読みもの
2021.04.09
高坂はる香の「思いつき☆こばなし」第56話

続・手の大きさとラフマニノフの話~第2番協奏曲の和音は練習で弾けるようになるのか

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

撮影:筆者

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前回は4月1日のラフマニノフの誕生日にちなんで、大きな手の話を書きました。この件に関しては、ちょっと記憶に残る出来事があるので、今回も続けて書きたいと思います。

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手が大きければ弾きやすいだろうなぁ、というラフマニノフのピアノ曲はたくさんあります。

なかでも「弾きやすいだろうなぁ」を通り越して、「大事なパートなのに、小ぶりな手では書いてある通りに弾けるはずないのよ!」と言いたくなるのが、ピアノ協奏曲第2番の冒頭部分です。ラフマニノフ作品の中でも1、2を争う人気曲。

とくにあの、彼が幼少期耳にしていた教会の鐘の音を模しているといわれるピアノソロの和音には、特別な味わいがあります。ピアニストなら、弾いてみたい憧れのフレーズでしょう。

ラフマニノフの自作自演「ピアノ協奏曲第2番」第1楽章

しかし、あの左手の和音、ファ・ド・ラと1オクターブ以上開いていて、大きな手でなくては、いっぺんにわしっと掴むのは難しい。そこで手の小さい人は、音を分散させて弾くなどの工夫をしています。

私自身も、並みのサイズの手の持ち主なうえ、ピアニストのように訓練の末、すごく開く手指を持っているわけではありません。あの和音を一度に押さえることなど、もちろん物理的に不可能であります。

で、何年も前の話になりますが、ウクライナのピアニスト、アレクダンサー・ロマノフスキーさんの取材をしたときのこと。

彼は大きな手の持ち主で、実際、ラフマニノフを弾かせたらそれはもう絶品です。私は未だに、彼が2011年のチャイコフスキーコンクールで演奏したピアノ協奏曲第3番の、あの哀しみとロマンにあふれた演奏の印象が強烈に心に残っています。

1984年、ウクライナ生まれのアレクダンサー・ロマノフスキーさん。10年前のチャイコフスキーコンクールのバックステージ。手の写真を撮らせてもらいました。

アレクダンサー・ロマノフスキーが弾くラフマニノフのピアノ・ソナタ

ロマノフスキーさんの取材が終わり、私が雑談のなかでふと、「ラフマニノフの2番の協奏曲のはじめの和音は、あなたのような手じゃないと一度に掴めない、自分には一生むりだ」と言いまして。

すると彼は、私の貧弱な手を見たうえで、「一度に掴めないはずない、がんばればいける」と言い張るのです。さらに、たまたまピアノがあったので、「ほら、ここでやってみろ」と言い出す始末。

いや絶対無理だと言っても全然聞かない。鍵盤の上に指を置いて、ほら、届かないでしょ、と見せるんですが、とにかく納得しない。はい、この指ここ、この指ここ、いや、もっとこうやって指をひらけば……みたいなことを、彼は主張するんですよ。

結局、私ができるようになるはずもなく(物理的に無理なんだから仕方ない)、一方のロマノフスキーさんも、なぜか最後まで納得できないという表情を浮かべたまま、私のつかの間の“ラフマニノフ・チャレンジ”は終わったのでした。

……今思うとアレ、ロマノフスキーさんなりの冗談だったの? 真顔だったからわからなかったけど、渾身のロマ様ギャクだったの? 私のノリツッコミ、待ってたの??

などと、数年の時を経て、今急に気づいたり。今度お目にかかれる機会があったら聞いてみたいと思います。

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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