「メディアアート」って何? 地域と教育にアートとテクノロジーを還元する山口情報芸術センター
「メディアアート」とは? 広義には、その時代の最先端テクノロジーを取り入れて制作されたアート作品だ。アートとテクノロジー、テクノロジーと人間。目まぐるしく変遷する時代に、私たちはどうやってテクノロジーに向き合えば良いのだろう。
テクノロジーを用いたアート作品の制作と発表、そしてそれを基にした教育活動を展開する山口情報芸術センター、通称「YCAM(ワイカム)」に、そのヒントを探りにいってみた。
オーディオ・アクティビスト(音楽家/録音エンジニア/オーディオ評論家)。東京都世田谷区出身。昭和音大作曲科を首席卒業、東京藝術大学大学院修了。洗足学園音楽大学音楽・音...
山口県山口市、湯田温泉街のほど近くに、先進的かつ多角的な取り組みを行なうアートセンターがある。山口情報芸術センター(Yamaguchi Center for Arts and Media)である。メディア・テクノロジーを用いた新しい表現の探求を軸に活動し、展覧会や公演、映画上映、ワークショップなど、実に多彩なイベントを開催している。内部には大型図書館や映画館が併設され、地域に根ざした文化施設としても運営されていることが特徴だ。そして、日本屈指の音響設備を誇る多目的スタジオ群を活かした、音楽や音響関連イベントも充実している。今回は、そのYCAMの魅力を、2回のレポートに分けてお届けしたい。
最先端のテクノロジーを駆使する施設であると同時に、地域の人々の交流の場でもあるYCAM
山口宇部空港から車で小1時間ほど行くと、YCAMがある山口市の市街地に到着する。幾層にも連なる山々の稜線に目を奪われていると、そんな尾根の輪郭にも似た、波のような形の屋根をもったひと際大きな建物が出現する。それがYCAMだ。
夏の盛りの昼下がり、建物敷地内の広大な芝生や近接する公園スペースでは、多くの子どもたちが楽しそうに走り回っていた。建物内に足を踏み入れると、展覧会「メディアアートの輪廻転生」のオープニングイベントがちょうど行なわれており、窓に囲まれた開放感あふれる吹き抜けのホワイエに展開する大きな階段では、大勢の人々が腰掛けて熱心にトークセッションに聴き入っている。そしてその脇を、多くの親子連れの来館者がひっきりなしに行き交うという、実にオープンで活気に満ちた空気が漂っていた。
YCAMの主要事業は、テクノロジーを用いたアート作品の制作と発表、そしてそれを基にした教育やコミュニティに関する活動の展開である。それを支えるのが、「YCAMインターラボ」と呼ばれる、多くの専門スタッフで構成される研究開発チームだ。今回、そのYCAMインターラボのR&Dディレクターである伊藤隆之さんと、エデュケーターの石川琢也さんにお話を伺った。
社会が変わっていく中で、大事なモノをどうやったら学べるか、という点に着目してワークショップを制作する
――YCAMは実に多彩な事業を展開されていますが、まずは改めてその概要からご紹介いただけますか?
伊藤: YCAMは2003年に開館したアートセンターです。
開館以来、大規模なインスタレーション作品やダンス・演劇などのパフォーミング・アーツ作品をアーティストとコラボレーションしながら制作し、ここ山口でお披露目したあと、世界各地のフェスティバルなどでその作品を見せていくという活動を積極的に行なっています。また、平行して、作品の制作で培われるノウハウや知見を元に、コンピューターや携帯電話など、メディア・テクノロジーの早い変化によって社会が変わっていく中で、大事な本質をどうやったら学べるか、いわばメディア・リテラシーですね、そうした部分に着目した教育プログラムをワークショップという形態で制作し、実施しています。
近年は、インターラボの研究性を高めることで、活動の幅を広めています。例えば大学や研究機関とも連携しながら、最新のバイオ・テクノロジーを用いた取り組みを展開したり、これまでの成果を学術論文にまとめて学会で発表するといった活動も行なっています。また、作品制作を通じて培ってきたノウハウや知見を教育だけではなく、地域課題の発見や解決に結びつけるような取り組みも行なうようになりました。
とにかく、社会は常にすごい勢いでどんどん変わっていくので、常に自分たちのあり方を見つめ直しつつ、きちんと自分たちで考え、良いものを作り続けられる場になっていけたらと思って活動を続けています。YCAMでは、自分自身で考える力が育まれる場を作るということが、一つの指標になっていると思います。
――今の時代は情報やメディアにあふれている分、それらをどのように判断・活用するのかのリテラシーが重要です。「自分自身で考える力を身につける」。非常に大切なことですね。
伊藤: 例えばコンピューターであれば、単純に特定のソフトの使い方を教えるという方法もありますが、我々はもう少し別のアプローチで、コンピューターなどのテクノロジーと根本的にどうつきあっていったらいいのか、そういうことを学ぶための方法論に取り組んでいます。パソコンやスマホなど、技術はどんどん変わってしまうので、ツール1個の使い方を覚えても子どもたちが大人になったときに全然意味がなくなるということは十分考えられます。
なので、もう少し本質的なところまで踏み込んで考える力のほうが価値があると考えています。
――具体的な取り組みとしてはどういったものがありますか?
伊藤: 2015年から「YCAMバイオ・リサーチ」という研究開発プロジェクトを展開しています。ここ数年、DNA情報の取り扱いなどに代表されるバイオ・テクノロジーが、かかるコストの劇的な低下などにより、徐々に個人でも扱えるようになってきています。そんな中でDNA情報の意味や読み取り方、扱い方、さらにはこうしたテクノロジーを用いることで環境や自分自身にどういった影響があるかという、基本的な部分に対する理解が今後必要になってくると思われます。
DNA情報などは目に見えないだけに、知識がなければわからないので、今後、体験を通じて理解できるような仕組みを作り、アート作品やワークショップなどの形で伝えていければなと考えています。YCAMバイオ・リサーチは、そのための基礎的なリサーチをするためのプロジェクトです。これまでに、植物からDNAを抽出し、解析することで植物図鑑を作る「森のDNA図鑑」といった教育プログラムの開発を行なってきました。
伊藤: それから、少し前のプロジェクトになりますが、「ケータイスパイ大作戦」という教育プログラムがあります。これは、鬼ごっこのようなゲームをベースに作られたワークショップです。鬼ごっこではタッチするとアウトですが、ここでは携帯電話のカメラ機能で撮影されることが、タッチと同じ意味になります。鬼ごっこが終わったら、撮った写真を後で参照して、写真をいっぱい撮られた人は点数が引かれていって負けになります。
ただ、このプログラムの面白いところは、参加者が議論をしながらどんどんルールを変えていくんですね。例えば鬼ごっこの最中に転んでしまった子がいた。そうすると、写真を撮られやすくなるので、アンフェアだということで、転んだ人の写真は撮らないというルールが追加されます。しかし、今度はそのルールを逆手に取ってわざと転ぶひとが出てくる。そうなると、また対策を考えなきゃいけない。そういったルールの検討、改変、実践を通じて、情報化社会とかメディア・テクノロジーの特性が理解できるんです。大人がやっても楽しいんですよ。
――最新技術で遊びながらその怖さも体感したり、当事者自身が主体的に考えて遊びを作る。まさに理想的な教育の在り方ですね。
石川: 現在、「コロガル公園コモンズ」という子ども向けの遊び場のようなものを開催しているのですが、そこでは利用者の子どもたちが会場の運営をだんだん手伝い始めるんですね。2016年に開催した「コロガルガーデン」では、最終的に70名くらいの子どもが手伝ってくれるようになりました。そこでも彼らが自分たちでルールを作っていくんですけど、うまくいかないときもあって、自治が崩壊する瞬間もあるんです。そのような、自治が生まれたり、それが崩壊してしまったり、というのを小さい規模で体験できるのは、面白いことだと思いますね。
伊藤: YCAMでは、失敗できる場、失敗をそんなに恐れない場というのを目指しています。
タッチポイントを増やすこと――教育と地域
――教育ということでいいますと、学校機関と絡んだりすることもあるのですか?
伊藤: 開館以来、小学校や中学校、高校と協力しながら、児童生徒を対象に教育プログラムを実施しています。最近の例では「スポーツハッカソン for Kids」という、メディア・テクノロジーを用いてスポーツを作る教育プログラムがあります。
もともと、2015年から「YCAMスポーツハッカソン」というイベントを開催していまして、それは2日間かけて30名程度の参加者が運動会競技を10個ほど開発し、最終日に200人ほどの一般参加者が集まってその運動会競技を実際に競技するというものです。「スポーツハッカソン for Kids」はこのイベントの子ども版です。小学校の授業で行なえるようにパッケージ化をし、2016年から市内の小学校の半数以上で実施しています。
――地域との関わりという意味では、やはりYCAMの中に山口市立中央図書館が併設されていることは大きいですか?
石川: 今、図書館の再発見、つまり地域にとって重要な場所であるということが認識され始めていますが、図書館を目的とした来館者が、そのついでにフラッと展覧会やイベントに来てくださるというのは、タッチポイントの増大ということでは動機としては非常に大きな役割を果たしていると思います。
伊藤: そうした偶発的な出会いも重要なのですが、積極的に図書館の利用者を取り込んでいくために、図書館を創造的な空間として活用した作品もいくつか発表しています。例えば、「The Quiet Volume(ザ・クワイエット・ボリューム)」という体験型の演劇作品や、「たんぱく質みたいに」というプロジェクションマッピングを用いたインスタレーション作品、「filaments」というサウンドインスタレーション作品などがあります。今後も図書館とは積極的に連携していきたいですね。
――YCAMのような場所が地域にあるのは、実に羨ましいですね。最後に、今後の展望や予定などを教えていただけますか。
伊藤: この数年でいろいろな分野に裾野を拡げることができたと思いますので、今後の研究開発の土台をしっかりと作り上げていきたいと思います。また、プロジェクトの成果を多様なかたちで回収し、提示していけるようにしていきたいと思っています。
10月には「YCAMオープンラボ」という、YCAMの取り組みを紹介するイベントもあります。ここでは制作する場所と、発表する場所があり、そして何よりも内部に作れるスタッフがいるというYCAMならではの特色をきちんとご紹介したいと考えています。新しい芸術表現や、それを軸とした教育やコミュニティといった領域での取り組みが、どのようにして出来上がっていくのか、広くお見せして、多くのみなさんと今後のクリエイティビティが果たす役割、メディアテクノロジーと社会の関わりなどについて議論したと思います。
続く後編では、日本屈指の音響設備を誇るYCAMの、音や音楽分野における活動をご紹介する。
開催日時: 2018年10月6日(土)〜8日(月)
会場: スタジオA/スタジオD
トークイベント、展示、ライブコンサート、映画上映などを通じて、YCAMの研究開発活動を体験できる複合型のイベントです。
開館15周年を迎える今年のオープンラボは、開館以来YCAMのあらゆる事業を支え特徴づけてきた「ラボ」に着目します。これまでYCAMは、「メディアの可能性」を切り開くべく、既成概念にとらわれず常に思考や手法を変化し続け、その結果、多方面で高い評価を得てきました。今年のテーマにもある「グッドセンス」という言葉には、「良識」や「分別」だけでなく、柔軟な思考を意味する「中庸」も含みます。変化の激しい現代社会で常に挑戦し続けてきたYCAMの活動には、この「グッドセンス」が含まれているはずです。今年は「グッドセンス」とともに活動し世の中に影響を与えてきたラボを招き、ラボから広がる創造性や未来について語り合います。
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