読みもの
2022.10.23
2022年は11月7日にピアノ部門が開幕!

ロン=ティボー国際コンクールとは? その源泉と歴史

1943年にピアニストのマルグリット・ロンとジャック・ティボーによって創設されたロン=ティボー国際コンクール。80年の歴史をほこり、若き音楽家たちの登竜門となったこのコンクールは、どのような経緯で誕生したのでしょうか?

船越清佳
船越清佳 ピアニスト・音楽ライター

岡山市出身。京都市立堀川音楽高校卒業後渡仏。リヨン国立高等音楽院卒。長年日本とヨーロッパで演奏活動を行ない、現在は「音楽の友」「ムジカノーヴァ」等に定期的に寄稿。多く...

ピアノ部門の本選が行なわれるパリのシャトレ劇場

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ベルギーで開催された国際コンクールで胸を打たれたマルグリット・ロン

ロン=ティボー・コンクールは1943年、20世紀前半のフランス音楽界の中心的存在であったピアニストのマルグリット・ロン(1874〜1966)とヴァイオリニストのジャック・ティボー(1880〜1953)によって創設された。2011年にソプラノ歌手レジーヌ・クレスパン(1927〜2007)を讃えて声楽部門も加わった。2022年には主催者が変わったことにより、正式名称は「ロン=ティボー国際コンクール」に戻った。

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(左上)マルグリット・ロン
(右上)ジャック・ティボー
(左)レジーヌ・クレスパン

マルグリット・ロン、ジャック・ティボーの演奏

コンクール設立のエピソードは、意外にもブリュッセルに源を発している。

ベルギーの巨匠ウジェーヌ・イザイ(1858〜1931)からヴァイオリンを学び、音楽愛好家として知られるエリザベート王妃は、イザイへのオマージュとして、1937年にウジェーヌ・イザイ国際コンクールを開催した。いうまでもなく、これが現在のエリザベート王妃国際コンクールの前身である。

第1回ヴァイオリン部門の審査員は、カール・フレッシュ、ヨーゼフ・シゲティ、そしてジャック・ティボーなど、ヴァイオリン界の重鎮で構成され、優勝に輝いたのはソ連の名手ダヴィッド・オイストラフ。翌38年にはピアノ部門が開催された。

友人ティボーから話を聞き、コンクールに足を運んだロンは、そこに渦巻く熱気にすっかり魅了されたという。

パリにも同等のコンクールを……という思いは、39年に第二次世界大戦が勃発しても揺るがなかった。「演奏の場を失った若者たちに目標を与えたい」と願うロンにティボーも共感し、43年、ナチス・ドイツ占領下のパリで、第1回ロン=ティボー・コンクールが実現する。

大戦を乗り越えて国際コンクールに

戦時中であるゆえに、オーケストラとの協演も行なわれなかったが、コンクールは閉塞したパリの音楽界に新風を吹き込んだ。ヴァイオリン部門で栄誉を手にしたのはミシェル・オークレール(1924〜2005)、ピアノ部門の優勝者は、のちに詩情溢れる自由奔放な演奏で一世を風靡するサンソンフランソワ(1924〜70)である。彼らは二人とも弱冠19歳であった。

1943年開催時のプログラム
写真提供:ロン=ティボー財団

大戦直後の第2回(46年)は、ロンの望み通り国際コンクールとして開催された。そして、本コンクールは次々と優れた演奏家を世に送り出し、世界的キャリアへの登竜門として地位を確立していくのである。

49年のピアノ部門では、A. チッコリーニ(1925〜2015)とV. ヤンコフ(19222022)が第1位を分け合い、無名だったチッコリーニを一躍国際舞台へと押し上げた。

コンクールには波乱もつきものだ。この回は、ヴァイオリン部門で16歳の天才少年クリスチャン・フェラス(1933〜82)が1位なしの2位に、ピアノ部門で27歳のピエール・バルビゼ(1922~90)が5位に甘んじた年でもあった。しかし、これが彼らの出会いとなり、伝説のデュオが誕生する。

1949年開催時の写真。一番左の男性がピエール・バルビゼ、真ん中がA. チッコリーニ、そして帽子をかぶっているのがマルグリット・ロン。
写真提供:ロン=ティボー財団

創始者の2人による偉大な功績

本コンクールに名を刻んだロンとティボーは、フォーレ、ドビュッシー、ラヴェルなど、自国の大作曲家たちと密接に交流し、その純粋なエキスをふんだんに享受した。

マルグリット・ロンは、フォーレやドビュッシーの作品について、作曲家から直接教えを受けた歴史の証人でもある。「小さなハンマー」のように指を高く上げて打鍵する彼女の奏法は、今や完全に過去のものとなったが、ラヴェルは、すべての音が鮮明に聴こえるロンの演奏を好み、彼女にピアノ協奏曲を献呈。《クープランの墓》の初演を行なったのもロンである。教育者として、前述のフランソワをはじめ、多くの演奏家を育てた業績も忘れられない。

マルグリット・ロンが演奏するラヴェルのピアノ協奏曲

イザイの愛弟子であったジャック・ティボーは、フランコ=ベルギー派の極みともいえる優美で洗練された音色で、聴衆を熱狂させた。魅力あふれる容貌と人となりの持ち主で、コルトー、カザルスと組んだトリオも 世界を席巻する。

53年、サイゴンと日本へ演奏旅行に向かう飛行機の事故でティボーは帰らぬ人となった。悲劇のあとも、ロンは晩年までコンクールの発展のために尽力を続けている。

ティボー、コルトー、カザルスによるピアノトリオ(通称カザルス三重奏団)の演奏

2023年には創設80年を迎える本コンクール。今年11月開催のピアノ部門の本選は、パリのシャトレ劇場で行なわれる。ドビュッシー《聖セバスチャンの殉教》、ストラヴィンスキー《火の鳥》、ラヴェル《ダフニスとクロエ》、サティ《パラード》など、ここで初演された作品も百花繚乱。コンクールの伝統にふさわしく、古き良き魅惑的なフランスへと誘ってくれる場所だ。

ルーヴル美術館やノートル・ダム大聖堂からもほど近いシャトレ劇場
船越清佳
船越清佳 ピアニスト・音楽ライター

岡山市出身。京都市立堀川音楽高校卒業後渡仏。リヨン国立高等音楽院卒。長年日本とヨーロッパで演奏活動を行ない、現在は「音楽の友」「ムジカノーヴァ」等に定期的に寄稿。多く...

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