読みもの
2021.05.07
5月19日から文化施設を再オープンするフランス

グスターボ・ドゥダメルが危機的状況のパリ・オペラ座音楽監督に就任

2019年に創立350年を迎えた歴史あるフランスのパリ・オペラ座。長引いたストライキや、コロナ禍の影響で危機的状況に直面している劇場は、新体制としてベネズエラ出身のグスターボ・ドゥダメルを音楽監督として迎えることを発表。パリ在住の岡田Victoria朋子さんが、現地の状況・反応を伝えてくれました。

岡田Victoria朋子
岡田Victoria朋子 音楽ライター

神戸生まれ。パリ・ソルボンヌ大学で音楽学博士号を取得。テーマは「1870年〜1914年 フランス・ヨーロッパの舞台芸術におけるジャポニスム」。2005年より演奏会レポ...

©︎Julien Mignot / Opéra national de Paris

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パリ・オペラ座は、4月16日の公式声明で、ベネズエラ出身のグスターボ・ドゥダメル(1981〜)を、新音楽監督に迎えることを発表した。ウィーン国立歌劇場の音楽監督となりパリを離れたフィリップ・ジョルダンの後任として、本年8月1日から6年間の任期で正式に就任する。このニュースは、フランスのみならずヨーロッパのクラシック音楽界から大変好意的に受け入れられた。

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ストライキ、コロナ禍......受難が続いたパリ・オペラ座

まず、ドゥダメルがどのような背景で任命されたのかを見てみよう。

パリ・オペラ座は、創立350年にあたる2019年のシーズン以来、受難続きだった。年金制度の改革を求めて2019年12月に始まったダンサーやオーケストラ団員のストライキと「黄色いベスト」運動によって、2020年初めには1200万ユーロ(約16億円)の損失を数えていた。結局2020年3月まで続き、史上最長となったこのストに、引き続き新コロナウィルス危機が加わり、そのまま劇場閉鎖となってしまった。

一方、当時芸術監督だったステファン・リスナーは、2019年10月にナポリのサン・カルロ劇場の次期総裁に任命。当初、今年7月のシーズン後に移籍する予定が、2020年6月から後任(現任)のアレクサンダー・ネーフに実質的に舵を握らせて9月にパリを後にした。

トロント・オペラの総裁だったドイツ人のネーフは、2004年から2008年までパリ・オペラ座のキャスティング・ディレクターをつとめており、オペラ座をよく知っている。長引く危機で、最終的に日本円で60億円を越す損失を出しているオペラ座をどのように立て直すのかが、当面、彼の手腕の最大の見せ所なのだ。

エル・システマの寵児ドゥダメルの就任は新体制の切り札

そんなネーフが、切り札として出してきたのがドゥダメルと言える。ドゥダメルは2017年12月にプッチーニの《ラ・ボエーム》を振ってパリ・オペラ座にデビューした。このときの演出はなんと、ロドルフォが月に着陸した宇宙飛行士という設定で、休憩後、月面が舞台となる幕が上がった瞬間から凄まじい怒涛のブーイングが巻き起こったシロモノだった。ミミ役のソニア・ヨンチェヴァの調子も良くなく、評判はいまいち。

そんな中で唯一絶賛されたのがドゥダメルの指揮だ。当時の批評を読んでみると、「色彩豊か」「オーケストラの音色が見違えるように生き生きしている」「自然に湧き出る音楽」「楽器の効果を最大限に引き出している」「柔軟なテンポ、掴むようなアタック」「一瞬でオーケストラ色の雰囲気を変える」などなど、諸手を挙げての賞賛ぶりだ。団員からも、一緒に気持ちよく音楽を作り上げてゆくことができる指揮者という評判が多く聞こえていた。

そんな好印象を与えていたドゥダメルの名前が、ほかの指揮者の名前とともにジョルダンの後任として本格的に挙がり始めたのは、2020年秋ごろからだった。しかし、若手最高峰の管弦楽指揮者として認識されているものの、オペラ経験は比較的少ない。

さらに、ベネズエラのエル・システマの寵児として、すでに世界的に名を知られているがゆえに高額な報酬が予想され、膨大な赤字を抱えるオペラ座が彼を任命することに疑問をもつ関係者も多かった。

アレクサンダー・ネーフ(左)とドゥダメル。
©︎Julien Mignot / Opéra national de Paris

1年ぶりの文化施設オープン、新音楽監督の手腕やいかに

今回のパリ・オペラ座新音楽監督の任命は、音楽界を超えた注目の話題であり、さまざまな予想が飛び交うなか、公式発表の前日に大衆芸能誌(いわゆるスキャンダル誌ではない)の『パリ・マッチ』が独占スクープとしてドゥダメルの任命を大々的に報道。すぐさま音楽家や愛好家が「グッドニュース」というコメントともに、ソーシャルネットワークで報道をシェアした。さらに、やはり公式発表前の翌日早朝には、フランス語圏でもっとも多く読まれているオペラ専門ウェブサイト『フォーラム・オペラ』が、任命を確認する記事を掲載。どれだけ注目度が高かったかがうかがいしれる。

ドゥダメルは、パリ・オペラ座の公式発表プレス・リリースで、以下のようにコメントしている(抜粋)。

2017年のパリ・オペラ座オーケストラとの最初の出会いは決定的で、すぐさま、信頼感、同調、音楽性、同じヴィジョンを感じました。高い水準を誇るオケと合唱のメンバーとは、《ラ・ボエーム》の練習やリハーサルを通してすでに強い関係を築くことができており、このことが、ネーフ総裁から音楽監督就任の打診を受けたときにオファーを受け入れる決め手となったのです。

折しも、4月29日にマクロン大統領が、5月19日から文化施設をオープンすることを発表。屋内の最大観客数800人から段階的に観客数を増加していくことが示されたばかり。

ドゥダメル就任が、昨年秋の一時的な再オープンを除いて1年も閉鎖されていた劇場オープンと相まって良い効果を生み、フランスのオペラ・クラシック音楽を廻る状況が1日も早く改善されることを大いに期待したい。

左から舞踊芸術監督のオレリー・デュポン、ネーフ、ドゥダメル。8月からのパリ・オペラ座の新体制。
©︎Julien Mignot / Opéra national de Paris
岡田Victoria朋子
岡田Victoria朋子 音楽ライター

神戸生まれ。パリ・ソルボンヌ大学で音楽学博士号を取得。テーマは「1870年〜1914年 フランス・ヨーロッパの舞台芸術におけるジャポニスム」。2005年より演奏会レポ...

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