ミニマル・ミュージックってどんな音楽?~特徴と代表曲、創始者を知ろう
「ミニマル・ミュージック」は現代音楽の中でもひときわ聴きやすく、ポピュラー音楽のように親しみやすい音楽。その特徴は? どういう音楽のしくみになっているの? 作曲家の系譜は? この分野に詳しい音楽学者の柿沼敏江さんに、わかりやすく整理して解説いただきました。
カリフォルニア大学サンディエゴ校博士課程修了、PhD。専門はアメリカ実験音楽、20-21世紀音楽。著書に『アメリカ実験音楽は民族音楽だった』(フィルムアート、2005...
「ミニマル・ミュージック」とは音素材をミニマル(最小、極小)に切り詰めて扱う音楽で、具体的には少数の音を長く引き延ばしたり、短い素材を延々と反復したりすることによってつくられます。
こう言うとかなり単純な音楽だと思われるかもしれませんが、響きはしばしば複雑で、聴き手に斬新な聴覚体験を促すこともあります。
新しい調性や旋法に基づいてつくられた音楽であるため、「新調性音楽」「新旋法音楽」とも呼ばれ、前衛的な音楽とは違って聴きやすく、親しみやすい音楽になっています。
ミニマル・ミュージックの4人の創始者
ミニマル・ミュージックと呼ばれる音楽の様式は、1960~70年代のアメリカで、多くの作曲家が関わることによってつくられましたが、一般的にはラ=モンテ・ヤング(1935- )、テリー・ライリー(1935-)、スティーヴ・ライヒ(1936-)、フィリップ・グラス(1937-)の4人が代表者として挙げられています。
いずれも1930年代半ば生まれのほぼ同世代の作曲家たちで、大学で音楽の専門教育を受け、12音技法(※)を学びましたが、その後、方向転換をして、それぞれ独自の「ミニマル」なスタイルをつくりあげました。
※12音技法とは…オクターブの12個の半音を平等に用いて音楽を組み立てる方法で、1920年頃にオーストリアの作曲家アルノルト・シェーンベルクなどが考案した。
ミニマル・ミュージックのルーツとなった作品
まずは、ミニマル・ミュージックのルーツともいうべき初期の作品として、ラ=モンテ・ヤングの《作品1960年第7番》(1960)を見てみましょう。
楽譜にはシとファ#という5度の音程をなす2個の音だけが書かれ、「長く延ばすこと」と指示されています。たったこれだけです。どのくらい長く延ばすかは演奏者しだいなので、この2音を数時間にわたって弾き続けた例もあります。
このように、ある種実験的な試みとしてミニマル・ミュージックは始まりましたが、ひじょうに長い音を聴く体験は、聴き手の音への向き合い方を変えるきっかけになっていきます。
ラ=モンテ・ヤング《作品1960年第7番》
ミニマル・ミュージックを象徴する作品《インC》
学生時代からヤングと親しかったテリー・ライリーは、《インC》(1964)というミニマル・ミュージックを象徴するような作品を生み出しました。
53個の短いシンプルな音型を繰り返しながら番号順に演奏していく作品で、何回繰り返すかは演奏者に任されています。つまりある種の即興性が織り込まれた音楽で、演奏者たちは微妙にずれながら相前後して音型を演奏していきます。
ピアノの高音のド、もしくはマレット打楽器(※)でパルス音が一貫して鳴らされ、演奏者はこれに合わせて演奏するので、ずれていても全体はまとまって進んでいくことができます。
「反復」と「パルス音」がこの曲の特徴となっていますが、その点ではヤングの長く延ばされる音とは対照的です。民族楽器を含めてどの楽器でも、また声でも演奏でき、子どもから大人まで誰でも参加できることから、もっとも広く親しまれているミニマル音楽作品となっています。
※マレット打楽器とは…いわゆる「木琴」「鉄琴」のように木や金属の板を鍵盤のように並べた打楽器のこと
テリー・ライリー《インC》
スティーヴ・ライヒが取り入れた「フェイズ(位相)のずれ」
スティーヴ・ライヒは、カリフォルニアでこの《インC》の初演に参加しています。ライリーがパルス音を取り入れたのは、ライヒの助言によるようです。ライヒは、このあとニューヨークに戻り、テープ音楽作品(※)を制作し、その経験をもとに《ピアノ・フェイズ》(1967)《ヴァイオリン・フェイズ》(1967)といったフェイズ(位相)のずれにもとづく作品をつくります。
《ピアノ・フェイズ》では、2台のピアノがパターンをユニゾンで繰り返しますが、一定回数の反復を終えると、第2ピアノがわずかに速度をあげて16分音符1個分だけ前に出ます。続けて反復を繰り返しながら徐々にフェイズをずらしていき、2台の楽器がまたユニゾンに戻るまで続けていきます。
ここでわずかずつ、ゆっくりと徐々にずれていくプロセスを、ライヒは「波打ち際に立って、波がしだいに足を埋めていくのを見たり、感じたり、聞いたりする」ことに似ていると言っています。あるいは「砂時計をひっくり返して、砂がゆっくりと底に落ちていくのを見ること」にも例えています。
徐々に時間が動いていくこうしたプロセスは、それまでの音楽にはなかったものです。またパターンが反復されながらずれがしだいに大きくなっていくと、譜面には書かれていないパターンが突然現れ、予想外の音型が聞こえてきたりもします。
見た目には単純な音型が、複雑な響きと豊かな聴取体験を生むことになるのです。
※テープ音楽作品…同じ音源を2台のテープ・レコーダーで同時に再生し、次第に生じてくるずれを生かしてつくられた《イッツ・ゴナ・レイン》(1965)と《カム・アウト》(1966)。
スティーヴ・ライヒ《ピアノ・フェイズ》
フィリップ・グラスのリズムを増減させる手法
フィリップ・グラスは、インド音楽との出会いをきっかけとして、独自のスタイルを編み出しました。「ターラ」と呼ばれるインド音楽のリズムのシステムを参考にして、拍数を加えたり減らしたりする手法を考案したのです。
《2ページ》という作品では、たった5個のピッチ(音高)と8分音符のリズムで、小さな音の細胞が増減を繰り返して、始まりも終わりもないような音楽をつくり出していきます。
フィリップ・グラス《2ページ》
こうした初期の試みを展開させたのちに、グラスは演出家のロバート・ウィルソンとの共同作業により、はじめてのオペラ《浜辺のアインシュタイン》(1975)を実現します。
ほとんど物語的な構造を持たないこの作品は、まさにグラス独自のスタイルが投影された、ミニマル・オペラの金字塔とも言える作品です。
4幕で構成されるこのオペラは、増減を繰り返すリズム・パターンと短い旋律モティーフ、シンプルな和声によって5時間以上にわたって進行し、果てしない異次元の空間を出現させます。
クライマックスのないクールな表現形式
このようにミニマル・ミュージックは、長く引き延ばされた持続音、短い音型の反復、規則的なパルス音、フェイズのずれなどを特徴とする音楽ですが、音楽の形式も従来の形式とはまったく違っています。
ソナタ形式のように、テーマが展開してクライマックスへと盛り上がり、最後にまたテーマが戻ってエンディングを迎えるような形式ではなくて、最初から最後までスタティックに、またエンドレスに進行し、劇的な要素を避けたクールな表現形式をとっています。
こうした音楽は、音そのものを感覚的にとらえ、音のプロセスを体験する新しい聴取のあり方をもたらしました。
ヨーロッパと日本のミニマル系作曲家
ミニマル・ミュージックはアメリカの作曲家たちがつくり出したアメリカ特有の音楽スタイルですが、ヨーロッパや日本を含めたその他の地域でも作曲されました。
ヨーロッパのミニマル系作曲家としては、オランダのルイ・アンドリーセン(1939-2021)やエストニアのアルヴォ・ペルト(1935-)が挙げられます。ペルトは古風なスタイルをとるため「中世風ミニマリスト」とも呼ばれています。
日本のミニマル系の作曲家としては、近藤譲、佐藤聡明、平石博一、久石譲、藤枝守などがあげられます。久石譲はアニメの音楽で知られていますが、本来はミニマル・ミュージックの作曲家で、近年、原点に戻るかのように『ミニマリズム』のCDシリーズを発表しています。
久石譲『ミニマリズム』
「ポスト・ミニマル」の作曲家
1980年代頃になると、ミニマル・ミュージックに代わって「ポスト・ミニマル」と呼ばれる音楽が登場し、反復的でありながらも、より柔軟なスタイルをとるようになっていきました。
ジョン・アダムズ(1947-)、ウィリアム・ダックワース(1943-)、ダニエル・レンツ(1942-)、イギリスのマイケル・ナイマン(1944-)などです(ナイマンは、1968年にはじめて「ミニマル・ミュージック」という用語を使ったことでも知られています。)
ミニマル・ミュージックの影響はポピュラー音楽、テクノ系の音楽、ブライアン・イーノの「アンビエント・ミュージック」(※)にも見られ、いまなお大きな広がりを見せています。
※アンビエント・ミュージック…コンサートで意識的に聴かれるのではなくて、日常的な環境(アンビエント)の中で何気なく聴かれる音楽のこと。静かで控えめな表現を特徴とする。イーノの《ミュージック・フォー・エアポート》(1978)は実際にニューヨークのラガーディア空港で流された。
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