【速報】東京都交響楽団 定期公演2025-26シーズンのラインナップが発表
2020.06.27
136年前の今日、ドビュッシーのカンタータ《放蕩息子》初演!
1885年4月22日、ロンドンのセント・ジェームズ・ホールで、ドヴォルザークの「交響曲第7番」が初演されました。3回目のロンドン訪問中に、作曲者本人がロンドン・フィルハーモニーを指揮し、大成功を収めました。
遡って1882年には、ロンドンで「交響曲第6番」が演奏され、好評を博しました。そしてドヴォルザークは、1884年にロンドン・フィルハーモニー協会から自作品を指揮するようにと招待され、自ら序曲《フス教徒》や《スターバト・マーテル》を披露。大熱狂に包まれます。
これを受けて、フィルハーモニー協会の名誉会員に選ばれ、交響曲の作曲を依頼されました。こうして作曲されたのが「交響曲第7番」でした。
この曲の評判はすぐに大陸に伝わり、ウィーンではハンス・リヒターがそれを指揮したし、ドイツではハンス・フォン・ビューローがジムロックから出版されたばかりの楽譜を使って、この曲をはじめてドイツに紹介した。ドヴォルザークは、この草稿の表紙に写真を貼り、「乾杯! 君はこの作品をめざめさせた」と書いてビューローに渡した。
『作曲家別名曲解説ライブラリー ドヴォルザーク』(音楽之友社)37ページより
ロンドンでの初演だけでなく、ウィーンやドイツでも好評を博したこの作品。ドヴォルザークは、「交響曲第6番」を作曲してからの5年間で、オペラや室内楽曲を次々と仕上げ、作曲家として充実した時期にありました。43歳のドヴォルザーク渾身のシンフォニーをお楽しみください。