読みもの
2024.08.13
鈴木淳史の「なぜかクラシックを聴いている」#10

戦争を報じたニュースと音楽~国策映画のBGMはクラシック音楽の宝庫だった

音楽評論家の鈴木淳史さんが、クラシック音楽との気ままなつきあいかたをご提案。今回は、8月に終戦を迎えた太平洋戦争のニュース映像に着目。BGMの選曲を見ていくと、日本人とクラシック音楽の新たな関係性が浮かびあがります。

鈴木淳史
鈴木淳史

1970年山形県寒河江市生まれ。もともと体育と音楽が大嫌いなガキだったが、11歳のとき初めて買ったレコード(YMOの「テクノデリック」)に妙なハマり方をして以来、音楽...

灯篭流しの風景

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8月になると、太平洋戦争関連のテレビ番組が急に増える。NHK総合は見掛け倒しになることも少なくないが、Eテレ、NHK-BSはなかなか骨のある番組を作ってくれる。

子どもの頃は、戦前・戦中はひどいことが多かったなあと思いながら見ていたが、ここ15年くらいは国のやること、人々の反応の仕方、昔とほとんど変わってないわ、これからどんな悲惨なことが起ころうと全然驚かないもんね、と思うようになってしまった。

そういった戦争番組で、必ず引用されるのが「日本ニュース」である。テレビがなかった時代、映画館で本編の前に上映されていたニュース映像だ。いわば国策映画だったが、BGMにはクラシック音楽が贅沢に使われており、クラシック大好き少年少女の胸をむやみにときめかしたものである(以下リンク先は、「NHKアーカイブス」より)。

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落下傘部隊と《ワルキューレの騎行》は『地獄の黙示録』の先取り

タイトルで勇壮に奏でられる音楽は、マーラーの「交響曲第2番《復活》」の第5楽章冒頭だ。そのあとに悠然と航行する艦隊に付けられたのは、リムスキー=コルサコフ《シェエラザード》の「海とシンドバッドの船」だ。岩で難破しないか心配になる選曲である。また、ほかの艦隊の場面でもワーグナーの《さまよえるオランダ人》が使われていたりして、「我が艦隊が幽霊船じゃまずいだろ!」とついツッコミを入れたくなった国民は当時はどのくらいいたのだろう?

マーラー:交響曲第2番《復活》~第5楽章

▼リムスキー=コルサコフ:《シェエラザード》~「海とシンドバッドの船」

これもすごい。音楽は、ヴェルディの歌劇《ジョヴァンナ・ダルコ》序曲。ジョヴァンナ・ダルコとは、ジャンヌ・ダルクのイタリア語名だ。つまり、英国との百年戦争でフランスを勝利に導いた少女を主人公としたオペラを、戦時内閣となる東条政権の発足と重ねたというわけ。勝利を祝うヴェルディの音楽に乗って、のちに戦争犯罪人として裁かれる人たちが次々に登場。ちなみに、史実では火刑で亡くなる主人公は、このオペラでは勇敢に戦って戦死する。東条さんのほうは死刑になってしまったけどね。

▼ヴェルディ:歌劇《ジョヴァンナ・ダルコ》序曲

ワーグナーの《ワルキューレの騎行》を落下傘部隊の映像に重ねる。このスペクタクルは、『地獄の黙示録』の先取りともいえよう。ちなみに、この曲は、戦後に占領軍の航空機が厚木飛行場へ到着するときの映像にも使われている。

ほかにも、ロッシーニの《泥棒かささぎ》序曲がニューギニアでの行軍シーンをコミカルに描いてしまったり、艦船の甲板上で上半身裸で体操する兵士たちのバックには、ドビュッシーの《牧神の午後の前奏曲》が流れ、妙に艶めかしい雰囲気を漂わせる。険しい密林を彷徨う兵士たちには、ベルリオーズの《幻想交響曲》から第3楽章「断頭台への行進曲」(!)といった、合うようで微妙に合わない、ときにシュールな選曲がクラオタを悶絶させてくれよう。

▼ワーグナー:《ワルキューレの騎行》

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