寝ている人と死んでいる人の表現方法とは? オペラ歌手と美術史家が語る!
ONTOMOの恋愛マスターこと鳥木弥生さんが、ついに美術史研究家のパートナーと登場! 「眠り」と「死」の表現について、さまざまな絵画を例に考察します。オペラで死んでいる人と寝ている人を見分けられるようになるかも?
武蔵野音楽大学卒業後、ロシア、セルヴィアなど東欧各地におけるリサイタルで活動を開始。第1回E.オブラスツォワ国際コンクールに入賞し、マリインスキー歌劇場において、G....
※これはフィクションに見せかけた実際のリモート会話です。
メゾソプラノ歌手・鳥木
パートナーで美術史家のI(単身赴任中)
息子M
死んでいる演技が寝ているように見えてしまった理由とは?
美術史家I M(息子)、寝た?
鳥木 寝た寝た。そういえばさ、この間、死んでいる演技を「寝てるみたい」って言われたんだよね。寝てるときと死んでるときの見た目の差って、美術専門の人的に何かある?
美術史家I 死んでる演技、やってみて。
鳥木 ……え? 今? まあ、いいけど。
美術史家I たしかに微妙。じゃ、とりあえず最初に死んだ人間の絵から学ぼうか。
ピエロ・デッラ・フランチェスカ
聖フランチェスコ聖堂(アレッツォ)
鳥木 口に何か突っ込まれてるの?
美術史家I 苗木だね。最初の人間、アダムの死の場面。聖十字架伝説。
鳥木 ちょっとハードル高い。もっと後世の人でお願いします。
美術史家I これかな。
鳥木 まあ、予想はしたけどね。畏れ多いからやめてください。ノーコメント。
美術史家I 宗教画で死んでいる姿が描かれるのはアダムとキリストの2人くらいかも。特に、磔のキリストは復活しなきゃいけないから、必ず死んでなければならないんだ。逆に聖人たちは死の克服がテーマだから、拷問シーンでもへいちゃらにしてなきゃいけない。
ジョヴァンニ・ベッリーニ
バーリ県立絵画館
ジョヴァンニ・ベッリーニは、イタリアの画家一族に生まれ、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する人物。ヴェローナ出身のドミニコ会修道士ペトルスは、ミラノでの布教活動中に異教徒に襲われ、ナイフを刺された状態で「私は神を信じます」と血文字で書きながら息絶えたとされている。
鳥木 あー、俺の裏側も焼けって言ったグリルの人(写真上)と、ナタでここ! の(写真下)……。いつから話を宗教画に限ったのかわからないけど、まあ興味深い。
寝姿との比較で違いが浮かび上がる?
鳥木 じゃあ、寝姿の絵は? そっちから違いを学ぶ。
美術史家I とりあえず実力見せて。
鳥木 演出家かよ。まあ、やるね。Zzz……。
美術史家I ……寝てる絵かあ。
鳥木 見てた? ちなみに、最初にお見せした死んでる演技はビゼーの《カルメン》のラストシーンのカルメン役で、「俺が殺してしまった! 愛する、俺のカルメン!」って最後のフレーズ歌ってるドン・ホセに抱えられたりするなら共同作業なんだけど、コロナ禍での演出だと、わりと一人の死に姿になるんだよねえ。
鳥木 で、今のはプッチーニの《蝶々夫人》の第2幕で、使用人のスズキが子どもと一緒に眠っちゃうシーンなんだけど、たまに首を下に垂れすぎてて、後ろから撮られた舞台写真だと首なし死体みたいに見えちゃったり。ハハハ。
あと、寝るシーンがおもしろいオペラといえば、ヴェルディの《イル・トロヴァトーレ》。ジプシー女のアズチェーナが寝てる間に息子が火あぶりにされちゃうんだけど、その息子が本当は親の仇の息子で……目を覚ました途端、テンションMAXで「復讐は果たされたー!」て叫んで幕切れなんだけど、絶対起き抜けで状況わかってないよねー。
プッチーニ《蝶々夫人》、ヴェルディ《イル・トロヴァトーレ》
美術史家I これかなあ。
鳥木 聞いてた? これはヴィーナス? また違う意味でハードル高い。
美術史家I ヴィーナスは、よく寝ている姿を描かれるね。裸体は古代の神々を理由に描かれ続けたんだよね。モデルは娼婦だったりしたわけだけど。イタリアルネサンスを代表する巨匠・ティツィアーノあたりは確信犯で、妙に俗っぽい起きてるヴィーナスを描いたりしてる。
裸体の話では、ミケランジェロの《最後の審判》に描かれた裸の男性の下半身に、ミケランジェロの死後、布を描き足しまくったことで「ふんどし画家」と呼ばれる羽目になってしまったダニエレ・ダ・ヴォルテッラの悲劇も味わい深い。このサムソンにも白々しく布がかけられてるけど。
鳥木 お! やっとオペラに歩み寄ったか。しかも、メゾソプラノが主役のサン=サーンス《サムソンとデリラ》! いいね! これは気持ちよさそうに寝てるなあ。この顔で寝られたら、裏切り辛い。やはり表情か……あ、いや! 見えた! 寝てるように見える法則。ほかの例も出して!
美術史家I はい。
鳥木 いっぱい寝てる(笑)。やっぱり全員私の仮説に則ってる。試しに、もしかして死んでんじゃないの? っていう、おどろおどろしいのを出してみて!
美術史家I おどろおどろしいといえばカラヴァッジョ。
鳥木 この流れで子ども出すのやめてほしいけど、たしかに暗い……けど、すやすや寝てるように見えるよね!
美術史家I あ、M(息子)は宿題してから寝た?
鳥木 ハイハイ。宿題して歯磨いて、すやすや寝てるよ。
「死」と「眠り」を決定付ける要素はズバリ……!?
鳥木 ……それでは、発表します! 寝ているように見えるポイントは……手首! つまり、手首が下向きだと寝ているように見えて(写真1)、手首がひっくり返って掌が見えてると死んでるっぽく見える(写真2)!
美術史家I うーん。でも、これ見て。同じカラヴァッジョの《聖母マリアの死》。手首、下向き。
鳥木 う……違う違う! こんなんずるいよ! 周りにこんなに泣いてる人いたら、そりゃ死んでるんだな、てなるわ! 可哀想に、て。だいたいさ、オペラでも死んで悲しまれるのはソプラノなんだよね。《ラ・ボエーム》のミミとか、《椿姫》ヴィオレッタとか。メゾソプラノだって惜しまれつつ死にたいんだよ!
美術史家I 話ずれてるね。おやすみ〜。
「手首説」も正しいと思います。手首、掌を見せる事で、外敵から自分を守ろうとする本能が消えた状態、つまり死を表そうとしているからです。そして、周りのリアクションによって、主体となる人物の状態が想定されるのも事実です。カラヴァッジョのマリアも、腕が身体から大きく離れている無防備さと顔の表情から死も見えますが、単体では寝ているようにも見えます。
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