読みもの
2018.06.27
高橋彩子の「耳から“観る”舞台」第3回

1人38役の交響曲!? 成河が挑む舞台『フリー・コミティッド』

舞台に1人現れる俳優が演じる役は38役! この夏、チャーミングかつ知性に溢れる俳優 成
河(そんは)がこの舞台に挑みます。「演劇は交響曲」と語る高橋彩子が舞台『フリ
ー・コミティッド』と俳優・成河の魅力をご紹介します。

高橋彩子
高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

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シェイクスピアが活躍したエリザベス期時代、劇場には屋根がなく、舞台美術も極めて簡素なものだったという。現代のように技術を駆使して視覚をコントロールすることができない中、時や場所や状況の変化などを表すのは、他ならぬ俳優の言葉だったのだ。

エリザベス朝に限らず、歴史的に見ても、韻文で書かれた戯曲は多く、しばしば俳優たちの朗唱が人々を魅了してきた。時代は移り、戯曲がかつてのように韻律を意識して書かれなくなった今もなお、聴くことは演劇の大きな醍醐味だ。声や言葉はもちろん、間(ま)や沈黙、テンポなどすべてを出演者たちがライブで編み、1つの宇宙を舞台上に構築する演劇は、言ってみれば交響曲のようなものかもしれない。

下っ端のマフィアから金持ちの社交界夫人まで!? 1人38役の舞台

この交響曲を1人で演奏してしまうのが、俳優・成河(そんは)が全38役を演じる一人芝居『フリー・コミティッド』だ。アメリカの劇作家で俳優、テレビプロデューサーでもあるベッキー・モードが書いた戯曲で、99年にオフ・ブロードウェイのヴィンヤード・シアターで世界初演された。

物語の舞台となるのは、ニューヨークの超人気レストラン。売れない俳優サムは予約受付係として生計を立てている。レストランには常に、客からの電話が殺到。セレブであることを笠に着てわがまま放題の客もいれば、レストラン側のミスで予約できていないケースも。さらに、なぜか責任者のボブも同僚のソーニアも出社して来ず、サムは悪戦苦闘しながら事態を収拾しようとするのだが……。

実在の有名人の名前も登場するなど、ニューヨークの風俗をふんだんに盛り込みながら、物語はスピーディに展開。電話の保留と応答を繰り返して奮闘を続けるサム1役と、めまぐるしく変わるその電話相手ほかの老若男女37役を、俳優でもある千葉哲也の演出のもと、成河が1人で演じてゆく。音楽にはホイト・アクストンの『Joy to the World』やショスタコーヴィチの交響曲第5番「革命」なども効果的に使われるが、観客が耳にする音のほとんどは彼の声・言葉だ。

 

知性と感性溢れる名優、成河(そんは)

成河は1981年生まれの37歳。学生時代に劇団「ひょっとこ乱舞」の旗揚げに参加し(09年に退団)、劇作家つかこうへいの劇団「北区つかこうへい劇団」でも研鑽を積む傍ら、数々の舞台で活躍。
シェイクスピア劇やミュージカル『レ・ミゼラブル』の演出で知られるイギリス人演出家ジョン・ケアードが手がけた『夏の夜の夢』(’07・’09)ではいたずら好きの妖精パック(漫画「ガラスの仮面」で北島マヤが演じた難役)として舞台上を所狭しと駆け巡りながら情感豊かな演技を見せ、イスラエル人振付家インバル・ピントとアブシャロム・ポラックが振付・演出した『100万回生きたねこ』(’15)では初演で森山未來が演じた「ねこ」役でコンテンポラリー・ダンスにも果敢に挑み、フランス人振付家フィリップ・ドゥクフレ振付・演出『わたしは真悟』(’16)ではロボットの真悟役を、圧倒的な存在感と得も言われぬ哀愁とで表現した。

また、ウィーン・ミュージカル『エリザベート』(’16)では本格的な歌唱もこなして狂言回しでもある暗殺者ルキーニ役を豊かに造形し、木下順二の名作『子午線の祀り』(’17)ではそれまで歌舞伎俳優たちが演じてきた源義経役を、現代劇の俳優として初めて演じて野村萬斎の平知盛に相対するなど、再演を重ねる名作にも新たな息吹を送り込んだ。

 

世田谷パブリックシアター『子午線の祀り』(2017年 会場:世田谷パブリック
シアター)
撮影:細野晋司
手塚治虫原作の舞台『アドルフに告ぐ』より
成河は神戸のナチス外交官の父と、日本人の母をもつアドルフ・カウフマン役で鬼気迫る演技を見せた
撮影=引地信彦 写真提供=KAAT神奈川芸術劇場

よく通る声、爽やかな口跡、チャーミングな容姿、敏捷な身のこなし……と多くの美点をもつ俳優だが、なにより、それらを統合し昇華させる知性・感性をもっている。というより、演奏家と同じで、これが本来の俳優の仕事だろう。38役の演じ分けにしても、名人芸やドタバタ喜劇では終わらせず、サムに働きかける周辺人物たちを通してサムの心理を描き、ひいては、都会に生きるとはどういうことかを問うと言う。成河が作品をどう捉えているかについては、拙インタビューをご一読いただきたい。

会場であるDDD青山クロスシアターは200席規模。息づかいまで直に伝わってくるような小空間での観劇は、濃密なものになるに違いない。約1ヶ月のロングラン公演なので、予定も立てやすいはず。1人の俳優の身体・言葉が紡ぐ宇宙を味わいに、足を運んでみてはいかがだろうか。

『フリー・コミティッド』稽古の様子
フリー・コミティッド
イベント情報
フリー・コミティッド

作: ベッキー・モード
翻訳: 常田景子
演出: 千葉哲也
出演: 成河
企画・製作/主催: シーエイティプロデュース

 

2018年6月28日(木)~7月22日(日)

 

DDD 青山クロスシアター

 

一般 6,900円(全席指定・税込)
※未就学児入場不可

高橋彩子
高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

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