読みもの
2024.09.15
知識ゼロからわかる! インターネットと音楽についての法律相談室#7

ネット上で誹謗中傷を受けたとき どう対応する?

YouTube、SNS、ブログなどで自由に表現ができるようになった昨今。それに伴い、著作権への関心も高まっています。本連載では、インターネットと音楽についての著作権や関連する法律についての初心者向けの基礎知識を、アート関連のリーガルスペシャリストが集まった骨董通り法律事務所の弁護士・橋本阿友子さんに教えていただきます。
今回は、アーティストはもとより、誰でも被害に遭う可能性があるネット上での誹謗中傷について、法律による対処の仕方や注意点を教えていただきます。

取材・文
林田直樹
取材・文
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

お話を伺った弁護士・橋本阿友子さん

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匿名のアカウントでも諦めないで

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――ネット上での誹謗中傷には、アーティストは想像以上にみんな悩んでいると思います。最近ではスポーツ選手もそうですし、たとえ有名人でなくとも、誰でもインフルエンサーのようになったとたんに、同じような危険性がありますね。

自分が被害者になる場合と、自分が知らないうちに加害者になってしまう場合と、誰もが両方になりうる時代ですが、そういう法律相談も最近増えているのでは?

橋本 誹謗中傷の問題は私も長年携わってきましたし、アーティストの方からもそういう悩みはよく聞きますね。

誰がやったかが分かっている場合には、弁護士名で、今後もこういうことを続けたら法的措置をとりますよと相手に警告したら収まるということはありますが、SNSの場合は匿名である場合が多いので、いきなり書面を送れない難しさがありますね。

通称名という縛りがあるFacebookでも実際は偽名が使われているケースもありますので、そういうところで投稿されると、投稿者が誰かが分からないという状況が発生します。

――インターネット上の匿名のアカウントからの違法行為や精神的被害について、弁護士にはどのように対応してもらえるのですか?

橋本 ご相談いただければ、たとえばX(旧Twitter)などSNSの場合、まずはXを提供している事業者(X Corp)に対して、投稿にかかるIPアドレスとタイムスタンプの開示を求め、その請求が認められれば、どのプロバイダーを使っているかが分かります。次に、そのプロバイダーに対して、投稿者の個人情報の開示を求め、人物を特定していきます。SNSの場合には、サービス提供者が発信者の氏名や住所を保有しておらず、このような2段階の手続きが必要となる場合が多いと思います。

このようにして投稿者を特定した上で、その人に対して損害賠償を求めて、裁判等による手続きを進めます。

――相手が誰であるか、スピーディに、確実に特定できるものなのですか。

橋本 最近法律が変わったおかげで、速くはなりました。以前は、1年以上かけてやっと投稿者の情報が分かる、そんな感じでした。

なぜ時間がかかるかというと、アーティストの立場では精神的な損害を被るような内容だったとしても、果たしてその投稿が本当に法律上違法かどうかの判断が難しいのですね。こういう匿名の悪質な投稿がありましたといっても、サービス事業者が違法か否かの判断をくだせませんし、個人情報保護法があるので、違法ではない投稿の投稿者の情報を開示するのはリスクがあり、通常、サービス事業者は投稿者の情報を任意に開示してくれません。

サービス事業者は、裁判所から命令されれば、安心して、投稿や投稿者に関する情報を出すことができるわけです。

このように、裁判所がその投稿は違法ですと言ってくれて初めて、サービス事業者は個人情報を安心して開示できるので、手続きに時間がかかるというわけです。

――裁判所の判断も必要なんですね

橋本 精神的な苦痛を負って、弁護士に相談するのも気が重いという方もいらっしゃいますが、そう言っている間に時間が経ってしまうと、その問題となった投稿のログ情報がどんどん消えていってしまう。

そうすると、早くご相談いただければこちらとしても追えたものが、タイミングが遅かったことで、もうどうしようもありませんねということになってしまう場合もあります。

また、投稿を見るのがつらくて、自ら問題の投稿を消去してしまうというケースもみられますが、証拠がなくなってしまうので、それもお勧めできません。

もし本当に誰がやったのかを特定して、損害賠償の請求をご要望の場合は、一刻も早く弁護士に相談してください。

橋本阿友子(弁護士・骨董通り法律事務所)
京都大学法学部卒業、京都大学法科大学院修了。マックス・プランク知的財産研究所(Max-Planck-Institut für Innovation und Wettbewerb)客員研究員(2023年)。ベーカー&マッケンジー法律事務所を経て、2017年3月より骨董通り法律事務所に加入。東京藝術大学・神戸大学大学院非常勤講師。上野学園大学器楽コース(ピアノ専攻)に編入し、2022年3月に芸術学士を取得した後、ドイツ留学中に、エコールノルマル音楽院にて研鑽を積む。国内外のピアノコンクール受賞歴を持つ自身の音楽経験を活かし、音楽著作権を中心に、幅広いリーガルアドバイスを提供している。エンタテインメントに関する法律問題について、骨董通り法律事務所のウェブサイトにおいて、随時コラムを公開している。
https://www.kottolaw.com/attorneys.html

人物の特定は時間勝負

――相手を特定したいなら、早ければ早いほどいいんですね。

橋本 はい。今までご相談いただいた案件については、ほとんどのご相談について投稿者を特定できて、損害賠償の請求まで行ない、回収までできています。

――それは心強いですね。精神的な苦痛は、受けた本人でないとその苦痛の大きさは分からないと思いますが、裁判所は、これは確かに精神的に損害を受けるようなケースであるという判断を、かなり早く的確にしてくれるのでしょうか?

橋本 裁判所が早く判断するというよりは、判断までの過程がスムーズに行なわれる仮処分という手続きを申し立てるので、通常の訴訟よりはスムーズな進行となります。

ただし、人物を特定するまでの手続きで、この投稿は違法ですと判断する裁判体と、人物が特定できて損害賠償請求をするとなったときに判断する裁判体とで、裁判所の組織が違うのです。

両者が違う判断をする可能性もゼロではない。最初は違法だとなっても、その次の本番の裁判の時に、いや、それは違法じゃないという判断をされる可能性もある。

そういう意味では、最後まで気が抜けないのが、この匿名による名誉毀損系の手続きの特徴だと思います。

――でも、相手を特定できるだけで随分気持ち的には変わりますよね。

橋本 そうみたいですね。投稿者にも特定されたことが分かるので、自主的に問題の投稿を削除したりするケースも多いように思います。

――XやFacebookやInstagramのようなSNSではなくて、5ちゃんねるのような匿名掲示板は、もっと露骨でひどい誹謗中傷がまかり通っていますが、それも人物を特定できるのですか。

橋本 5ちゃんねるも、同様の発信者情報開示請求の手続きを行なって、特定していくことになると思います。

弁護士費用とかかる時間はケースバイケース

――もし自分が誹謗中傷されたときに、弁護士に相談するのは、気持ち的にハードルが高いじゃないですか。ざっくりでいいのですが、どれくらいの時間と、どれくらいのお金がかかるものなのでしょうか。

橋本 弁護士にもよりますし、ケースによるので、コメントが難しいです。

私はその件にかかった時間分を計算して請求していますが、弁護士によっては着手金と成功報酬で請求する方もいらっしゃいます。かかる時間も、本当にケースバイケースとしか言いようがないので、困ったときは費用のご不安も合わせてご相談いただければと思います。

――市町村で、弁護士の人が相談窓口をやっていますね。会社じゃなくて個人の場合、どうしても経済的に不安がある人は、そういう法律相談窓口から始めて、徐々に弁護士の方に相談する方法もあるのでは?

橋本 それもありますけれど、専門性の高いものは市町村の相談窓口ではなかなか難しいときもあるので。とくに誹謗中傷系は、時間との戦いでもありますから。

――ああなるほど、早くしないと相手を特定できなくなるから……。

橋本 はい。慣れていない人に相談してしまうと、時間が経ってしまい、そのせいで実際には何もできませんでしたとなると、むしろ時間と費用の無駄となってしまいかねません。

ある程度お金を使ってでも、そういう知見や専門性のある弁護士に頼んだ方がいいし、早く終わるのではないかと思います。

取材・文
林田直樹
取材・文
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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