読みもの
2021.07.29
神話と音楽Who's Who 第2回

ジュピター——主神だけど、その正体は変貌自在な浮気男!?

作曲家が題材にしている古代ギリシャやローマ神話の神々を、キャラクターやストーリー、音楽作品から深掘りする連載。
第2回は主神ジュピターに着目! モーツァルトの傑作の副題にもなり、ホルストやリヒャルト・シュトラウス、オッフェンバックにも出てくる最高神は、神話と音楽作品でどう描かれているのでしょうか。

ナビゲーター
飯尾洋一
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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

ジェームズ・バリー《イダ山のジュピターとジュノ》(1790~1799年、マッピン・アートギャラリー蔵)

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最高神ジュピターの名にふさわしいモーツァルトの傑作

音楽作品に登場する神様ナンバーワンは連載第1回で取り上げたプロメテウスだが、神様の序列でいえばナンバーワンは主神、すなわちローマ神話でいうところのジュピター(Jupiter/ユピテル)、ギリシア神話でいうところのゼウスだ。

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ルーブル美術館所蔵のジュピターのカメオ。

ジュピターの名でまっさきに思い出されるのは、モーツァルトの大傑作、交響曲第41番《ジュピター》だろう。天才作曲家が最後に書いた交響曲なのだから、主神の名が題されるのも納得である。

モーツァルト:交響曲第41番《ジュピター》

といっても、この曲、モーツァルト本人が「ジュピター」と命名したわけではない。作曲にあたって、モーツァルトは神様のことなど、一切頭になかったはず。当時の交響曲ではごく一般的なことだが、曲に愛称を添えたのは他人である。この曲を「ジュピター」と呼んだのは、同時代の音楽家であり興行主でもあったヨハン・ペーター・ザロモン(1745~1815)であるという話が伝わっている。

ザロモンはドイツ出身のヴァイオリニストで作曲家だが、30代半ばにロンドンに移住して、公開の定期演奏会を主催した。このコンサート・シリーズに招かれたのがハイドンで、ここで通称「ザロモン交響曲」と呼ばれる12曲の交響曲が誕生することになった。つまり、ザロモンは音楽家というより興行主として歴史に名を残している。

そんなやり手であれば、モーツァルトの交響曲にキャッチーな愛称を付けてもおかしくはない。モーツァルトの「ジュピター」の名はまずイギリスで定着し、それから世界中に広まった。

ヨハン・ペーター・ザロモン(1745年2月20日受洗~1815年)
ボン生まれのヴァイオリニスト。宮廷楽団でコンサートマスターを務めたのち、ロンドンに渡り、音楽興行師として活躍。ハイドン、モーツァルトとの関係以外には、ベートーヴェンとも親交を深めた。メンデルスゾーンの母親と親戚でもある。

こういった愛称が定着するのは、みんなが納得するからこそ。曲を聴いて、なるほど、これは主神の名がふさわしいと腑に落ちたのである。それくらい立派で壮麗な音楽ということになるわけだが、じゃあ、どこが「ジュピター」っぽいかといえば、ずばり、第4楽章だ。リヒャルト・シュトラウスは第4楽章のフーガに「天国にいるかのような思いがした」という。終結部の輝かしさは、まさに神! 神のなかでも最高の神。それってジュピターだよね! みんなそう思ったにちがいないのだ。

女好きで奔放なジュピターが描かれた音楽作品たち

ジュピターの名はホルストの組曲《惑星》にも登場する。ホルストは太陽系の地球を除く各惑星を題材に曲を書いた。「火星」「金星」「水星」に続いて登場するのが「木星」、すなわち「ジュピター」。なぜ水星から始まらないのかという素朴な疑問もわくが、ホルストは天文学的な興味から曲を書いたのではなく、占星術に触発されたのである(「地球」が登場しないのはそのためだ。夜空に地球は見えない)。

 

「木星」には「快楽をもたらす者」と副題が添えられる。これは現実の天体としての巨大ガス惑星を思い浮かべるとまったくピンとこないが、命名の由来となったジュピターの神話的なイメージにはふさわしい。

ホルスト:組曲《惑星》より「木星~快楽をもたらす者」

神話の世界で描かれるジュピターは、女好きで奔放だ。リヒャルト・シュトラウスのオペラ《ダナエの愛》には、そんな無節操なジュピター(ユピテル)の姿が描かれている。ジュピターはさまざまな姿に変身する能力を持っており、妻に隠れて浮気を楽しんでいる。

ギリシア神話では、ゼウス(ジュピター)は美しき王女ダナエに目をつけて、黄金の雨に姿を変えて屋根の隙間からダナエの膝に降り注ぎ、ダナエを妊娠させてしまう。ダナエの父であるアクリシオス王は「ダナエの産む子により殺されるであろう」と神託を受けていたため、男が言い寄らないように、ダナエを地下に幽閉していた。だがゼウスの変身能力によりダナエはペルセウスを産んでしまった。このペルセウスはやがてメドゥーサを退治する英雄となるのだが、それはまた別の話。

アントニオ・ダ・コレッジョ《ダナエ(ユピテルの愛の物語)》(1531~1532年、ボルゲーゼ美術館所蔵)

シュトラウスのオペラは神話とは少し異なり、ジュピターはダナエを口説くために、美男の王ミダスに変身する。ミダスといえば、触れるものがすべて黄金に変わるという特殊能力の持ち主として知られている。ジュピターはミダスにこの巨万の富を築く能力を授け、その代わりにいつでもミダスと姿を取り替えられるという約束を結んでいるのだ。このあたりの「入れ替わり」設定は、いまどきのライトノベルっぽいノリを感じなくもない。

ジュピターはミダスの姿を借りてダナエを誘惑するが、ダナエは真実を見破り、本物のミダスの純愛を受け入れる。怒ったジュピターはミダスから富を奪ってしまう。それでもダナエは貧者となったミダスとの愛を貫く。ここでのジュピターはフラれ役なのだ

リヒャルト・シュトラウス《ダナエの愛》

ジュピターはオッフェンバックのオペレッタ《天国と地獄》にも登場して、おちょくられている。こちらはオルフェオとエウリディーチェの神話をパロディ化したものなので、また改めてご紹介したい。

オッフェンバック《天国と地獄》

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飯尾洋一
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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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