フットボール・スタジアムに響く名曲
人気音楽ジャーナリスト・飯尾洋一さんが、いまホットなトピックを音楽と絡めて綴るコラム。第3回は、ロシア・ワールドカップ! 生粋のサッカー(フットボール!)ファンでもある飯尾洋一さん。サッカーファンにはお馴染みのあの旋律は、実はクラシックの名曲なのです。音楽に注目してW杯鑑賞を楽しんでみませんか。
音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...
フットボール・スタジアムに響く名曲
いま全宇宙のサッカー・ファンがそわそわしている。4年に1度のお祭り、ワールドカップがまもなく開幕するのだ。
サッカー(いや、ここではフットボールと呼びたい)におけるワールドカップの位置づけも一昔前からはずいぶん変わってきている。かつて代表チームはスター選手たちが集うドリームチームとして注目されたものであるが、現在では華やかさという点で欧州の資金力豊富なビッグクラブにはかなわない。代わって代表チームでは、「ふだんいっしょにプレイしていない名手たちが顔を合わせてセッションをする」という即興的で祝祭的なおもしろさがクローズアップされるようになってきているように思う。オーケストラにたとえるなら、クラブチームはベルリン・フィルやウィーン・フィルであり、代表チームは夏の音楽祭のために結成される祝祭管弦楽団といったところ。
さて、歴史的にも商業的にも欧州を中心として発展してきたフットボールだけに、スタジアムにはさまざまな形で大作曲家たちの名曲が定着している。実際にスタジアムで耳にする機会が多いという観点から、この分野の定番曲をいくつか選んでみよう。
まず最初に挙げたいのは、フットボールの母国イングランドに敬意を表して、エルガー作曲の行進曲「威風堂々」第1番。「希望と栄光の国」の名で知られる中間部のメロディは、イングランドのみならず世界各国のスタジアムでチャント(ファンたちが歌う応援歌)として定着している。プレミアリーグの中継などで耳にすることもあると思うが、スタジアムで歌われるときはエルガーの原曲のイメージよりはかなり速めのテンポが設定されることが多い。先日、U-21日本代表も参加したフランスでのトゥーロン国際大会2018でも、試合前のスタジアムにこの曲が流れていた。
続いて、エルガーと双璧をなすのが、ヴェルディのオペラ「アイーダ」からの「凱旋行進曲」。舞台は古代エジプトだ。「アイーダ」で、エジプト軍の英雄ラダメス将軍は、敵国エチオピアに勝利して、アイーダ・トランペットが奏でる華やかなファンファーレとともに凱旋する。あらゆるオペラのなかでも、もっとも輝かしい勝利の場面がここだろう。スタジアムにはぴったりの選曲だ。
ただひとつ引っかかる点があるとすれば、ラダメスは最後に裏切りにより死刑を宣告され、恋人アイーダとともに地下に生きたまま幽閉されるという、悲惨きわまりないバッドエンドが待っているということだろう。見ようによっては、フットボールとは最後には必ず負けるものという含蓄が込められた選曲ともいえる。
この曲もイタリアのチームにとどまることなく世界中に広がり、日本代表ではワールドカップが自国開催された2002年を機にサポーターたちに広まった。厳粛なエルガーに対して、ヴェルディは勇ましく、パワフルだ。
もう一曲、あちこちのスタジアムでよく歌われる名曲を挙げると、スコット・ジョプリンの「ジ・エンターテイナー」がある。日本代表の試合でもおなじみ。こちらはラグタイムの名曲だが、ピアノ曲としてクラシック音楽ファンにも広く親しまれている。プレミアリーグの中継では、よく手拍子と合わせて超高速テンポで歌われる。
さて、最後に番外編としてもう一曲。こちらはワールドカップでは耳にしないのだが、ヨーロッパ・チャンピオンズリーグで耳タコになるくらい聴く、あの有名なテーマ曲の原曲だ。ヘンデルの戴冠式アンセムより「司祭ザドク」。この曲に華麗なトランペットパートを加えるなど編曲を施したのが、1992年より使用される「チャンピオンズリーグ・アンセム」である。
実は、その頃からヨーロッパのクラシック音楽の入門者向けコンピレーション・アルバムにやたらと「司祭ザドク」が収められるようになったのだが、当時日本では海外サッカーへの関心がまだ低く、多くのクラシック音楽業界関係者がこの選曲に首をかしげていた。
「ヘンデルのこの曲って、なんでそんなに名曲扱いされてるの?」
その真相は、数年後、日本でチャンピオンズリーグが本格的にテレビ中継されるようになって、ようやく伝わった次第である。
ランキング
- Daily
- Monthly
ランキング
- Daily
- Monthly