読みもの
2024.04.06
毎月第1土曜日 定期更新「林田直樹の今月のCDベスト3選」

流派を超えた5人が集結!「いま」を刺激的に奏でる「尺八五重奏」が面白い

林田直樹さんが、今月ぜひCDで聴きたい3枚をナビゲート。4月は、「尺八五重奏」グループのデビュー盤、フランス・バロック音楽の作曲家リュリの名作の新名演、昨年逝去した指揮者・飯守泰次郎のラスト・コンサートが選ばれました。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

この記事をシェアする
Twiter
Facebook
続きを読む

DISC 1

楽曲構成も秀逸 西村朗の名作は必聴 

「The Shakuhachi 5」

The Shakuhachi 5
小濱明人/川村葵山/黒田鈴尊/小湊昭尚/田嶋謙一(尺八)

収録曲
藤倉大:Shakuhachi Five(2020)
台信遼:Shape of Wind(2021)
ジョン・ケージ:Five(1988)
望月京:観音アナトミー(2023)
西村朗:五本の尺八のための〈沙羅双樹〉(2021)
[カメラータ・トウキョウ CMCD-28392 ]

これは面白い!

出だしの藤倉大《Shakuhachi Five》からガツンとやられた。こんな奇妙で味わい深いサウンドが、5本の尺八で演奏できるだなんて。完全にくせになって、何度も聴き直したが、やっぱり面白い。コロナ禍のテレワークをきっかけに生まれた作品だというが、すごく「いま」の感じがあって、ポップなくらいにあらゆる人の心をつかむ響きである。

日本の伝統楽器のひとつである尺八にはさまざまな流派があるという。そうした垣根を超えて集まった5人の奏者たち(小濱明人・川村葵山・黒田鈴尊・小湊昭尚・田嶋謙一)による「尺八五重奏」には、無限の可能性があると感じた。グループ名の語感もキャッチーで、国際的に通用しそうである。

公募曲の台信遼《Shape of Wind》は息の音と楽音とのグラデーションを繊細に追求し、望月京《観音アナトミー》は風や息の音に加えてカノンと観音にひっかけた発想が面白い。西村朗「五本の尺八のための《沙羅双樹》」はインドの釈迦入滅の情景に思いをはせた曲で、2023年に亡くなった作曲者の遺した名作のひとつとして必聴である。それらの中心に、まるで空洞のようにジョン・ケージの静かで瞑想的な《Five》(楽器は指定されていない)が配置された構成もいい。尺八という楽器の持っている豊かな可能性が、このグループによってどう発展していくのか、今後も楽しみである。

DISC 2

フランス・バロック音楽の壮麗さに心つかまれる名演

「リュリ:テ・デウム、詩篇第19篇」

レゼポペー(声楽&古楽器アンサンブル)、ヴェルサイユ・バロック音楽センター合唱団、同少年合唱団、ステファーヌ・フュジェ(指揮)(フォルテピアノ/1851年製プレイエル、パリ)

収録曲
ジャック・ダニカン・フィリドール(1657-1708)
通称「若きフィリドール」:
若きフィリドールによるティンパニの行進曲
アンドレ・ダニカン・フィリドール(1652-1730):
王の行進曲(トランペットとティンパニ)
ジャン=バティスト・リュリ(1632-1687):
テ・デウム LWV 55
グラン・モテ「苦難の最中、主があなたの声に耳を傾けますように」(詩編第19篇)LWV 77-15
[ナクソス・ジャパン NYCX-10457]

冒頭、高らかに打ち鳴らされる太鼓の連打と、奔流のように豊かな響き。続いて、厚みある合唱とバロック・オーケストラが壮麗に展開されていく。これは、あらゆる聴き手が心をつかまれるに違いない。

太陽王と称されたフランス国王ルイ14世の宮廷で活躍した作曲家ジャン=バティスト・リュリ(1632-87)の代表作のひとつで、フランス・バロック音楽における最大級の輝きを放つ「テ・デウム」は、これまでもたくさんの見事な演奏が録音されているが、ここに新たなインパクトを放つ名演が加わった。カップリングされた「苦難の最中、主があなたの声に耳を傾けますように(詩篇第19篇)」はリュリの生涯最後の作品とされるが、「テ・デウム」の続編のような威厳ある華やかさと憂いの対比が魅力的だ。

新世代のフランスの鍵盤奏者・指揮者のステファーヌ・フュジェと、彼が2018年に創設した古楽アンサンブル「レゼポペー」は、リュリのグラン・モテの体系的録音をめざしており、今回はその第4弾にあたり、古楽界の先達であるレ・ザール・フロリサンやル・ポエム・アルモニークからも重要メンバーが録音に参加している。トマ・ルコント(訳・白沢達生)の解説も詳しく読み応えがある。録音場所のヴェルサイユ宮殿王宮礼拝堂の美しい内装を伝える写真とともに味わいたい。

DISC 3

指揮者・飯守泰次郎 最後の融通無碍なブルックナー

「ブルックナー:交響曲第4番《ロマンティック》」

飯守泰次郎(指揮) 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

収録曲
ブルックナー「交響曲 第4番 変ホ長調《ロマンティック》」(1878/80年稿・ノーヴァク版)
[フォンテック FOCD-9897]

指揮者・飯守泰次郎(1940-2023)の生涯最後のコンサート(2023年4月24日)の貴重なライヴ録音。

当日の公演プログラム冊子に印刷されていた飯守自身のあいさつ文がこのCDにも掲載されているが、そこからは謙虚で実直な人間性と音楽の秘密が伝わってくる。

「音楽というのは、生きているものです。私は以前から、人間はどんなに年をとっても、想像もしなかった衝撃的な経験をすることはありうるからこそ、どこかに融通性をもっていたいと考えていました。すっかり高齢になった今もどこかに決定版というものがあるのではなく、演奏者も聴き手もそれぞれが成長して変化することがすべて含まれていく演奏が自然だと思っています」

かつて飯守はバイロイト音楽祭の助手を20年以上続け、ワーグナー上演史に革命をもたらしたといわれるピエール・ブーレーズの指揮、パトリス・シェローの演出による《ニーベルングの指環》を1970年代後半に現場で体験した。その貴重な経験が生きているからこそ、新国立劇場の第6代オペラ芸術監督(2014-18)としてもワーグナーやベートーヴェンの上演に大きな成果を残すことができたし、ブルックナー解釈にもいっそうの深みを与えることになったのである。

このブルックナーは、決して頑固に何かを押しつけるようなことはなく、強い意志を底に秘めながらも、おおらかに呼吸し、丁寧な筆致を思わせる演奏となっている。第4楽章の終結部はとりわけ印象的で、遥かなる高みをめざすようにじわじわと熱を帯びていく様子に耳を傾けていると、これが人生最後の演奏になったのか――という何とも言えない感慨に襲われる。

 

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ