読みもの
2026.03.06
2026年3月6日(金)新宿ピカデリー、TOHOシネマズ シャンテほか、全国ロードショー

映画『ブルームーン』が描くロレンツ・ハート〜ロジャース&ハートの名曲と孤独な天才の物語

1943年、ブロードウェイの歴史を変えたミュージカル『オクラホマ!』が初日を迎えた夜。その舞台裏で、もうひとつのドラマが静かに進んでいました。リチャード・ロジャースのかつてのパートナーであり、「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」「ブルームーン」など、数々のスタンダード曲の詞を書いた天才作詞家ロレンツ・ハート。リチャード・リンクレイター監督の最新作『ブルームーン』は、そんな彼の忘れられない一夜を描いたほろ苦い伝記ファンタジー映画。見どころとともに、ロジャース&ハートが残した名曲の魅力を振り返ります!

ナビゲーター
東端哲也
ナビゲーター
東端哲也 ライター

1969年徳島市生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。音楽&映画まわりを中心としたよろずライター。インタビュー仕事が得意で守備範囲も広いが本人は海外エンタメ好き。@ba...

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作曲家ロジャースと作詞家ハマースタインのミュージカル黄金コンビ

1930~50年代にJ.カーン、I.バーリン、C.ポーター、G.ガーシュウィン、R.ロジャースのいわゆる“5大作曲家”によって最初の黄金期が形成されたブロードウェイ。その中でも唯一20世紀生まれのリチャード・ロジャース(1902〜1979)と、彼より7つ歳上の脚本・作詞家オスカー・ハマースタイン2世(1895〜1960)によるコンビこそ、ミュージカル史上、最高にして最強の二人組であることに異議を唱える者はいないだろう。

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1943年初演の『オクラホマ!』に始まり、『回転木馬』(1945年)、『南太平洋』(1949年)、『王様と私』(1951年)などを経て『サウンド・オブ・ミュージック』(1959年)に至る、不朽の名作たちの名前をあげれば、一目瞭然。「ロジャース&ハマースタイン」の作品は生きることの喜びを高らかに謳いあげるような内容で、明るく華やかでハートウォーミング。それは裕福なユダヤ人家庭育ちの大らかな天才メロディ・メーカーであるロジャースと、気さくな性格で万人にわかりやすい歌詞を書くハマースタインによる、黄金のコンビネーションのなせる業であった。

ロジャースのもう一人の重要な相棒ロレンツ・ハート

しかし、スタンダード・ジャズのファン、とりわけ“歌もの”と呼ばれるスタンダード・ソングの愛好家にとって、ロジャースの相棒といえばロレンツ・ハート(1895〜1943)と相場は決まっている。実はハートとハマースタインは同い年で共にコロンビア大学の出身だが、ロジャース(※彼も同窓生)と出会ったのはハートのほうが先だった。意気投合した二人は「ロジャース&ハート」のコンビでミュージカルを手がけ、いくつものヒット作をブロードウェイに送りだす。

それら伝説の舞台は残念ながら今日では大衆に忘れられてしまったが、そこから生まれた珠玉の名曲は、その後も数多のヴォーカリストたちによって歌い継がれ、現代でも人気の“スタンダード曲”として広く愛されている。

それには作曲家ロジャースの名人芸だけでなく、ハートのウィットに富み知的で洗練された歌詞の力も大きい。とにかくハートの書く詞はいつも“ひねり”が効いていてクセがあり、心にひっかかるものがある。

ハート流の仕事は……例えば、このコンビによる最初のヒットで1925年のレヴュー『Garrick Gaieties』のために書かれた《マンハッタン》では、ニューヨーカーのハートならではのご当地の名所づくしと、日本人が聴いてもわかる見事な“韻”の踏ませ方がヴァース(曲の導入部)から炸裂して気持ちがいい。

【筆者の推し音源】エラ・フィッツジェラルド

有名なところでは、元々はミュージカル『Babes in Arms』(1937年)の劇中歌だが今もラブ・ソングの定番である《マイ・ファニー・ヴァレンタイン》。ここでは、「君は滑稽で写真うつりもイマイチだしスタイルも悪い。でもそこが魅力なのだから、僕のために髪の毛一本だって変えないで。いつまでもそのままでいてほしい……」なんて謳いあげ、恋人の美しさをストレートには讃えない。

【筆者の推し音源】チェット・ベイカー

またミュージカル『Too Many Girls』(1939年)からの《時さえ忘れて(いつのことだったかしら)》では、「あなたと出会うまでの私は初(うぶ)で世間知らずだった」と言いたいがために、あの頃は「I didn’t know what time it was(今が何時なのかも知らなかった)」と当時の流行(はやり)言葉を引用して素敵に表現。

【筆者の推し音源】ドーン・アップショウ

そしてミュージカル『Pal Joey』(1940年)から生まれた《魅せられて(魅惑のとりこ)》では、恋に身を焦がす自分を「Bewitched(魔法にかけられ)bothered(困り果て)and bewildered(そして狼狽えている)am I」と「B」で始まる少し激しめの単語を3つ用いて情熱的に詠む。

【筆者の推し音源】アニタ・オデイ

ロレンツ・ハートを主人公にした映画『ブルームーン』

……という具合にハートの詞の世界は技巧的でお洒落だが“こだわり”が強く、どこか屈折していて、ハート自身も世の中を斜に構えて見ているようなところがある。いったいこの一筋縄でいかなそうな男はどんな人物だったのだろうか? 人間ドラマを主軸にさまざまなジャンルの映画で高い評価を受けてきた現代の名匠リチャード・リンクレイター監督の最新作は、そんな米国ミュージック・シーンの“レジェンド”ロレンツ・ハートを主人公にした、ちょっぴりほろ苦い伝記ファンタジーである。

時は1943年3月31日の夜。この日は「ロジャース&ハマースタイン」コンビの記念すべきコラボ第1作である『オクラホマ!』の初日。ストーリーと音楽とダンスが意味のある繋がりでひとつにまとまった、ミュージカル史上極めて画期的かつ革新的なこのヒット作品の成功を祝うべく、関係者が劇場街にあるレストラン「サリーズ」に集まろうとしていた。一足先にセント・ジェームス劇場を抜け出して来たハート(イーサン・ホーク)は、まだ客のいない店のバーコーナーで馴染みのバーテンダー、エディ(ボビー・カナヴェイル)に話しかける。話題はもちろん、今観てきたばかりの『オクラホマ!』についての辛口コメント。それから自身のキャリアの現状についても愚痴る。そう長年、創作のパートナーとして苦楽を共にしてきたリチャード・ロジャース(アンドリュー・スコット)がその関係に終止符を打とうとしているのがハートにはわかるのだった。

あとでディック(※リチャードの愛称)に会ったら何と切り出せばいいのか? そして恐らくその新しい相棒になるであろうオスカー(サイモン・デラニー)にも、今夜のことで賛辞を贈らないわけにはいくまい。ハートは足元が音を立てて崩れていくような感覚を味わっていた。

しかしそんな彼にも楽しみにしていることがひとつある。イェール大学美術学部の2年生でアート・ディレクター志望の美人で聡明な女性、エリザベス・ワイランド(マーガレット・クアリー)とここで待ち合わせしているのだ。彼女は芸術家にとってのミューズ以上の存在で、ハートは今日こそエリザベスの愛を完全に勝ち取れるかもしれないとエディに宣言する。だがハートが同性愛者であることを知っているエディは半信半疑。かくして、やがて運命の瞬間が訪れる……。

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天才作詞家の孤独〜映画が照らし出すロレンツ・ハートの内面

本作は「時間の経過を物語の核心に据え、会話劇を通じてキャラクターの内面を映し出す」のを得意とするリンクレイター監督らしい傑作。筋立てはハートと、あるイェール大の女子学生(名前はエリザベス)との間で実際に交わされた11通の手紙に着想を得て脚本家のロバート・カプロウが書き下ろしたフィクションだが、ハートが『オクラホマ!』の初日を祝う「サリーズ」でのパーティーに顔を出したのは史実らしい。映画はほぼ全編がこの演劇人ご用達の名店を舞台に、(この日から約7カ月後に死を迎える)47歳のハートにとって忘れられない一晩の出来事をリアルタイムで描いていく。

まず印象的なのは、デミ・ムーアと共演した『サブススタンス』(2024年)の記憶も鮮烈なマーガレット・クアリーが演じる圧倒的な美の化身エリザベスの姿と、それとは真逆である、年老いてみすぼらしい容貌のロレンツ・ハートの肖像。監督と長年タッグを組んできた名優イーサン・ホークは、身長約150センチのハートを演じるにあたり大胆な肉体改造に挑戦。髪の毛を剃り、特殊効果を用いて共演者たちよりも背が低く見えるよう工夫したとか。しかもハートは明らかにアルコールの問題を抱えており、そのことは酔っぱらって路上で倒れ、数日後に病院で亡くなる彼の悲惨な末路を暗示している。

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注目すべきはこの映画を通して見えてくる、ハートの抱える“闇”の部分。彼は自分が肉体的な魅力に欠けていることを自覚しており、心のどこかで人から愛されるに値しないと確信していたのではないだろうか。優れた作詞家として活躍し、遊び心があって巧みな言葉選びが光る名曲をいくつも書いたが、実はその裏側にある深い孤独感こそが、人々の心を掴む永遠の“スタンダード曲”を生む原動力になっていたのかもしれない。

そしてやはり、ゲイであるハートがエリザベスを本当の意味で愛していたとは思えない。複雑でややこしい性格の持ち主である彼は憧れの存在である彼女を通して、いわゆる「恋に恋する」状態だったのではないだろうか。その辺りは映画を観た人の解釈に委ねたいが、ただ本作のタイトルにもなっている「ロジャース&ハート」コンビ1934年の名曲《ブルームーン》が「ひとりぼっちの女性が青い月に祈り、素敵な出会いがありますようにとお願いする」歌であることが何かを物語っていないだろうか。

【筆者の推し音源】ビリー・ホリディ

スタンダード・ナンバーが彩るほろ苦いエンディング

『ブルームーン』は切ない話ではあるが、決して重苦しい映画ではない。ハートたちが交わす会話にはユーモアが溢れ、劇中には絶えずバーの専属ピアニストである若者モーティ・リフキン(ジョナ・リース)の奏でる小粋なスタンダード・ナンバー(※「ロジャース&ハート」作品だけでなく、他の巨匠たちの手による名旋律も盛り沢山)が流れているので心地よい。

『Blue Moon(Original Motion Picture Soundtrack)』

そしてその哀しい幕切れも、エンドロールでトニー・ベネットが「君がいなくなっても、世界は平然と続く」と歌う《This Funny World》(Rodgers & Hart)を聴けばきっと癒やされるに違いない。

上映情報
映画『ブルームーン』

2026年3月6日(金)公開

監督: リチャード・リンクレイター

脚本: ロバート・キャプロウ

出演: イーサン・ホーク、マーガレット・クアリー、ボビー・カナヴェイル、アンドリュー・スコット

上映時間: 1時間40分

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東端哲也
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東端哲也 ライター

1969年徳島市生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。音楽&映画まわりを中心としたよろずライター。インタビュー仕事が得意で守備範囲も広いが本人は海外エンタメ好き。@ba...

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