読みもの
2022.09.03
毎月第1土曜日 定期更新

【林田直樹の今月のCDベスト3選】バルサム/バティアシュヴィリ/小町碧

林田直樹さんが、今月ぜひCDで聴きたい3枚をナビゲート。CDを入り口として、豊饒な音楽の世界を道案内します。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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DISC 1

都会の静寂を謳うトランペット

「クワイエット・シティ」

アリソン・バルサム(トランペット)、ニコラス・ダニエル(コーラングレ)、トム・ポスター(ピアノ)、ブリテン・シンフォニア、スコット・ストローマン(指揮)
収録曲
コープランド:静かな都会、バーンスタイン:ミュージカル『オン・ザ・タウン』~ロンリー・タウン(アリソン・バルサム編)、ガーシュウィン:ラプソディー・イン・ブルー(サイモン・ライト編)、アイヴズ:答えの無い問い、ギル・エヴァンス/マイルス・デイヴィス:アランフェス協奏曲(ロドリーゴ)、マイ・シップ(ヴァイル)
[ワーナーミュージック 9029.622991](輸入盤)

都会の静寂を、こんなにもトランペットが深く表現していることに、驚かされた。

クラシック音楽における一般的なトランペットのイメージといえば、たとえば祝典的で輝かしく明るい音色、エネルギッシュな直接性という感じかもしれないが、これは全然違う。もっと静かで瞑想的なのだ。

1978年生まれの英国のトランペット奏者アリソン・バルサムは、得意のバロック音楽をはじめ、幅広いレパートリーを演奏してきた名手である。いつの時代も、真の名演奏家は、その楽器の可能性を、既成の枠を打ち破って拡大するが、バルサムにもそんなところがある。

このアルバムが優れているのは、コープランド《静かな都会》やアイヴズ《答えの無い問い》といったアメリカの20世紀音楽の名曲におけるトランペットの役割をクローズアップしながら、トランペットがこんなにもまろやかで含蓄に富む楽器になれるということを、改めて実感させてくれるところだ。

伝説的なジャズの名アレンジャー、ギル・エヴァンスがマイルス・デイヴィスのために編曲したロドリーゴ《アランフェス協奏曲:アダージョ》とヴァイル《マイ・シップ》のクールな雰囲気も、このアルバムの締めくくりにピタリとはまっている。

DISC 2

再評価高まるシマノフスキを知りたい人に

「シークレット・ラヴ・レター」

リサ・バティアシュヴィリ(ヴァイオリン)、ギオルギ・ギガシヴィリ(ピアノ)、ヤニック・ネゼ=セガン指揮、フィラデルフィア管弦楽団
収録曲
フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調、シマノフスキ:ヴァイオリン協奏曲第1番 作品35、ショーソン:詩曲 作品25、ドビュッシー:美しき夕暮れ(編曲:J.ハイフェッツ)
[ユニバーサルミュージック UCCG-45057]

秘密があるからこそ、愛はいっそう深く、翳りを帯び、濃密なものになっていく。

1979年生まれのジョージアのヴァイオリニスト、リサ・バティアシュヴィリの新作アルバムは、「秘密の愛」をコンセプトとした内容となっている。

その核にあるのはシマノフスキの「ヴァイオリン協奏曲第1番」。この曲を一人でも多くの人に聴いてほしいからこそ、前後にフランクやショーソンやドビュッシーをつなげた、凝った曲配列がある。

ウクライナに住むポーランドの地主の家に生まれたカロル・シマノフスキ(1882-1937)は、いま最も見直されつつある作曲家。リヒャルト・シュトラウスや近代フランスの作曲家たちの豊麗な管弦楽法に影響を受け、地中海やオリエントの異国趣味に傾倒し、タトラ山脈に残る民俗音楽を研究し、独自の新しい美学を追求した。

「ヴァイオリン協奏曲第1番」についてバティアシュヴィリは「1人の男性が1人の男性と恋に落ちるという、それが法的にも道徳的にも『違法』とされた時代の制限に縛られた愛と苦悩の産物」「エロティシズムと思いやり、夢の世界と苦い現実の間を揺れ動くダンスのような作品」と書いている。ネゼ=セガンの指揮も共感に満ちたもので、最良のシマノフスキ入門となっている。

DISC 3

イギリス・クラシック音楽を象徴する作曲家の多面的な魅力

「ヴォーン・ウィリアムズ:ヴァイオリンとピアノのための作品全集」

小町碧(ヴァイオリン)、サイモン・キャラハン(ピアノ)
収録曲
ヴォーン・ウィリアムズ:ロマンスとパストラル、揚げひばり(ヴァイオリンとピアノ版)、ヴァイオリン・ソナタ イ短調、イギリス民謡による6つの練習曲(ヴァイオリンとピアノ版)
[ナクソス・ジャパン MKCD002J]

イギリスの文化や芸術から、私たちは知らず知らずのうちに深い影響を受けている。紅茶やイングリッシュ・ガーデン、シェイクスピアやビートルズなど……。だがクラシック音楽ではどうだろう?

今年生誕150周年を迎えた作曲家レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ(1872-1958)こそ、イギリスのクラシック音楽の象徴的人物である。ロンドンを本拠に、日本と英国を結ぶ音楽的な架け橋として活動を続けてきたヴァイオリニスト小町碧(みどり)は、格調高く彫りの深い演奏によって、田園風景のような抒情的旋律だけにとどまらない、この作曲家の多面的な魅力を伝えてくれる。サイモン・キャラハンのしっとりとした安定感あるピアノもいい。

有名な《揚げひばり》や、亡くなる4年前に初演された晩年の「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」などについて、一次資料に基づく小町自身による詳細な解説が、豊富な図版とともに収められているのも、理解の助けになる。なお、この秋には小町を中心としたプロジェクトにより、ヴォーン・ウィリアムズの日本初の伝記翻訳出版も予定されている。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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