読みもの
2024.11.07
鈴木淳史の「なぜかクラシックを聴いている」#12

時代の音が混入!?ランドフスカ、フルトヴェングラー、シューリヒトの「歴史的」録音3選 

音楽評論家の鈴木淳史さんが、クラシック音楽との気ままなつきあいかたをご提案。今回は、録音に混入した予期せぬ音について。それがたとえば爆発音であったとしたら……? 歴史を語る物音によって、時代の空気感までが蘇る、3つの録音をナビゲート。

鈴木淳史
鈴木淳史

1970年山形県寒河江市生まれ。もともと体育と音楽が大嫌いなガキだったが、11歳のとき初めて買ったレコード(YMOの「テクノデリック」)に妙なハマり方をして以来、音楽...

レオニード・パステルナーク「ワンダ・ランドフスカのモスクワでのコンサート」(1907)

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最近リリースされたオーケストラ録音に、電子音みたいなのが混入しているのだけどあれなんすか? と知人が言っていたので聴いてみた。

確かに、うっすらとキラキラとした音が入っている。ライヴ録音ではないので、おそらく現場にいる誰かのスマホが鳴ったのかもしれない。スルーしてしまう程度の音量だったから、編集で消されることもなく、そのままパッケージされたのだろう。

このような予測しない音が録音には入ってしまうことがある。かつてはクルマや地下鉄の走行音というのもあったし、教会などで行なわれる古楽の録音だと鳥の声が入っているのがフツーなくらいだ。そうしたものが歴史を語る物音だったりすると、とたんにその時代の空気感まで蘇ることがある。

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戦時下のベルリン ギーゼキングの《皇帝》と空襲の音

たとえば、戦時下のベルリンでは、空襲を思わせる物音が入った録音が残っている。ワルター・ギーゼキングのピアノ独奏、アルトゥーロ・ローター指揮ベルリン帝国放送管弦楽団によるベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第5番《皇帝》」だ。

▼ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番より第1楽章(5分20秒〜および16分55秒〜に爆発音)

この演奏が行なわれたのは、戦争末期の1945年1月23日。場所は、ベルリンのドイツ帝国放送協会の第1ホールだ(観客なしの収録だろう)。この頃は英米による首都ベルリンへの空襲は日常化しており、ソ連軍も70キロの近さまで進軍していた。

遠くのほうからの乾いた爆発音は、おそらくドイツ軍による敵機への高射砲のものと思われる。そんななかでも、ギーゼキングは毅然としたスタイルを崩すことなく、ベートーヴェンを弾き続ける。しかも、ステレオの試験録音による音質は、なかなかリアル(10年後の録音と思われるほどに)。

ちなみに、まったく同じ日、ベルリンの他の場所では、フルトヴェングラーとベルリン・フィルの演奏会も行なわれていた。旧フィルハーモニーは空襲で破壊されたので、アドミラル・パラストという劇場での公演だ。空襲と停電で何度か中断されたものの、最後に演奏されたブラームスの「交響曲第1番」の終楽章のみの録音がかろうじて残っている。演奏史に残るような壮絶そのものといっていい激しい演奏だが、この後、フルトヴェングラーはスイスへと亡命。戦時下のベルリンでの最後の演奏会となった。

▼ブラームス:交響曲第1番より第4楽章

それにしても、こんな情勢でも音楽を鳴り止ませなかった気風にはやはり驚かされる。これを日本に喩えると、敵部隊が九十九里浜や小田原に上陸、あるいは土浦や熊谷あたりまで迫っているときに、東京のど真ん中で演奏会やレコーディングを行なっている、という状況なのだから。

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