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2024.07.06
毎月第1土曜日 定期更新「林田直樹の今月のCDベスト3選」

パッパーノ&サンタ・チェチーリア管が誘う 高揚感と色彩感に満ちた《シェエラザード》  

林田直樹さんが、今月ぜひCDで聴きたい3枚をナビゲート。7月は、先頃英国ロイヤル・オペラと来日したパッパーノが音楽監督を務めるローマの名門オケと録音した《シェエラザード》、いまオーケストラ界でもっとも重要な動きといえる「ラフマニノフ国際管弦楽団」とプレトニョフによるラフマニノフのピアノ協奏曲全集、そしてエフゲニ・ボジャノフと諏訪内晶子という注目のデュオによるブラームスのヴァイオリン・ソナタ全集が選ばれました。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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DISC 1

聴き手を一瞬たりとも飽きさせない 鮮やかなアラビアン・ナイトの世界

「シェへラザード、はげ山の一夜」

・1~4曲目
カルロ・マリア・パラゾッリ(ソロ・ヴァイオリン)、アントニオ・パッパーノ指揮、サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団
・5曲目
アントニオ・パッパーノ指揮、サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団
・6曲目
ディヤン・ヴァチコフ(バス・バリトン)、サンタ・チェチーリア国立アカデミー合唱団 & 児童合唱団、アントニオ・パッパーノ指揮、サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団

収録曲
1.~4.ニコライ・リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェヘラザード」作品35 
5.モデスト・ムソルグスキー:交響詩『はげ山の一夜』(1867年原典版)[音詩『はげ山における聖ヨハネ祭前夜』]
6.モデスト・ムソルグスキー:交響詩『はげ山の一夜』(1880年版)[歌劇『ソローチンツィの市』~若者の夢](1930年ヴィッサリオン・シェバリーンによるオーケストレーション版)
[ワーナーミュージック・ジャパン WPCS-13851]

何と生き生きとした、極上のオーケストラ絵巻だろう!

先頃英国ロイヤル・オペラを率いた来日公演で好評を博した、現代屈指の指揮者アントニオ・パッパーノは、自らのルーツであるイタリア・ローマの名門、サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団の音楽監督も2005年以来務めており、オペラのみならずシンフォニックなレパートリーにおいてもたいへんな実力者である。

リムスキー=コルサコフの交響組曲《シェエラザード》では、オーケストラ全体が引き締まったリズムで熱く脈動し、変幻自在なテンポと各楽器の表情豊かな音色によって、聴き手を一瞬たりとも飽きさせない。アラビアン・ナイトのスペクタクルな世界――大海原へと漕ぎ出す帆船の揺らぎ、若い王子と王女の愛の物語、バグダッドの祭りのにぎやかさ、難破する船と砕け散る波――それらのすべてが圧倒的な高揚感とともに鮮やかに迫ってくる。

ムソルグスキーの《はげ山の一夜》は2種。リムスキー=コルサコフやストコフスキーらによる有名な編曲版ではなく、近年その良さが見直されている1867年原典版と、オペラ《ソローチンツィの市》の一場面「若者の夢」のために着想された独唱と合唱を伴う版(シェバリーン編)を聴き比べることができるのが面白い。

前者の荒々しさと凶悪さはもちろんのこと、後者は、夜の魔物たちの饗宴に合唱が加わることによって危険な禍々しさが増幅され、聴き手を興奮させずにはおかない。

DISC 2

ロシアとウクライナの演奏家がプレトニョフと共創する ラフマニノフの新名盤

「ラフマニノフ:ピアノ協奏曲全集、パガニーニの主題による狂詩曲」

ミハイル・プレトニョフ(ピアノ) ケント・ナガノ指揮 ラフマニノフ国際管弦楽団

収録曲
Disc 1
ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 Op.18
ピアノ協奏曲第3番 ニ短調 Op.30

Disc 2
ピアノ協奏曲第1番 嬰ヘ短調 Op.1
ピアノ協奏曲第4番 ト短調 Op.40
パガニーニの主題による狂詩曲 Op.43
[キングインターナショナル KKC-6857/8]

スイスに移住したロシアのピアニスト・指揮者のミハイル・プレトニョフを中心として、亡命者的な状況にあるロシアやウクライナの演奏家たち、そしてスロヴァキアやオーストリアの演奏家たちも加わって2022年にブラチスラヴァで創設された、この新しい「ラフマニノフ国際管弦楽団」は、いまオーケストラ界でもっとも重要な動きといえる。国境を越えて平和のために、バレンボイムとサイードの呼びかけにより1999年にイスラエルとパレスチナの演奏家たちで結成された、ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団と同じコンセプトと言っていいだろう。

このアルバムでは、オーケストラの方針に賛同したケント・ナガノの指揮により、ラフマニノフに対する強い愛と共感を持ち続けてきたプレトニョフのピアノ(Shigeru Kawai)の妙技が堪能できる。

たとえば、第2番の冒頭は比較的あっさりしているが、曲が進行するにつれてどんどん濃密になってくる。そこには外面的な効果を狙うような派手さはまったくない。あくまで内面的な演奏である。オーケストラも同様で、《パガニーニ狂詩曲》の優美なアンダンテ・カンタービレ(第18変奏)部分の感極まったような弦の響きからは、心からの真情が伝わってくる。

こうしてラフマニノフのピアノ協奏曲全部をセットで持っていると、有名な2番や3番だけでなく、1番や4番ももっと積極的に聴こうという気持ちになるのもありがたい。いまもっとも耳を傾けるべき、現代も痛切な意味を持ちうる、新しいラフマニノフの名盤である。

DISC 3

ボジャノフのユニークな個性に諏訪内が鋭く対応 注目のデュオ

「ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ集」

諏訪内晶子(ヴァイオリン)
エフゲニ・ボジャノフ(ピアノ)

収録曲
ブラームス
ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト長調 作品78《雨の歌》
ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 作品100
ヴァイオリン・ソナタ第3番 ニ短調 作品108
[ユニバーサル・ミュージック UCCD-45029]

Shigeru Kawaiのピアノを用いて、後期ドイツ・ロマン派音楽を耽美的に演奏するユニークな個性の持ち主として、知る人ぞ知る存在だったエフゲニ・ボジャノフが、何と諏訪内晶子とのデュオを組んでブラームスのヴァイオリン・ソナタ全集をレコーディングした。

舩木篤也氏のライナーノートでも指摘されているように、これら3曲は「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」と表記されており、モーツァルト以来のこの曲種の伝統として無視できない重要な意味を持っている。

ボジャノフのピアノは、自在に揺れ動くテンポのなかで、深い余韻を重視するところもあれば、ペダルを控えた乾いた音の粒立ちを目立たせるところもあったり、ハッとさせられるような細部のユニークな表情の変化に驚かされる。

それに鋭く対応して諏訪内のヴァイオリンは、甘く大きく濃厚な歌を歌う。ある音から次の音へと移るときの、何とも言えない艶のようなものが魅力的だ。かっちりとした端正な方向性ではまったくなく、19世紀的でロマンティックな方向を究めようとした解釈と言っていいだろう。たとえば、第2番の第1楽章も、自らを堂々と表明するよりは、ためらいがちなしっとりとした瞬間がいい。

このところブラームスのヴァイオリン・ソナタの新譜が相次いでおり、どれも見事な演奏だが、ボジャノフのユニークな個性を諏訪内がクローズアップした形となったこのデュオの面白さにはぜひ注目したい。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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