読みもの
2023.05.07
「心の主役」を探せ! オペラ・キャラ別共感度ランキング

第11回 ワーグナー《タンホイザー》〜人生は選択の連続

音楽ライターの飯尾洋一さんが、現代の日本に生きる感覚から「登場人物の中で誰に共感する/しない」を軸に名作オペラを紹介する連載。第11回はワーグナー《タンホイザー》。中世を舞台にした傑作オペラの中で、飯尾さんが共感するのは誰?

飯尾洋一
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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オペラを観ていて「あれれ? このストーリー展開はなんだか妙だぞ」と感じることはないだろうか。といっても、オペラのストーリーが荒唐無稽だということではない(たいていのオペラは荒唐無稽だ)。ストーリーが期待と違った方向に展開する、という意味だ。

その代表例として挙げたいのが、モーツァルトの《魔笛》、そしてワーグナーの《タンホイザー》。《魔笛》は善玉と悪玉が話の途中から入れ替わるなど(第8回参照)、物語の「お約束」から外れたところがある。

ワーグナーの《タンホイザー》も同様で、不思議な手触りを残す。最初、これはヴェーヌスとエリーザベトのあいだで葛藤する主人公の物語であり、妖婦と聖女、愛欲と純愛、古代の神とキリスト教といった、二項対立の物語のように見える。ところが、タンホイザーが巡礼の旅に出かけるあたりから全面的に教会側に真理があるという前提で話が進み、ヴェーヌスベルク側には一分の理もないことになっている。えっ、これって本当にそういう話を書きたかったの? と感じるのは自分だけではないはず。

尾羽うち枯らしてローマまでやってきたタンホイザーに向かって「私の杖がもう芽吹かないのと同じで、お前なんか救済されないね」と塩対応する教皇。だったらそんなイジワルで偏狭な連中に赦してもらわなくてもいいんじゃないの……といった気分にすらなる。

《タンホイザー》を裏返しの《カルメン》として観ることも可能だ。《カルメン》では最後の場面で修羅場が訪れ、自由を求めた奔放な女が破滅する。《タンホイザー》は冒頭で男と女(ヴェーヌス)の別れがあって、自由を求めた男が破滅する。《タンホイザー》第2幕の歌合戦の場面は、《カルメン》第2幕の酒場の歌と踊りの場面の陰画のようにも見える。そして、どちらも自由の代償は高くつくという話でもある。

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《タンホイザー》あらすじ

中世ドイツの騎士タンホイザーは、禁断の地ヴェーヌスベルクで女神ヴェーヌスと快楽の日々を送っていた。しかし故郷を思い出して人間世界へと帰ることを決意する。ヴェーヌスの誘惑を振り切ってヴァルトブルク城へと戻ったタンホイザーは、エリーザベトと再会する。

 

歌合戦でヴォルフラムら騎士が清らかな愛を讃えると、タンホイザーは官能の愛を賛美し、ヴェーヌスベルクに赴いたことを明かしてしまう。激しく非難されるタンホイザーだが、エリーザベトのとりなしによって、ローマ法王のもとに巡礼して贖罪する機会を与えられる。

 

しかし、法王がタンホイザーを赦すことはなかった。絶望したタンホイザーはふたたびヴェーヌスのもとへと行こうとするが、エリーザベトの死により救済がもたらされる。

発表! 《タンホイザー》のキャラクター別 共感度

タンホイザー ★★★★☆

エリーザベトを選ぶのか、ヴェーヌスを選ぶのか。答えは出ている。幕が開いた時点でタンホイザーはヴェーヌスを選んでいる。それなのにエリーザベトのもとに帰ろうとしたのが運の尽き。おまけに騎士たちの同調圧力に負けて、ローマまで巡礼の旅に出ることになってしまった。いちいち判断が裏目に出てしまっており、気の毒というほかない。

プラハ生まれミュンヘンで活動した画家ガブリエル・フォン・マックス作『タンホイザー』(1878年 ワルシャワ国立美術館所蔵)

エリーザベト ★☆☆☆☆

ふと目を離した隙に、いつの間にか死んでいてびっくり。タンホイザーを救うために自らの命を捨てたということなのだが、そこまでの自己犠牲を払うのなら事前に相談してほしかった……。

第2幕、タンホイザーと再会したエリーザベトが歌う「貴き殿堂よ、喜んで私はおまえにあいさつを送ります(歌の殿堂のアリア)」

ヴェーヌス ★★★☆☆

最初、ヴェーヌスベルクはすごいパワーを秘めた魔界なのだろうと思ってしまうのだが、第3幕では出てきたと思ったらすぐに退散させられてしまい、案外と脆い。もう少し粘りの姿勢がほしい。

フランス人画家アンリ・ファンタン=ラトゥール作『タンホイザー』(1886年 クリーブランド美術館所蔵)

ヴォルフラム ★☆☆☆☆

ヴァルトブルク城のモテない騎士軍団代表。タンホイザーはヴェーヌスからもエリーザベトからもモテモテなのに、ヴォルフラムときたら。

言ってることは立派なのだが、そこに嫉妬が透けて見えるところが、タンホイザーをイラっとさせる。他人のことは放っておいて、自分の人生にフォーカスしてはどうか。

第3幕、ヴォルフラムが歌う「死の予感のように夕闇が地を覆い(夕星の歌)」

飯尾洋一
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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