読みもの
2020.07.27
7月の特集「ダンス」

コンテンポラリー・バレエ/ダンス――多様化を極める身体表現の世界

クラシック・バレエとは趣の異なるコンテンポラリー・バレエと、さらに幅広い踊りを含むコンテンポラリー・ダンス。踊り手、作り手によって万華鏡のように姿を変える魅惑の世界、辿ってきた歴史を高橋彩子さんがご案内します。

高橋彩子
高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

『Fratres Ⅰ』(2019) 撮影:篠山紀信
写真提供:Noism Company Niigata

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コンテンポラリー・バレエ/コンテンポラリー・ダンスについてというのが本稿の題目だが、多士済々、百花繚乱の世界を体系立てて語るのは難しい。とはいえ、コンテンポラリー(現代の)とは言いながら、その歴史はしっかりと積み重ねられてきた。字数も限られているので駆け足でだが、いくつかの傾向・流れを見ていきたい。

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多様に物語り始めた第二次大戦後のバレエ——4人の巨匠

第二次大戦が終わり、新たな時代に入る中、古典バレエとは違う斬新な形で物語を表現したのが、フランス人振付家ローラン・プティ(1924-2011)だ。美女の姿をした死神と若者を象徴的に描いた『若者と死』(台本はジャン・コクトー)、ビスチェ姿のヒロイン像やリアルなベッドシーンなどでセンセーションを巻き起こした『カルメン』、プルーストの長編小説に基づく『失われた時を求めて』、ユーゴーの人気小説をダイナミックな色彩で描く『ノートルダム・ド・パリ』、現代的な感覚あふれる洒脱な『コッペリア』や『こうもり』……。そのビビッドで洗練された語り口はバレエに新風を吹き込んだ。彼はハリウッドでも活躍し、映画『アンデルセン物語』や『足ながおじさん』などの振り付けを行なっている。

イングリッシュ・ナショナル・バレエ『カルメン』

そのプティとほぼ同世代のフランス人振付家で、哲学者の父をもつモーリス・ベジャール(1927-2007)は、独自の美学に基づく鮮烈な作品群を発表。パルチザン闘争(非正規軍による占領支配への抵抗戦闘)の世界に置き換えた『火の鳥』、鹿の交尾から発想したと言われる『春の祭典』、祭祀のような高揚感あふれる『ボレロ』、最後に舞台上からダンサーたちが「戦いではなく恋をせよ」と叫ぶ『ロミオとジュリエット』……。社会の諸相とそこに渦巻く感情を、彼は壮大かつ扇情的に具現化した。日本を扱った題材には『仮名手本忠臣蔵』を描いた『ザ・カブキ』や三島由紀夫を扱った『M』などがある。

また、まずはブリュッセルにムードラ、次にルードラという学校をローザンヌに創設。そこから、作風の異なる一流の振付家、フランスのマギー・マラン(1951-)や後述するナチョ・ドゥアト(1957-)、ベルギーのアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル(1960-)、日本人では金森穣(1974-)らを輩出している。

モーリス・ベジャール・バレエ団『ボレロ』

そんなベジャールとも親交があったのが、ジョン・ノイマイヤー(1939-)。50年近くハンブルク・バレエの芸術監督を務めているのでドイツのイメージが強いが、アメリカ人だ。音楽に振り付けた『マタイ受難曲』『マーラー交響曲第3番』『冬の旅』のような作品から、古典バレエをルートヴィヒ二世の物語に読み替えた『幻想〜白鳥の湖のように』、デュマ・フィスの小説を丹念にバレエ化した『椿姫』や、トーマス・マンの小説を独自に解釈した『ヴェニスに死す』、テネシー・ウィリアムズの戯曲に基づく『欲望という名の電車』など、その作風は幅広い。

ハンブルク・バレエ団『マタイ受難曲』

スウェーデン出身のマッツ・エック(1945-)は、従来のバレエ作品に斬新な解釈・動きを施した振付家のパイオニア的存在だ。その手にかかれば『ジゼル』のヒロインは精神病院の患者で、『眠れる森の美女』のオーロラは糸紡ぎの針ならぬ注射針でヤク中になり、『白鳥の湖』の王子は白鳥・黒鳥、2タイプの女性に苦しめられるマザコンに(古典にもともとそうした面があるのも事実)。従来のバレエのイメージとは異なる、がに股の動きもインパクト大。決して奇をてらうのではなく、人間のあがきや愛、哀しみ、切なさが伝わってくるのが特長と言える。

スウェーデン王立バレエ団『白鳥の湖』

モダン・ダンスの世界から

規範が多く体制的なバレエへのアンチテーゼとして生まれたモダン・ダンスからも、コンテンポラリー・ダンスの新しい潮流は生まれた。

ドイツのモダン・ダンスと言うべきドイツ表現主義舞踊からは、国際会議のテーブル上の出来事を風刺的に表した『緑のテーブル』を代表作にもち、ダンスと演劇を融合させた「タンツテアター」の創始者でもあるクルト・ヨース(1901-1979)が、弟子としてピナ・バウシュ(1940-2009)を輩出。床全面に敷いた土の上で苛烈に生贄が選ばれる『春の祭典』、ドレスやスーツを着た男女がチャップリン映画やニーノ・ロータの音楽に乗せて戯れたり喧嘩したりする『コンタクトホーフ』、舞台に敷き詰められた何千ものカーネーションの上で日常のさまざまな情景が繰り広げられる『カーネーション』などで、一世を風靡した。

ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団 『カーネーション』

アメリカのモダン・ダンスに原住民の踊りを取り入れるなどしたレスター・ホートン(1906-1953)の舞踊団のダンサーだったアルヴィン・エイリー(1931-1989)は、アルヴィン・エイリー舞踊団を結成。アフリカ系アメリカ人のルーツや表現を発展させるダンスを発表し続けた。

アルヴィン・エイリー舞踊団『リヴェレーション』

また、アメリカン・モダン・ダンスのカリスマ、マーサ・グラハム(1894-1991)のもとで踊っていた振付家マース・カニングハム(1919-2009)は、ジョン・ケージと出会い、彼との共同制作で、チャンス・オペレーション(ケージが発案した偶然を利用し音楽を作る手法)を用いた作品を多数発表。美術家のロバート・ラウシェンバーグやアンディ・ウォーホル、デザイナーの川久保玲らとのコラボレーションなど、前衛的な世界を切り拓き続けた。

マース・カニングハム『ウォークアラウンド・タイム』

そのグラハムおよびベジャールのもとで踊った経歴をもつイスラエル・ダンス界の雄オハッド・ナハリン(1952-)は、ハードな動きやユーモア、ペーソスが入り交じる独自の世界を構築している。

バットシェバ舞踊団『DECADANCE』

抽象バレエの系譜——物語のない作品群

抽象度の高い作品が多いのも、コンテンポラリーの特徴のひとつだ。ショパンの音楽に乗せて詩人とシルフィード(空気の精)たちが踊るミハイル・フォーキン(1880-1942)の『レ・シルフィード(ショピニアーナ)』はそのはしりだが、抽象バレエを確立・発展させたのは、ロシア出身のジョージ・バランシン(1904-1983)だろう。

スクール・オブ・アメリカン・バレエおよびニューヨーク・シティ・バレエを拠点とし、チャイコフスキーの弦楽セレナーデを使った『セレナーデ』やストラヴィンスキーが書き下ろした『アゴン』、ビゼーの交響曲1番を用いた『シンフォニー・イン・C』、ヒンデミット書き下ろしの『フォー・テンペラメント』など、音楽を身体の動きで具現化した作品を多数発表。そのバレエは、「音楽の視覚化」と言われている。

ニューヨーク・シティ・バレエ『シンフォニー・イン・C』

このバランシンの名を取って、バレリーナのシルヴィ・ギエムから「ハード・バランシン」と評されたのは、やはり抽象的な作品を多く発表したウィリアム・フォーサイス(1947-)だ。バレエでは足から頭まで軸をまっすぐに保つオンバランスの状態が基本だが、フォーサイスはこれをずらしたオフバランスを多用。また、即興性を取り入れたりコンピュータを用いたりと、動きに新しい発想をもたらした。

パリ・オペラ座バレエ団『イン・ザ・ミドル・サムホワット・エレヴェイテッド

また、チェコ出身のイリ・キリアン(1947-)は、かぐや姫を扱った『照夜姫』(石井眞木作曲)など、物語性がある作品も創っているが、バロック音楽とともに送る『ベラ・フィギュラ』や、モーツァルトのピアノ協奏曲第21番と第23番を使用した『小さな死』ほか、抽象的ななかに得も言われぬ情感を湛えた作品群で人気が高い。

ネザーランド・ダンス・シアター『ベラ・フィギュラ』

前述したベジャールのムードラで学び、キリアンのもとで振り付けを始めたナチョ・ドゥアトも、やはり抒情豊かな抽象作品が魅力。マリア・デル・マル・ボネの音楽に振り付けたデビュー作『ジャルディ・タンカート』、15〜16世紀スペインの古楽に乗せて送る『ポル・ヴォス・ムエロ』、ドビュッシーのさまざまな音楽に振り付けた『ドゥエンデ』などは世界各地のバレエ団で上演されている。ただし日本で披露された『ロミオとジュリエット』『眠りの森の美女』などのようなナラティブな作品も創っている。

スペイン国立ダンス・カンパニー CND『ポル・ヴォス・ムエロ』

ボーダーレス化を極めるコンテンポラリー・ダンス

そして今、コンテンポラリー・ダンスにはあらゆるものが含まれていると言っても過言ではないほど、多様化している。

フランスでは1978年、アンジェに国立現代舞踊センター(CNDC)ができ、ここを拠点に“ヌーヴェル・ダンス”と呼ばれる新しいダンスが次々に誕生。前述のマギー・マラン、アンジュラン・プレルジョカージュ(1957-)、サーカスの要素を取り入れたフィリップ・ドゥクフレ(1961-)などはその代表格だ。

フィリップ・ドゥクフレ カンパニーDCA『PANORAMA』

イギリスでは、DV8フィジカルシアターを率いて同性愛にまつわる社会の諸相を描くロイド・ニューソン(1957-)、メガヒット作を生み続けているマシュー・ボーン(1960-)らがいる。

ベルギーにおいては、前述したベルギーのケースマイケルが、スティーブ・ライヒの音楽を用いたデビュー作『ファーズ』や『ドラミング』、バッハ、バルトーク、ジャズの巨匠ジョン・コルトレーンなど、さまざまな音楽に振り付けているほか、細川俊夫のオペラ『班女』やブロードウェイでの『ウエストサイドストーリー』の振付など、活躍の場を広げている。

ROSAS『Fase, Four Movements to the Music of Steve Reich』(2018リバイバル上演)

音楽にしろ出演者にしろ、さまざまなバックグラウンドを融合させて痛切な表現を生み出すベルギーの振付家アラン・プラテル(1956-)のもとで踊っていたベルギーのシディ・ラルビ・シェルカウイ(1976-)は、ストリート・ダンスから少林寺拳法まで(!)さまざまなムーブメントを取り入れながら、独自の神話的な世界を構築する振付家。これまたラモー作曲『優雅なインドの国々』やフィリップ・グラス作曲『サティアグラハ』などオペラ演出でも活躍中だ。

シディ・ラルビ・シェルカウイ/ダミアン・ジャレ『バベル』

ドイツ表現主義ダンスの薫陶を受けたサシャ・ヴァルツ(1963-)は、さまざまな家具と人間の姿をユーモラスに描いた『宇宙飛行士通り』や身体の生々しさに迫る『ケルパー(身体)三部作』などのほか、パーセル作曲『ディドとエネアス』や日本でも新国立劇場で上演された細川俊夫作曲『松風』、ワーグナー作曲『タンホイザー』などオペラの演出も精力的にこなしている。

サシャ・ヴァルツ『松風』

イスラエルでは、前述のナハリンのもとでも踊っていたインバル・ピント(1969- )が、俳優でもあるアヴシャロム・ポラック(1970- )とともにインバル・ピント&アブシャロム・ポラック・ダンスカンパニーを主宰。日本ではそのダンス作品のほか、ミュージカル『100万回生きたねこ』の演出・振付も手がけ、主演した森山未來が文化交流使としてカンパニーに参加したことでも知られている。現在は、ピントとポラックは別々に活動中。

インバル・ピント&アブシャロム・ポラック・ダンスカンパニー『WRAPPED』

このほか、鋭角的な動きの反復が特徴的なドイツの振付家マルコ・ゲッケ(1972-)、社会問題を痛烈に映し出すカナダ出身のクリスタル・パイト(1970-)なども、今注目の振付家だ。

マルコ・ゲッケ ネザーランド・ダンス・シアター『Wir sagen uns Dunkles』

クリスタル・パイト kiddpivot『The You Show』

日本が世界に誇るダンスの旗手たち

日本では、バレエやマイムを学び独自の身体言語を生み出した勅使川原三郎(1953-)が、80年代から今に至るまで第一線を走る存在。近年できた拠点KARAS APPARATUSではありとあらゆる題材・音楽でダンスを発表し、そのうちの『トリスタンとイゾルデ』などの名作は海外でも上演されている。

勅使川原三郎 愛知県芸術劇場芸術監督就任記念シリーズ『白痴』
©︎Naoshi Hatori 写真提供:愛知県芸術劇場

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