追悼ファニー・ウォーターマン——コンクールを創設したピアノ教育者が残した言葉より
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...
2020年の年の瀬、リーズ国際ピアノコンクールの創設者で、優れた教育者としても知られるデイム・ファニー・ウォーターマンが、100歳で他界されました。
思い返せば、私が初めて取材したコンクールは、2003年のリーズ国際ピアノコンクールでした。フィンランドのアンティ・シーララさんが優勝した回です。
アンティ・シーララのTOPトラック
ウォーターマンさんの訃報に接し、2006年と2009年、浜松国際ピアノコンクールで審査員をつとめていらしたときの言葉を見返してみました。
ウォーターマンさんが若いピアニストたちの演奏を聴くときに重視すること。一つめは音の美しさとピアノをいかに歌わせているか。二つめは音楽的なバイタリティ。三つめは、楽譜への忠実性。「ベートーヴェンの時代にはボールペンはなく、羽にインクをつけて書いていた。だから、すべての音符に圧力がある。それを無視してはいけない」というお話、興味深い。
そして、インタビューでたびたびおっしゃっていたのが、四つめ。「音楽に、“マジカル”な何かが宿っているか」。
大作曲家たちは、天国で神様とともに暮らしている。すばらしい演奏は、時々その天国の扉を開いてくれる。すると私たちは、この世にいながらにして、天国を覗くことができる。
……そんな瞬間を求めて、審査員席に座っているということでした。
ウォーターマンさんが、最後に浜松国際ピアノコンクールで審査員を務められた2009年の優勝者は、その後ショパン国際ピアノコンクールに優勝し、今や世界で活躍するチョ・ソンジンさん。当時まだ15歳でした。
チョ・ソンジンのTOPトラック
このときウォーターマンさんは、「聴いているのは、今出している音だけではない。将来出すであろう音も聴いている。先生から“へその緒”が切れたとき、どうなるか、そこからが大事」とおっしゃっていました。
たくさんのピアニストを長く見続けているからこそ磨かれた嗅覚、審美眼というものがあるのでしょう。
近年のコンクールは、現役で活躍するピアニストを審査員として招くほうにシフトしているように思います。聴衆に訴えるパワーの強いピアニストを見出すため、それも一つの好ましい兆候です。しかし、音楽界に限らず、例えばスポーツの世界でも、優れたプレイヤーが必ずしも優れた教育者であるとは限らない……というのもまた真実。バランスと多角的な視点が大切ですね。
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