ベートーヴェンと月光ソナタ伝説
年間を通してお送りする連載「週刊 ベートーヴェンと〇〇」。ONTOMOナビゲーターのみなさんが、さまざまなキーワードからベートーヴェン像に迫ります。
第39回は、まことしやかに語られてきた《月光》ソナタにまつわる伝説。偉人のエピソードとして、日本の教科書にまで登場したお話の真相を、かげはら史帆さんが紹介してくれました。
「ベートーヴェンは、盲目の少女のために『月光ソナタ』を作曲した」……
若い方にとってはおそらく「ナニソレ!?」というエピソード。ご年配の方であれば、ひょっとしたら遠いかなたの記憶にあるかもしれません。
教科書に掲載され、ポストカードにまでなった「作り話」
実はこれ、昭和のある時期まで日本の児童向けの伝記によく登場していた、たいへん有名なエピソード。
ある月夜、街なかを散歩していたベートーヴェンは、誰かが奏でているピアノの音色にふと足を止めます。その音が鳴っている家をたずねると、ピアノを弾いていたのは盲目の少女。感銘を受けたベートーヴェンは、「光を見ることができない彼女のために、音楽でもって月の光を感じてほしい」と思い、ピアノに歩み寄ると、嬰ハ短調の旋律を即興で弾き始めます。これこそが、かの『月光ソナタ』誕生の瞬間。少女はベートーヴェンが奏でる美しい調べに耳を傾けながら、はらはらと涙を落とすのでした……。
ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第14番 Op.27-2より第1楽章
もともとは、ヨーロッパで19世紀の中盤からまことしやかに語られだしたこのセンチメンタルなエピソード。とても人気が高く、さまざまな雑誌に掲載され、何種類も挿画が描かれ、ポストカードなどのグッズにもなります(!)。
このエピソードはやがて日本にも輸入され、西洋音楽の普及とともに教科書や教育的読み物にさかんに取り上げられました。筆者が確認したところ、戦後にも書籍や紙芝居への採用事例があります。
もちろん、このエピソードはまったくの作り話。そもそも、嬰ハ短調のソナタ(第14番 Op.27-2)に《月光》という愛称がつけられたのは、ベートーヴェンの死後、詩人のルートヴィヒ・レルシュタープがこのソナタを「スイスのルツェルン湖にゆらめく月の光」にたとえて以降の話です。
現在では、このソナタがベートーヴェンの弟子であり恋人であったジュリエッタ・グイチャルディに捧げられたという「真」のエピソードのほうが児童向け伝記にも描かれています。
しかしこんな偽エピソードを作られ、それが世界的に大流行してしまったというのは、いかにも偉人として世のなかに受容されたベートーヴェンらしいといえるでしょう。
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