読みもの
2019.01.09
飯尾洋一の音楽夜話 耳たぶで冷やせ Vol.10

かぜに効く名曲~クラシックで民間療法!?

人気音楽ジャーナリスト・飯尾洋一さんが、いまホットなトピックを音楽と絡めて綴るコラム。連載第10回は、治療法が存在しない厄介なかぜを治してくれるかもしれない、「かぜに効く名曲」。もちろんかぜなんてひかないのが一番だけれど、もしひいてしまったら……最強の民間療法(!?)、楽聖ベートーヴェンをお試し下さい!

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飯尾洋一
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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

メインビジュアル:民間療法(ベートーヴェン)お試し中の編集部

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かぜに効くオペラ……?

この季節、なにが困るかといえばかぜの流行である。クラシック音楽ファンにとっては「演奏会で咳が止まらなくなったらどうしよう……」という心配事を抱える季節でもあるわけだが、そうでなくともかぜはあらゆる面でイヤなものである。
どこかに、かぜに効く音楽があればいいのに。聴くと熱が下がったり、のどの痛みが治まったり、鼻水が止まったりするような名曲はないものだろうか。そんなことをつらつらと考えていると、あのキャッチフレーズが頭に浮かぶ。

熱、のど、鼻に、ルルが効く。

そうだ、ルルだ! アルバン・ベルク作曲のオペラ《ルル》。魔性の女ルルが次々と男たちを破滅させたあげく、最後は売春宿で切り裂きジャックに殺されるという救いのないオペラだが、「良薬口に苦し」というではないか。このオペラには登場人物がわざとコレラに感染するという、公衆衛生的にどうかと思うようなシーンも出てくるのだが、毒をもって毒を制すとはこのことか。

メトロポリタンオペラの《ルル》(演出:ウィリアム・ケントリッジ)

かぜに効く弦楽四重奏曲……!

と、ついダジャレで物事を考えてしまうが、なにしろかぜは薬では治せない。あるのはかぜの症状を軽減する薬ばかり。

『かぜの科学』(ジェニファー・アッカーマン著/早川書房)を読むと、これまでにどれほど多くのかぜの治療法が試されてきたかがわかる。民間療法の代表格であるチキンスープから、ビタミンC、亜鉛トローチ、ハーブ、天然成分由来の市販薬など、さまざまな例が挙げられているが、どれひとつとして著者に科学的かつ現実的な有効性を確信させる「かぜの治療薬」はない。

同書の第7章「かぜを殺すには」では、薬でかぜを治療することの困難さをさんざん綴ったあとで、かぜを治療したり罹患期間を1日短縮したりするには、「誠意をもって共感を寄せること」が有効だとする研究が紹介されている。これは冗談ではなく、かぜ患者が担当医師から温かい心のこもった対応を受けると、そうでない場合よりも、罹患期間が1日短縮するというデータがあるのだという。まさかと思うような話だが、そもそも放っておいても数日で自力で治るものなのだから、気持ちの問題で快復が早まることはそうおかしな話でもないのかもしれない。

『かぜの科学』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
ジェニファー・アッカーマン (著)、鍛原多惠子 (翻訳)
文庫: 352ページ
出版社: 早川書房 (2014/12/19)

となれば、かぜに効く音楽がどこかにあってもいいんじゃないだろうか。それは温かく心のこもった、共感を寄せてくれる音楽にちがいない(ベルクの《ルル》ではなく)。

そこで、病から快復した感謝の念にあふれた音楽を聴くというのはどうだろうか。ベートーヴェンのお出ましだ。弦楽四重奏曲第15番イ短調 op132。この曲の長大な第3楽章は「病より癒えた者の神への聖なる感謝の歌」と題されている。まさしく温かく、心がこもった音楽だ。真摯で味わい深い。もしかしたら、かぜが1日くらい早く治るんじゃないか。
もし治らなかったとしても、少なくとも損はない。なにしろ、最高度に美しい音楽が魂を慰めてくれたのだから。ゴホゴホ……。

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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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