ECM、洗練をブランディングしたレーベル Vol.1

ジャケット写真で音楽にワープさせる、ミュンヘン発レーベル「ECM」の哲学

読みもの
2018.07.15

クラシックのイメージを脱ぎ捨て、新しい音楽世界を構築しているミュンヘン発のレーベル「ECM」。創設者マンフレート・アイヒャーの徹底したイメージ戦略のもと、統一感のあるクールなパッケージで他とは一線を画し、一定のファン層を築いている。

そのモノとしての魅力にこだわってきたECMだが、2017年11月、ついに音楽配信にも作品を提供。ここで改めてECMの取り組みを再考し、その音楽を紹介していく。

選んだ人
オヤマダアツシ 音楽ライター
オヤマダアツシ
選んだ人
オヤマダアツシ 音楽ライター
中学1年生のときにビートルズで音楽に目覚め、ドビュッシーでクラシック音楽に目覚める。   音楽漬けの学生時代を経て、広告コピーライターや各種PR誌の編集業務...

クラシック音楽を体系的に聴く方は、ご自分の愛好する作曲家の曲を(ジャングルへと分け入っていくように)聴き進み、アドヴェンチャーRPGで宝を見つけるような感覚を楽しみながら、新しい曲に出会うのだと思う。

しかし、世の中にはそういった昇進試験的ステップアップとは無関係に音楽をサーチし、直感で音楽を探し出すことを好む雑食系リスナーもたくさんいるはずだ(と、僕は信じている)。

彼らは新しい音楽をサーチするとき、道順に従って探検しながら宝を見つけるのではなく、宝のありかにワープして新鮮な驚きを楽しんでいることだろう。しかしそうなると、ワープするための手段を手に入れなくてはいけない。

そこで、強制ワープ装置として機能する「ECM」というレーベルの存在に光が当たるのだ。

 

創設から貫かれるECMレーベルのコンセプト

1969年、新しく洗練された音楽をヨーロッパ(ドイツのミュンヘン)から世界へ、というコンセプトによってスタートしたECM(Edition of Contemporary Music)レーベル。

当初はジャズのレーベルとして多くの名盤を輩出し、「ECMを聴く」ということが都会的かつ理知的な印象をかもし出していた。たしかにECMのジャズはどこか“汗を感じさせない音楽”という雰囲気も強く、常に美的感覚を忘れないものでもあったのだ。

1980年代になると、スティーヴ・ライヒやジョン・アダムズといった現代音楽シーンの異端的存在に目を付け、いち早くその音楽を紹介している。

ECMとクラシック音楽シーンが接近し出すのは、このあたりからだ。

ECMが他のレーベルと異なっていたのは、徹頭徹尾ジャケットのデザインのみでひとつの世界を構築しているということだろう。それは、収録されている音楽のイメージを聴く前から印象操作してしまうほど強烈なのだが、同時にヴィジュアルが未知の音楽への道しるべになるという新しい可能性も示唆している。

つまりECMは、「ジャケ買い」というウルトラ直感的な方法に頼って新しい音楽を開拓するリスナーにとって、頼もしいレーベルだということだ。

ジャケット写真から音楽を想像する

トマス・タリス「エレミア哀歌」

たとえば、この一枚はいかがだろうか。

地の果てかと思われる崖、その先に広がる大海原、さらに見えない先には何が。いや、これは異世界の風景であり、この海はSF小説『ソラリス』に出てくる海のように知的生命体であるかもしれない。この風景に流れる音楽は、どういうものだろうか……。そんな妄想は続く。

収録されているのは、16世紀のイングランドを代表する作曲家のひとり、トマス・タリスの名作「エレミア哀歌」ほか。

英国史においてはヘンリー8世からエリザベス1世へと至る混乱期、音楽史においては「古楽(ルネサンス)」というカテゴリーに押し込められてしまう音楽だが、その幻想的なコーラスの響きに魅入られるリスナーも少なくないはずだ。

この音楽を「クラシック(古楽)」ではなく「この風景に流れているサウンドトラック」として聴けるあなたは、ECMのCDでいくつもの新しい音楽に出会えることだろう。

シューベルト/楽興の時、ピアノ・ソナタ第17番

いわゆるクラシック音楽の名曲も、ECMからリリースされていると思うと、なにかしら特別な意味があるのではないかと思えてくる。

シャッタースピードなどで露出を調整し、川面の一瞬を捉えたように見える写真。いや、筆圧の強い筆を駆使した水墨画のようでもあり、茂った木々の間から光が漏れている森林を連想しなくもない。

おそらく、これがフランツ・シューベルトのピアノ・ソナタを収録したディスクだと思う方は、ほぼいないだろう。

ヴァレリー・アファナシエフという、クラシック音楽シーンでは“思慮深い怪演”を聴かせることで知られるピアニストが、ピアノ・ソナタ第17番ほかを演奏した一枚だ。

このジャケットを見ていると、一音一音が水と光のきらめきのように感じられ、「ピアノ音楽」の新鮮な聴き方を提供してくれる。シューベルトのピアノ・ソナタはつかみどころがないと思われているふしもあり、聴いていると同じ風景をループしているような感覚になることもあるのだが、それは流れ続ける川のメタファーなのかもしれない。

ブックレットには、ヴァレリー・アファナシエフの内面を映し出したような写真が収められている
ブックレットには、ヴァレリー・アファナシエフの内面を映し出したような写真が収められている

ちなみにこのソナタ第17番は、作家の村上春樹氏が好んで聴いている作品としても知られている(著書『意味がなければスイングはない』でもこの曲に一章があてられている)。

Sounds and Silence(Music for the Film)

もう一枚、空を飛ぶ旅客機の翼という、上記2枚とはまったく違ったテイストの写真をあしらったディスクをご紹介しよう。

CDのテーマは「旅」である。ECMレーベルの創設者であり、今なおプロデューサーとして活躍するマンフレート・アイヒャー氏(彼は元ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のコントラバス奏者だった)によるコンピレーション。

「音と沈黙」という、まさにECMのサウンド・コンセプトそのものがタイトルになっており、同レーベルの膨大なCDから先鋭的かつジャンルレスな音楽を並べたサンプラー・ディスクである。

音楽家が旅をしていたり、レコーディングをしている風景写真の数々が、フォトブックのようにブックレットに収められている
左に見えるのが創業者でプロデューサーのマンフレート・アイヒャー氏

ECMの活動は未知の音楽と出会い、それをリスナーへ届ける旅日記のようなものだ、ということだろうか。

こういったCDを聴くときには、作曲家の名前も時代も、音楽のジャンルも、まずは忘れていい(むしろ知識や先入観は、新鮮な出会いの妨げになる)。実際、僕もこのCDを聴いて、まったく知らなかった作曲家と出会った。でも、そのお話は、また次回に。

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