音楽ことばトリビア ~フランス語編~ Vol.1

イヌイが決めた、すごいゴールだ!

読みもの
2018.07.08
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イラスト:本間ちひろ
藤本優子 文芸翻訳者
藤本優子
藤本優子 文芸翻訳者
東京都出身。桐朋女子高等学校音楽科を卒業後、マルセイユ国立音楽院に入学。パリ国立高等音楽院ピアノ科を卒業。ピアノは中島和彦、ピエール・バルビゼ、ジャック・ルヴィエ各氏...

C'est un but inouï de Inui !

セ・タン・ビュッ・イヌイ・ドゥ・イヌイ!

イヌイが決めた、すごいゴールだ!

Twitterのタイムラインに流れてきたこの表記にシビれた。日本が決めた2度目のゴールのことだ。7月3日、サッカーのワールドカップ、3対2で惜しくも負けたベルギー戦。
乾貴士選手のInuiという名をフランス人は“イニュイ”と発音するかもしれぬが、それでも「こんなの見たことない」という称賛ことばであるinouï(イヌイ)と掛けて、ゴールの瞬間に絶叫したフランスのサッカーファンの熱狂と爽快感は、察するに余りある。

イタリアのスポーツ紙には「対戦チーム主将アザールがイヌイを称賛」「イヌイのプレーはまるで『ホーリー&ベンジ(キャプテン翼)』」との見出しが踊ったらしい。
フランスでも『オリーヴとトム』(キャプテン翼のフランス語タイトル)で日本アニメに慣れ親しんだ世代がサッカー記事を書く時代になっている。日本の漫画やアニメ好きな人たちが日本チームの好プレイを喜んでくれるのだろう。
それに、エデン・アザール(Hazard)の名も、「巡りあわせ」を意味するhasardを想起させる。さしずめ魔術師か勝負師といったニュアンスを重ねやすい名前だ。アザールとイヌイ。並べて口にするとワクワクするこの感じ、今回の世界杯のインパクトということで、記憶にとどめておきたい。

 

最近inouïということばを他でも耳にしたなあ、と記憶をひっくり返した。そういえば、5月に来日したピアニストのフランソワ=フレデリック・ギィが林田直樹さん(ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家)のインタビューに応えてベートーヴェンの話をした。
そのとき、その音楽はいまも革新的だが、間違いなく当時の聴衆に「こんなの聞いたことない」という強烈なインパクトを与えたはずだ、と説明するのに使っていた。ouïeとは聴覚のことで、そこに否定のinをつけたinouïという単語は「いまだかつてこんなもの誰も聴いたことがない」という、音楽家好みの表現でもある。
ギィは前回インタビューでも「ベートーヴェンはアルファでありオメガでもある」という名言を吐いている。「ベートーヴェンは神である」にかぎりなく近い意味なのだが、そこまで言い切らず寸止めのところでの「アルファでオメガ」のほうが吸引力もあって表現としては上かもしれない。

inouïは発音表記が [inwi] 。カタカナで「インウイ」と表記されることもある。コスメ好きの女性なら思いあたるフシもあるかもしれない。資生堂に赤いメタリックのパッケージが印象的だったインウイというブランドがある。そう、あれだ。私も最後に購入したハイライト(目の下を明るくする)はいまでも愛用している。「忘れがたい」「心に残る」のinoubliableも音が少し似ている。古めかしくて、少し詩的な印象。音楽に限らず、ことばは使う人がいてこそ、ということか。

資生堂「インウイ ザ・ルミナシティ」
全1色 4700円(税込4935円)
写真は筆者の私物
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