
小菅優が語るシューベルト最後のソナタ「多くのクエスチョンが私たちを考えさせる」

ピアニストの小菅優が2023年からスタートした“ソナタ・シリーズ”は、ソナタという一つのジャンルから、多彩な音楽と出会い、その奥深い世界を探る4公演――「開花」「夢・幻想」「愛・変容」「神秘・魅惑」をこれまで行なってきた。そしてついにこの7月、作曲家の晩年の作品を集めた「黄昏」で最終回を迎える。
3月6日、小菅優本人がピアノを弾きながら最終回のコンセプトを語る記者懇談会が都内で開かれた。その模様を、シューベルト「ピアノ・ソナタ第21番」の解説を中心にお伝えしたい。

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...
小菅優の“ソナタ・シリーズ”最終回の曲目はモーツァルト「ピアノ・ソナタ第18番 ニ長調 K.576」、ウェーバー「ピアノ・ソナタ第4番 ホ短調 op.70」、シューベルト「ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960」の3曲で、3人とも30歳代という若さで亡くなっている。
「シューベルトの最後のソナタは、40歳を越えたときの私のゴールとして、昔から憧れてきた。今ここにたどりついてみると、この曲を弾けてすごく幸せだと思うと同時に、とても責任感を感じる」と小菅は語る。
「シューベルトの作品がここまで私たちを感動させるのは、彼のすごく自然なところにあると思う。彼の考えていること、語っていることがそのまま音楽として現れていて、人間そのものが伝わってくる。シューベルトの人生はものすごい痛みを伴ったもので、青春の幸せな思い出もありながら、とくに19世紀というけして綺麗ではない世の中で、伝染病で死んだ人の山があったり、彼自身も病を患い、そういうひどい状況の中で幸せというものを見出そうとした。それは必ず空想の中の幸せですよね。そういうことは今の私たちも思うことだし、だから音楽から直接伝わるものがすごくあるのだと感じます」。

9歳より演奏活動を開始、2005年ニューヨークのカーネギーホールで、翌2006年には、ザルツブルク音楽祭でそれぞれリサイタルデビューを行ない大成功を収めた。
これまでにドミトリエフ、デュトワ、小澤、ノリントン、オラモ、ノット等の指揮でベルリン響、フランクフルト放送響、シュトゥットガルト放送響、BBC響、NDR北ドイツ放送フィル、サンクトペテルブルク響、フィンランド放送響、フランス放送響、スイス・ロマンド管等と共演。
ザルツブルク音楽祭では、イーヴォ・ポゴレリッチの代役としてフィリップ・ヘレヴェッヘ指揮カメラータ・ザルツブルクと共演し、絶賛を博した。そのほか、紀尾井シンフォニエッタ(指揮:ティエリー・フィッシャー)のアメリカ・ツアーおよびハンスイェルク・シェレンベルガー指揮カメラータ・ザルツブルクの日本ツアーへの参加、服部譲二指揮ウィーン室内管弦楽団との共演、ロンドンのウィグモアホールでリサイタルなど、海外でも着実にその活躍の場を広げている。2010年から15年にはベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会(全8回)を東京、大阪で行ない各方面から絶賛を博した。そのほか、ソロだけでなく室内楽や歌曲伴奏を含む、ベートーヴェンのすべてのピアノ付き作品を徐々に取り上げる新企画「ベートーヴェン詣」にも取り組んでいる。2017年から4年にわたり、4つの元素「水・火・風・大地」をテーマにしたリサイタル・シリーズ『Four Elements』を開催した。
第13回新日鉄音楽賞、2004年アメリカ・ワシントン賞、第8回ホテルオークラ音楽賞、第17回出光音楽賞を受賞。2014年に第64回芸術選奨音楽部門 文部科学大臣新人賞、2017年に第48回サントリー音楽賞受賞。
2023年よりピアノ・ソナタに焦点をあてた新プロジェクト”ソナタ・シリーズ”を始動。
シューベルト「ソナタ第21番」の全楽章を自らの言葉で解説
その後、小菅が自らピアノを弾きながら、この曲のレクチャーが続いた。
「第1楽章は最初の33小節がずっとピアニッシモで、穏やかなメロディですが、低音に現れるトリルはダークで、晩年のミサ曲のティンパニを思わせます。このような空想の中の幸福から、第2主題では変ロ長調からかけ離れた嬰へ短調へ転調し、どれだけの痛みが表されることか。それでいて展開部では力強いところがあり、爆発しては内面へもどる起伏の激しさがあるのがシューベルトの音楽です。人生すべてを語っているような、一言では表せないものが詰まっている」
「第2楽章は苦悩を耐え忍ぶようなオスティナート(同一音型を執拗にくり返して用いること。しばしばバス声部に現れる)が同じリズムを刻みます。同じ年に書かれた、私の大好きな弦楽五重奏曲の第2楽章もそうですが、変えられない運命のようなものを感じます。
シューベルトの音楽ではっとさせられるのは転調で、それは作為的なものではなく、彼の中での自然な流れの転調なんです。最後は嬰ハ短調から嬰ハ長調ヘ、どんどん天国へ上っていってしまう。美しいからこそ悲しい、希望があるようでない。つかめるようでつかめない、なんと絶望的なのでしょう」
「第3楽章は明るさがありながらもずっとピアニッシモで優美な楽章。そして第4楽章で特徴的なのは、調性が変ロ長調なのに、ハ長調で始まることです。はじまりの音が、警告のように響きます。そして、シューベルトらしい小川が流れた後に、また爆発的なところがあって、苦難に立ち向かう凛々しい勇気のようなところもあり、とにかくずっと最後まで探し続ける。最後は希望なのか、新しいドアなのか、天国に行ってしまったのか……という終わり方。いろいろなクエスチョンマークがこの音楽にあって、そういう作品に触れると、私たちにはすごく考えさせられるものがあると思うんです」。
「20代のころは、シューベルトの最後のソナタはあまりにも恐れ多くて弾けないというところもありました。これはシューベルトが32歳の時の作品ですが、あまりにも死というものに直面した人の作品というか……もちろん死ということはシューベルトの歌曲の世界でもずっと彼のテーマですが、ここまで深く考えることが怖いというか、今でも絶対に理解しきれないところがたくさんあると思うんですね。音楽家をやっていてよいことは、自分が成長していくにつれて見方が変わることなので、もうそろそろこの曲を弾いておいて、また20年後に弾いた時に違うことが感じられたらよいなと。それで今回チャレンジすることにしました」。
ウェーバー「ピアノ・ソナタ第4番」は作曲家晩年の影が色濃い作品
その後、モーツァルト「ピアノ・ソナタ第18番」、ウェーバー「ピアノ・ソナタ第4番」の解説がつづき、ウェーバーは第1楽章の演奏も披露された。
この作品はレオン・フライシャーの若い頃の録音を聴いて素晴らしさを知り、10代のころからずっと弾きたいと思っていたという。《魔弾の射手》の後に書かれた作品だが、ウェーバーは晩年になるにつれて影を増し、この作品にも、「成功の裏にどのくらい葛藤があったのかが分かるくらいの重み、悲しみが染み出ている」という。
この滅多に聴けない傑作を含む作曲家晩年の3作品で迎える大団円。3年にわたった小菅優のソナタの旅の到達点を、ぜひ見届けたい。
日時:2026年7月28日(火)19:00 開演
会場:東京オペラシティ コンサートホール
曲目
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第18番 ニ長調 K.576
ウェーバー:ピアノ・ソナタ第4番 ホ短調 op.70
シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960(遺作)
チケット:全席指定¥6,000・学生¥3,000 (カジモト・イープラスのみ取扱い)
■サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン
6月14日(日)19:00開演 サントリーホール ブルーローズ
〈小菅優プロデュース「音楽朗読劇『借りた風景』〉
6月17日(水)19:00開演 サントリーホール ブルーローズ
〈小菅優と仲間たち〉
■小菅優&ベネディクト・クレックナー(チェロ)デュオ・コンサート
6月19日(金)14:00開演(予定)武蔵野市民文化会館
■樫本大進・小菅優・クラウディオ・ボルケス トリオ
6月30日(火)19:00開演 大阪/住友生命いずみホール
7月2日(木)19:00開演 東京/東京オペラシティ コンサートホール
7月4日(土)15:00開演 石川/北國新聞赤羽ホール
7月5日(日)15:00開演 福岡/北九州市立響ホール
■神奈川フィルハーモニー管弦楽団×小菅優
8月7日(金)19:00開演 東京/サントリーホール
■金川真弓(ヴァイオリン)×小菅優 デュオ・コンサート
2027年2月23日(火祝)兵庫/兵庫県立芸術文化センター 神戸女学院ホール
2月25日(木)19:00開演 東京/王子ホール
■吉田誠(クラリネット)×小菅優
2027年3月5日(金)14:00開演 大阪/ザ・フェニックスホール
■新プロジェクト「小菅優 Beethoven Variations plus+」
2027年4月~
ベートーヴェンの変奏曲と、小菅がこれまで弾いてきたさまざまな作曲家の重要な作品を組み合わせたプログラムで、全7回を予定
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