂の壁じゃなく カンバスに描くべきだ」
ト「絵の具もかえない」
父「お前は 才能と時間を浪費している」
母「いらっしゃい(ソファで母はトーベの頭を抱き寄せる)彫刻のコンペで負けたのよ」
トーベのペン画の挿絵にむけて「これが、芸術か?」と強く問うた父。世に認められた彫刻家でも、コンペに負ければ、へこんで、イライラする。
しかし彼は、妻に言う。
「あの子はあきらめんよ」
予告編の映像で、「これが芸術家か?」とトーベに問う父親は、ちょっと怖そうだけど、このパパの想いが、先ほども紹介した、父ヴィクトルの彫刻「トーヴェ・ヤンソンの頭像」から、ぐっと伝わってくる。
私は「これが芸術か!」と、知った。
映画の中ではセリフが少ないけど(セリフが抑えられ、言葉が少ない分、映し出される作品が語ることが、グッと引き立って素晴らしい!)、トーベのパパとママのことがもっと知りたい方には、この本をぜひともおすすめしたい。
恋人たちが訪れるアトリエ
映画の中で、トーベのアトリエを訪れる人々。
スナフキンのモデルとなった恋人。トフスランとビフスランのモデルとなった恋人。そして、「トゥーティッキ(おしゃまさん)」のモデルとなったトゥーリッキ・ピエティラ。トゥーリッキは、トーベが亡くなるまでの45年間、共に暮らした。
映画の中で、それぞれに恋人が訪れたときの、それぞれのトーベの姿を想うと、愛って、恋ってなんだろう、と考える。恋人がくるというとき、自分は何をしているのか。トゥーリッキが訪れたときのトーベの姿に「おぉ」と思った。でも、映画の中のどの恋人も、素敵だった。かけがえのない出会いであり、時間。恋人関係ではなくなったあとも、良き友人だったそうだ。
映画の最後は、実際のトーベの映像が流れる。踊るトーベの姿に、私が思いだしたのは、『ムーミンパパの思い出』(トーベ・ヤンソン作 小野寺百合子訳・講談社文庫)のなかでの「鳥たち」のセリフ。
「あたしたち、ひまがないのよ。あそんでいるんだもの」
新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか 全国ロードショー中
© 2020 Helsinki-filmi, all rights reserved
出演:アルマ・ポウスティ(トーベ・ヤンソン)
クリスタ・コソネン(ヴィヴィカ・バンドラー)
シャンティ・ロニー(アトス・ヴィルタネン)
ヨアンナ・ハールッティ(トゥーリッキ・ピエティラ)
ロバート・エンケル(ヴィクトル・ヤンソン)
監督:ザイダ・バリルート
脚本:エーヴァ・プトロ
音楽:マッティ・バイ
編集:サム・ヘイッキラ
2020年/フィンランド・スウェーデン/カラー/ビスタ/5.1ch/103分
スウェーデン語ほか/日本語字幕:伊原奈津子/字幕監修:森下圭子
レイティング:G/原題:TOVE
配給:クロックワークス
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