プロメテウス——生物を創り人間に火を与えた英雄!作曲家からの人気はナンバーワン!?
音楽作品に登場する古代ギリシャ、ローマ神話の登場人物、誰だっけ? ってなることもありますよね。そんなときのために、飯尾洋一さんが神話の登場人物と関連作品を紹介する連載がスタート!
第1回は、ベートーヴェンやリストの作品に登場するプロメテウス。どんな神様なのでしょうか。
音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...
もっとも創作意欲をかきたてる神様は?
古代のギリシア・ローマの宗教はすでに消滅してしまった。今日生きる者で、オリュンポスの神々を信仰する者はひとりもいない。これらの神々は、いまや神学の部門に属すのではなく、文学や趣味の領域に属している。
トマス・ブルフィンチ著『ギリシア・ローマ神話』より
神話を題材とした名曲は数多い。作曲家たちにとって、神話は格好の二次創作の題材になってきた。神々のなかには作曲家に特に好まれる神様と、そうでもない神様がいる。
私見では、一番人気はプロメテウスだろう。ベートーヴェンのバレエ《プロメテウスの創造物》、リストの交響詩《プロメテウス》、スクリャービンの交響曲第5番《プロメテウス 火の詩》、ノーノの《プロメテオ》、シューベルトの歌曲「プロメテウス」などなど。有名作曲家たちの名前がずらりと並ぶ。
さて、こんなに人気のプロメテウスとはどんな神様なのだろうか。
ベートーヴェン:バレエ《プロメテウスの創造物》、リスト:交響詩《プロメテウス》、スクリャービン:交響曲第5番《プロメテウス 火の詩》、ノーノ:《プロメテオ》、シューベルト:歌曲「プロメテウス」
プロメテウスは人類を創造し、知恵や文明を授けた英雄
プロメテウスは巨神族であるティーターン神族のひとりで、弟のエピメテウスとともに、人間や動物たちを作る仕事を委ねられていた。粘土をこねて人間を作ってくれたのだ。エピメテウスは動物たちに勇気や力や速さや知恵など、いろいろな贈り物を気前よく与えたのだが、さて、人間にはなにを与えようかというところで、もう手持ちの贈り物がないことに気がついてしまう。
そこで兄プロメテウスに相談したところ、プロメテウスは天に昇り、太陽から火を拝借して、これを人間に手渡した。人間は大助かりだ。これで火を起こして寒さもしのげるし、調理もできる。金属の製錬もできる。道具や武器も作れるし、貨幣も醸造できる。文明の誕生だ。技術万歳!
が、これに怒ったのが主神ゼウス。プロメテウスに罰を与えることにした。岩山にプロメテウスを鎖で磔(はりつけ)にして、その肝臓をハゲタカにつつかせたのである。プロメテウスは不死身なので、肝臓を喰われても一日で再生してしまう。すると、またハゲタカがつつく。そんな永遠の拷問に耐え続けたのがプロメテウスなのだ。
となれば、作曲家たちにとってのプロメテウス人気にも納得できようというもの。なにしろ彼は人類の直接的な創造者であり、知恵や文明を授けてくれた存在である。しかもゼウスの厳罰に対しても不屈の精神で立ち向かった。人間側から見れば、不当な苦しみに対する高潔な忍耐力を持った英雄なのだ。
ベートーヴェン、リスト、スクリャービンが表したプロメテウス
ベートーヴェンのバレエ音楽《プロメテウスの創造物》は、もっぱら軽快な序曲ばかりが好んで演奏されるが、第2幕終曲に登場する主題は、後に交響曲第3番《英雄》の終楽章でも再利用されている。
ここでいう「プロメテウスの創造物」とは、もちろん人間のことを指している。このバレエでは、プロメテウスは泥と水から最初の人間を作り、天上の炎を盗んで命を与えるが、人間たちの粗野なふるまいに失望する。そこで、プロメテウスは人形たちをパルナッソス山へ連れ出し、神々が人形に音楽や舞踊、悲劇や喜劇を教え、プロメテウスの創造物は完全な人間となる。ここでは、プロメテウスは磔にならずに済んだようだ。ベートーヴェンらしい芸術礼賛の精神があらわれている。
一方、リストの交響詩《プロメテウス》からは、岩山に磔となったプロメテウスの苦悶が伝わってくる。いかにも困難に立ち向かうような楽想が続くが、最後には解放される。戦うヒーローといった趣のプロメテウスだ。
スクリャービンの交響曲第5番《プロメテウス 火の詩》はかなり独創的だ。人間に火をもたらしたプロメテウスが題材になっているが、神話以上に作曲者の神秘主義が前面に打ち出された感があり、大編成のオーケストラと合唱に「色光ピアノ」なる独自のパートが加えられている。音に固有の色彩を連動させるという発想で、作曲者の狙いはよくわからないところもあるのだが、実演では照明を駆使した演出が任意で施される(といっても聴くチャンスはそうそうないのだが)。「プロメテウス」のもっとも超越的な表現と言ってもよいかもしれない。
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