記事
2021.05.25
開設記念シンポジウムレポート

東大先端研に「先端アートデザイン分野」開設〜インクルーシヴな社会構築に芸術ができること

東京大学先端科学技術研究センターは、2021年4月28日に、「先端アートデザイン分野」開設記念シンポジウムをオンラインで開催。教員による研究分野の紹介、アドバイザーの辻井伸行氏、澤和樹東京藝術大学長および、連携協定機関である東京フィルハーモニー交響楽団メンバーによる弦楽合奏、パートナー企業の紹介などが行われ、多様な視点からインクルーシブな社会構築を目指す先端アートデザイン分野の意気込みが語られた。

取材・文
室田尚子
取材・文
室田尚子 音楽ライター

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...

写真左から、吉本英樹 特任准教授、神崎亮平 先端研所長、五神真 東京大学前総長、藤井輝夫 東京大学総長、澤和樹 東京藝術大学長、近藤薫 特任教授、伊藤節 特任教授、岡部徹 東京大学生産技術研究所所長。
©宇戸浩二

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

インクルーシブな社会を構築するための理念とは何か

東京大学でもっとも新しい附属研究所である先端技術研究センター(先端研)は1987年に発足。「学術の発展と社会の変化から生じる新たな課題へ挑戦し続け、新領域を開拓することによって科学技術の発展に貢献する」というミッションを達成するため、文系と理系の垣根を越えた研究を行なってきた。その先端研に2020年に設置された「先端アートデザイン分野(AAD)」の開設記念シンポジウムがオンラインで開催された。

続きを読む

そもそも先端研は「学際性」をもっとも重要視しており、「情報」「社会科学」「バリアフリー」「材料」「環境・エネルギー」「生物医科学」の6カテゴリーには、科学技術をベースにした理工学系だけでなく、倫理や思想、社会システムに関わる人文系の研究分野も数多くある。また、さまざまな地方自治体との包括連携協定を結び、地方独自の課題の解決などにも力を注いできた。そんな先端研に誕生した新しいAADは、科学技術とアートやデザインとが融合した新しい研究分野だ。

先端研所長の神崎亮平氏は、AADを「価値観が複雑化する現代においていかにインクルーシヴな社会を構築していくかという課題に対して、科学技術だけでなく、アートやデザイン、哲学、宗教など多様なジャンルと協働しながら取り組んでいく場」だと説明。その根底にあるのは、人が自然を制御するような従来型の「Human-Centered」な問題解決スキームではなく、人も自然の一部であるという考えに基づいた「Nature-Centered」なスキームが必要という発想だ。伊藤志信氏がデザインしたAADのロゴには、そうした「自然、そして多様性と包摂」という理念が込められている。シンポジウムの冒頭で藤井輝夫東大総長が述べた、「科学者と多様なアーティストとの“対話”を通して新たなフィロソフィーを構築し、それに基づく人材を育成するための機関」というAADの理念は、現代という時代の要請に見事に合致しているといえる。

伊藤志信氏がデザインした、東京大学先端科学技術研究センター先端アートデザイン分野のロゴ。
©Shinobu Ito

「芸術とは何か」──新たな計画軸を探る

こうした非常に先進的で実践的な研究を担うAADは、産学連携をベースにした「社会連携研究部門」と、STEAM教育(科学、技術、工学、リベラル・アーツ、数学を統合的に学習する教育手法)を行う「アカデミア」の2つの大きな柱から成る。連携協定機関には高野山金剛峯寺や高野町、ミラノ工科大学、東京フィルハーモニー交響楽団など、またパートナー企業にはソニー株式会社やヤマハ株式会社など全部で10の企業が名を連ねる。研究部門は「デザイン」と「アート」の2分野からなり、デザインラボ特任教授の伊藤節氏、伊藤志信氏、アートラボ特任教授の近藤薫氏、デザインエンジニアリングラボ特任教授の吉本英樹氏が抱負を語った。

なかでも私たち音楽ファンにとって興味深いのは、やはり東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターとして活躍するヴァイオリニストの近藤氏の話だろう。近藤氏は、「芸術とは何か」という古来繰り返されてきた問いを改めて問い直す。芸術を探求していくことはすなわち、「人類が根底にもつ共通の本質」を問うことに他ならず、その行為こそが文化というものだと近藤氏は考える。アートラボは「芸術とともにある文化的な未来社会を考え、実践していく場」として、芸術にさまざまな角度から光を当てることで新たな評価軸を探っていくことになりそうだ。

AADでは「アートの本質からSTEAM教育を問う」というテーマでサロンコンサートも開かれる予定。そこでシンポジウムの中盤では、近藤氏の朋友である東フィルメンバーが登場し、ミニコンサートが開催された。まずドビュッシーの弦楽4重奏曲ト短調作品10から第1楽章が演奏されたあと、AADアドバイザーを務める辻井伸行氏がベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番ハ短調作品13「悲愴」の第2楽章を披露。近藤氏は「身体の拡張」としての楽器の可能性について触れ、例えば常に自分の楽器を演奏するヴァイオリニストと、会場に設置されたピアニストでは楽器に対する感覚が異なることを、辻井氏の話も交えて紹介した。後半は、辻井氏のピアノ、東京フィルメンバー5名による弦楽合奏、さらに澤和樹東京藝大学長のヴァイオリンを加えた形で、ショパンのピアノ協奏曲第1番ホ短調作品11の第1楽章が演奏された。コンサート終了後は休憩を挟んで、AADパートナー企業各社がオンラインで所信を表明してシンポジウムは幕を閉じた。

辻井氏、東京フィルメンバー、澤和樹東京藝大学長による、ショパンのピアノ協奏曲第1番ホ短調作品11、第1楽章。写真提供:先端科学技術研究センター。

とかく芸術家は社会構造からかけ離れた存在とみなされがちだが、芸術が社会活動の一分野であることは自明であり、芸術が社会から阻害されないためには芸術サイドからの社会への働きかけは不可欠だろう。一方、社会や政治、学問において既存の枠組みの見直しを迫られている現代、見直されるべきは自然や本能といった「目に見えない」ものの価値だ。それは言い換えれば、「知」や「美」を生み出す人間の「感性」への着目である。その意味でも芸術の価値を正しく評価し、それを社会のベースに置くシステムの構築は不可欠だといえる。東京大学先端研の先端アートデザイン分野が、その大きな推進力となっていく未来を期待したい。

取材・文
室田尚子
取材・文
室田尚子 音楽ライター

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ