オペラの恋愛における嘘〜どちらがお好み? イタリアのアモーレとフランスのアムール
特集「嘘」に、恋愛マスターでメゾソプラノ歌手の鳥木弥生さんが寄稿! イタリアとフランスの恋愛の違いを、嘘のつき方に注目して見てみましょう。メゾソプラノとソプラノのキャラクターの違いも明らかに!?
武蔵野音楽大学卒業後、ロシア、セルヴィアなど東欧各地におけるリサイタルで活動を開始。第1回E.オブラスツォワ国際コンクールに入賞し、マリインスキー歌劇場において、G....
恋の駆け引きに、嘘はつきもの?
イタリアには「恋は嘘で始まり、真実で終わる」、そして、フランスには「正直さとともに始まり、嘘とともに終わるのが恋」という、相反するような、しないような、2つの格言があります。
……嘘です。私が今作りました。
嘘つきで、メゾソプラノ歌手で、自称恋愛マスターの私、鳥木弥生が暮らした2つの「恋の国」、イタリアとフランスのオペラより、ヒロインたちの、恋心ゆえの可愛い嘘をいくつかご紹介します。
恋を成就させるための嘘! イタリアオペラのアモーレ♡嘘つき3選
利用する嘘〜ロッシーニ《アルジェのイタリア女》
ロッシーニ作曲《アルジェのイタリア女》のヒロイン、イザベッラは、恋人リンドーロを助けるために、自分に惚れているタッデーオに気のあるそぶりを見せ、彼を利用します。
曰く「彼を愛していたのはあなたに会う前よ」……あなたなら、信じますか?
嘘にまつわる相関図
ロッシーニのオペラ《アルジェのイタリア女》
わかりやすい嘘〜プッチーニ《ジャンニ・スキッキ》
お次はプッチーニ作曲《ジャンニ・スキッキ》のラウレッタ。
彼女がアリア「ああ私の愛しいお父様」の中で大好きなリヌッチョと結ばれるために「彼と結婚できないなら、ヴェッキオ橋の上からアルノ川に身投げするわ!」と歌うのは、正真正銘「可愛い嘘」。この嘘に絆されたジャンニ父さんは、その後、一世一代の大嘘をついた罪で地獄に落ちたようですが、ラウレッタは、どうなったんでしょうね。
「良い子は天国に行けるけど、悪い子はどこにでも行ける」……これは、女優のメイ・ウエストによる本物の名言です。
嘘にまつわる相関図
プッチーニのオペラ《ジャンニ・スキッキ》ラウレッタのアリア「ああ私の愛しいお父様」
いじわるな嘘〜ヴェルディ《アイーダ》
イタリアの3大オペラ作曲家と言われるうちの2人の作品が並んだので、やはりここは残りのひとり、ヴェルディの作品から。
《アイーダ》のヒロイン……の敵役ですが、影のヒロインでもあるアムネリス(メゾソプラノ!)は、愛する武将ラダメスと自分の奴隷であるアイーダの仲が怪しいと睨み、アイーダに「彼、あなたのお国の軍にやられて死んだわよ!」と嘘を告げ、カマをかけます。なんて嫌な人!
しかし、動揺するアイーダを見て、たった16小節後には「騙されたわね! 彼、生きてますー!」と、明かすところが……メゾソプラノらしくて可愛いですよね?
嘘にまつわる相関図
ヴェルディのオペラ《アイーダ》(新国立劇場オペラ2013年の公演)
メゾソプラノがヒロイン♪ フランスオペラのアムール♡嘘つき3選
そろそろフランスオペラにも目を向けてみましょう。
フランスオペラといえば、メゾソプラノ。思い切ってメゾソプラノがヒロインのオペラを並べ立てちゃいます!
諦めるための嘘〜マスネ《ウェルテル》
マスネ作曲《ウェルテル》で詩人ウェルテルから猛アタックを受ける貞節なシャルロットがつく嘘は、恋を手に入れるためではなく、諦めるための切ない嘘。
恋い焦がれ、やっと再会できたウェルテルを目の前に「どうして姿を見せなかったの? 私のお父さんや、私の妹や弟もあなたを待っていたのに」と、自分の恋心を隠そうとします。もちろん、口説き魔ウェルテルの次の句は「じゃあ君は?」……シャルロットはそれに答えず「この家はあなたが出て行ったときのままなのよ」なんて話を逸らそうとしますが……ああ、もどかしい!
嘘にまつわる相関図
マスネのオペラ《ウェルテル》ダイジェスト(新国立劇場2016年公演より)
民族を背負う嘘〜サン=サーンス《サムソンとデリラ》
サン=サーンス作曲《サムソンとデリラ》題名役のひとり、デリラは英雄を誘惑し弱点を聞き出した悪女とされますが、彼女の言葉を聞いていると、どうもそれだけではない気もします。「戻ってこない恋人を待っている」と甘美に歌い「サムソンとの愛を彼の同胞に邪魔された」と怒るデリラは、ある意味『ロミオとジュリエット』のジュリエットより、ちょっと大人だっただけでは……?
「あなたの秘密を知ることで、あなたの愛を感じたい」というデリラの言葉は、本当に敵を騙すための嘘なんでしょうか?
嘘にまつわる相関図
サン=サーンスのオペラ《サムソンとデリラ》(METライブビューイング2018-19より)
引き離すための嘘〜ビゼー《カルメン》
さて、こちらも悪女の代表のように言われる、ビゼーの《カルメン》。なのですが、ここで私が嘘つきではないかと疑っているのが、ミカエラ(ソプラノ!)。彼女がドン・ホセをカルメンから引き離す最終作戦として出してきた「あなたのお母さんは病気で死にかけてるのよ!」という言葉。本当ですかねえ?
ちょっとだけ余談ですが「本気であればあるほど、口調が棒読みっぽくなっちゃうんだよね」という台詞は恋愛マスターの私がよく使う手……ではなく、よく告げる真実。その点、ミカエラのこの場面の歌には、どうも起伏がありすぎる。音程が嘘っぽいんです!
一方、カルメンが殺される前にドン・ホセに言う「もうあなたを愛していない」が、嘘ではないか? だってもらった指輪もしてるし! というのは、カルメンに幻想を抱きがちな指揮者や演出家やテノールが主張しがちな説なんですが、こちらの音程は真実味しかない、ほぼ「ソ」(最後に半音下がるだけ)。私の説では、完全に真実です。もう、まったく愛してません!
嘘にまつわる相関図
ビゼーのオペラ《カルメン》(新国立劇場オペラ2014年公演より)
さあ、イタリアオペラ的な嘘と、フランスオペラ的な嘘、あるいはソプラノとメゾソプラノ……
あなたは、どちらに騙されてみたいですか?
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