5月特集「ブルー」

五月病のあなたに送る、五月病に浸りきるためのブルーなジャズ・プレイリスト~ピアノ、クラリネット、トランペット

読みもの
2019.05.14

5月特集「ブルー」。「ブルー」といえば、ブルーノート。ジャズの出番だ。
明るい音楽でテンションを上げるより、ブルーな気分に浸りたい。そんなあなたのためにセレクトしていただいた、珠玉のジャズ・プレイリスト。
「10連休はずっと仕事でした」と言うフリーランスのジャズ・ベーシスト、小美濃悠太さんによる、絶妙な名曲揃いのプレイリストをご紹介します。各アルバムのオシャレなジャケットにも注目。

ブルー案内人
小美濃悠太 ベーシスト
小美濃悠太
ブルー案内人
小美濃悠太 ベーシスト
1985年生まれ。千葉大学文学部卒業、一橋大学社会学研究科修士課程修了。 大学在学中より演奏活動を開始し、臼庭潤、南博、津上研太、音川英二など日本を代表する数々のジャ...

サッカー部のキャプテンのような5月氏に落ちる影

5月である。新緑は鮮麗、爽やかな風とおだやかな日差しに恵まれる、豊かな月である。
1月から12月まで並べてみても、5月は際立って感じが良い。喩えるなら、クラスメイトはもちろん、チームメイトからの人望も厚い、爽やかな高校サッカー部のキャプテンといったところだろう(*1)。誰からも好かれるし、実力もある。将来を嘱望されると評されてもおかしくない(おかしいけど)。

非の打ち所がないように思える5月にも、ひとつだけ黒い影がある。そう、「五月病」だ。万人から疎まれるあの病に自分の名前がつけられて、5月としては非常に不名誉なことだろう。ゴールデンウィークのおよそ半分が5月に属するというだけのことで、まるで5月氏が心身の不調の原因のように言われるのである。気の毒だ。

特に今年は10連休というボーナス感満載のゴールデンウィークで、めいっぱい楽しまれた方も多いことだろう(*2)。その分きっと反動は大きいことと思う。こう書いているだけで五月病に苦しんでいる気分になってくる。早くシルバーウィークにならないものだろうか。

*1 サッカー部はモテるので、妬ましい存在でもある。

*2 ONTOMOライターの方々のGWの充実ぶりには驚かされる(4月の特集を参照のこと)。みんなこんなに楽しく過ごしてるの? ホントに? ずるいずるい!

五月病のあなたに送る、五月病に浸りきるためのブルーなプレイリスト

前置きが長くなったが、今回は五月病でブルーな気分の諸兄のためのプレイリストをお届けしたい。「気分がブルーならハッピーな音楽で気持ちを盛り上げよう!」なんてことを言うつもりはない。ブルーな気分のところに明るい音楽を聴かされると、逆にイラッとしません? そんな同朋のために、毒を以て毒を制するためのブルーでメランコリックな音楽を集めてみました。

さよなら日曜日。愛してるよ。「サンデイ・ソング」/リッチー・バイラーク

まずご紹介したいのは、メランコリックな表現で知られるピアニスト、リッチー・バイラーク(1947~)のソロピアノ作品から「サンデイ・ソング」。

リッチー・バイラークは、ジャズ史上もっとも偉大なピアニストであるビル・エヴァンスの後継者とされ、その詩的な音色とハーモニーは多くのファンを魅了している。……と一般的には紹介されるのだが、詩的というにはかなりエグい演奏も多い。美しい音色でゴリッゴリに弾き倒す演奏にはカタルシスを感じる。

さて、サンデイ・ソングである。今この時期に聴くと、去ってしまった休日を想う別れの曲にしか聴こえない。シンプルな左手の和音はトラックを通じて繰り返され、その上で紡がれるメロディは優しさに溢れた休日たちとの笑顔と涙の別れを想起させる。きっとまた会えるよ。

五月の窓辺と憂鬱。「サッド・トワイライト」/ドン・バイロン

続いては、哀愁のクラリネット。ニューヨークで活躍するクラリネット奏者、ドン・バイロン(1958~)の作品からワルツを一曲ご紹介しよう。

ドン・バイロンは、トラディショナル・ジャズの再解釈からヒップホップまで、時代を横断しながら自分の音楽に書き換えていく特異なクラリネット奏者。クラリネットというと朴訥な音色のイメージがあるかもしれないが、彼の音色にはどこかアンニュイなテイストがある。

この曲はクラリネットのフォーキーな音色が利いていて、5月の爽やかな風の心地よさを素直に受け入れられない屈折した感情にピッタリ。そんなに暗い気分じゃないけど、なんとなくスッキリしないのよね、という方にオススメの作品。

こんなに青い空も、僕には灰色に見える。「ソング・フォー・サラ」/トマシュ・スタンコ

3曲目は、以前ほかの記事でもご紹介した、中欧が誇る孤高のトランペッターであるトマシュ・スタンコ(1942~2018)の作品。彼のキャリアの後期における傑作のひとつに数えられる(と勝手に思っている)アルバム「サスペンデッド・ナイト」の冒頭のトラックがこの「ソング・フォー・サラ」だ。

ポーランド出身ということもあり、どこか仄暗い音色がスタンコの魅力。いつでも曇り空だというポーランドの平野に吹く、乾いた風のような印象を受ける。青い空と曇った心のギャップを埋めてくれることだろう。

全編ルバート(テンポが一定でなく、揺らぎをもって演奏が進められる)で演奏されているところが、さらに物憂げな気分を演出する。五月病にダンサブルなグルーヴは不要なのだ。

タイトなビートと、ルーズな気分。「ウェン・イット・レインズ」/ブラッド・メルドー

メランコリックなジャズと言えば、この人を挙げないわけにはいかない。ジャズピアノに革命を起こした男のひとり、ブラッド・メルドー(1970~)の作品から、心地よいビートと木管楽器の響き、そして期待通りのメランコリックなピアノが楽しめるトラックを選んだ。

メルドーは、自作曲はもちろんスタンダードナンバーでも、そのギリギリのハーモニー感でスリリングかつ不安定な演奏を聴かせてくれる。ドラムが刻むエイトビートと、バックグラウンドに流れる木管アンサンブルの上にある綱を、絶妙なバランス感で渡っていく演奏からは一瞬たりとも耳が離せない。

メランコリックではあるが、少し前向きな気分になれる演奏。さすがにそろそろ五月病に浸りっぱなしなのもなぁ……という雰囲気が感じられるだろうか。

ラムと味わうキューバの憂鬱。「アット・ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド」/チャーリー・ヘイデン

もしもこの記事を夜に読んでいるのならば、ゴールデンウィークに戻りキューバを旅しているような気分を味わってみてはいかがだろうか。稀代のベーシスト、チャーリー・ヘイデン(1937~2014)がキューバ音楽をテーマに吹き込んだ大傑作「ノクターン」の最初のトラック、「アット・ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド」をお聴きいただこう。

五月の憂鬱が頭を離れない諸兄にとって、この音楽はどう聴こえるだろうか。湿気を含んだキューバの気だるい夜に心地よさを感じるか、あるいは鬱屈した気分に寄り添うようなサックスの音色に涙するだろうか。
わたくしですか? お気に入りのラムをワンショットだけ飲みながらヘイデンの深く美しい音色の海に溺れて、連休が明けるという事実を記憶の彼方に葬り去りたいです。

凄まじい超絶技巧で知られるピアニスト、ゴンサロ・ルバルカバ(1963~)が、同一人物とは思えないくらいシンプルに演奏しているところも要注目。こんなに泣ける演奏ができる人だったのね……。彼の超絶技巧を味わいたい人は、同じくチャーリー・ヘイデンと共演しているアルバム「ブレッシング」をどうぞ。1曲目から大変なことになってます。

そして僕たちは海へと還る。「ザ・シー 2」/ケティル・ビヨルンスタ

最後に取り上げるのは、ノルウェー出身のピアニスト、ケティル・ビヨルンスタ(1952~)の「ザ・シー」というアルバム。同名の曲群にそれぞれ12番までの番号が振ってある。プレイリストに入れたのはその2番目。

さぁ、暗い部屋で音量を大きめにして、このトラックを聴いてみよう。テリエ・リピダル(1947~)のギターとデヴィッド・ダーリングのチェロは、すべてのものが海へ還っていくことを教えてくれる。深く広い海に身を委ねれば、連休明けの出勤の憂鬱なんてちっぽけなものに思えてくるはずだ。

例えば、これを聴きながら通勤の電車に乗るものいいだろう。ストレスの原因でしかなかった満員電車の乗客たちも、いずれ海へ還るだけの存在だと思えてきて、すべてを許せるはずだ。たぶん。

このプレイリストでブルーな気分に浸っているうちに、もとの日常へ戻れることを願うばかりである。

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