読みもの
2022.09.27
高坂はる香の「思いつき☆こばなし」第111話

ピアニストのゲニューシャスさんが家族で楽しんだという 耳も感性も鍛えられるゲーム

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

第16回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで銀メダルを獲得した妻のアンナさん(右)とポーズをとるルーカス・ゲニューシャスさん(左)
©The Cliburn

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いまやYouTubeにはあらゆる音源があり、とくに往年の巨匠の録音となれば、検索するとだいたい見つけることができる時代になりました。

その恩恵にあずかりいろいろ聴いているなか、ふと、「もし誰かが意図的にある音源を別の演奏家のものと偽ってのせていたら、果たして自分は気づくことができるのだろうか?」と思ったことがありました。

もちろん特徴ある演奏で知られる人だったり、前に聴いて印象に残っている音源なら気づくと思いますが、初めて聴くものだと、これがその人の演奏かと思い込んでしまいそう。おそろしい……。

今や、個人もいくらでも音源をアップロードできる状況。故意ではない勘違いも含め、そういうことは起き得るでしょう。

音楽一家は家族団らんでも耳を鍛える

そこでふと思い出したのが、ロシアのピアニスト、ルーカス・ゲニューシャスさんが子どもの頃に家族でやっていたという、とある「遊び」の話。

ゲニューシャスさんといえば、祖母は名ピアノ教育者として知られるヴェラ・ゴルノスタエヴァさん、さらに両親ともピアニストという、音楽一族のサラブレッドです。

先のクライバーン・コンクールでは、妻のアンナさんが銀メダルに輝いて、音楽一族に輝かしいタイトルがまた一つ加わったところ。

そんなゲニューシャスさんが、子どもの頃に家族団らんの遊びとしてやっていたというのが「演奏家当てゲーム」。さまざまなピアニストの音源を流し、誰の演奏か当てる早押しクイズ的な遊びを、しょっちゅうやっていたそうです。小さな頃からそんな遊びをしていたら、耳も感性も鍛えられそう。

ドイツの演奏家宅で「噂のゲーム」に遭遇!

その後あるとき、ドイツの友人の演奏家のお宅で、私もその高度な遊びに出くわす機会がありました。集まっていたのは、演奏家のご夫婦とそのお弟子さん。つまり、私以外は全員優れたミュージシャンという状況です。

たっぷり食べてワインを飲み、気分がよくなってきたところで、家のご主人が「いつものあのゲームをやろう!」といってオーディオのある部屋へ。そこで件の演奏家当てゲームがはじまったのです。これが噂に聞いていたあの遊びか!と、にわかに興奮するわたくし。

驚いたのは、出題ジャンルがすごく広く、超マニアックなレパートリーや知る人ぞ知る名手まで出てきて、それなのに、答えるほうもまあまあよく当てる、ということ。ちょっとずつ出されるヒントのセレクトーー録音場所とか、他のカップリング曲とかーーも併せて興味深く、私などひとつも答えられないけれど、見ていておもしろかったです。音楽大好き人間たちの耳と記憶力に圧倒されました。

こういう方々は、YouTubeの音源に間違った演奏者が表記されていたら、すぐに変だと気づくのかもしれない。

もといYouTubeの音源はほとんどがちゃんとしたものなのだと思いますが、なにごとについてもいちいち疑ってみがちな自分は、「これまで聴いた音源がニセモノだったら、例えば誰々の本当の演奏は、私が認識するあれではないのかもしれない!」みたいなことを考え始めてしまう……。

でもあなた、人を疑う前に自分の耳をちゃんと磨きなさいよ、と、「演奏家当てゲーム」で猛者を前にまったく歯が立たなかった夜を思い出しつつ、自分で自分に言うのでした。

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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