香川発! 究極のご当地楽器「サヌカイト」と打楽器奏者・小松玲子の不思議な巡り合い
「サヌカイト」と言われてピンとくる方はいるでしょうか? 讃岐国(現在の香川県)から産出する鉱物である讃岐岩の学名にして、その石から造られる楽器の名前です。
香川県を訪れる予定の旅人・小島綾野さんの前に突如現れた、未知の楽器「サヌカイト」。その秘密を知る香川県出身の打楽器奏者、小松玲子さんにお話を伺いました。演奏家と石の不思議で美しいお話です。
読者諸氏の故郷には「楽器」はあるだろうか? その地から生まれ、その地に縁ある人々がつくり出し、その地に鳴り響く音が……。
今回、オントリと旅人某が香川を訪れるにあたり、現地在住のYさんに「香川ならではの音楽について教えてください!」と乞うと、彼女から挙げられたのは当地の民謡や音楽イベントではなく「楽器」そのものだった。その名も「サヌカイト」……「讃岐の石」という意味だ。
筆舌に尽くしがたい、美しく温かな響き
聞き慣れない楽器の名前に首を傾げていた某に「その第一人者が東京にいる」という情報が。
ドキドキしながらその人の仕事場を訪ねると、そこにいたのは美しいパーカッショニストと、見るも不思議な楽器だった。
黒い石でできた円柱、それが木琴や鉄琴のように音の数だけ揃えられて、スタンドで宙づりにされている。それをマレットでたたいて演奏するのだが……丸く優しい音、温もりの満ちた響きに某は言葉を失った(言葉を紡ぐ仕事なのに)。
音色の系統としてはビブラフォンやトーンチャイムに近いが、無機質な漆黒の円柱からは想像もつかなかった、深く温かく心を丸ごと包み込んでくれるような音。豊かな余韻が胸の内をほんわかと照らし、それが数秒の時間を経るごとにわずかずつ消えていくのも愛おしくてたまらない、魂が癒されるような音……。
この楽器の材料である石が「サヌカイト」であり、この楽器も通称「サヌカイト」。目を丸くした某を眺め「この音を聴くと、誰もが『えっ』ってなりますね」と気さくに笑う小松玲子さんは、香川出身の打楽器奏者。世界各地のコンサートでこのサヌカイトの音色を披露しているが、どの国の聴衆も驚き、そしてこの音を好きになるという。
自分とルーツを共にする楽器……に出逢う意味
小松さんとサヌカイトとの縁も奇異なるものだ。幼少の頃から打楽器の道を志し、高松随一の音楽科高校に在籍していたとき、折しも全国高校総合文化祭が地元・香川で開催された。そこで「香川ならではの楽器を」と登場することになったサヌカイトを、打楽器専攻の小松さんが担当する流れに……。
「でも、最初の印象は良くなかったです。現物を演奏できるのはほぼ本番だけで練習が難しかったし、扱いもデリケートでハラハラしたし……」とこぼす。だが、やがて小松さんは運命の巡り合わせでサヌカイトに再会する。
東京藝大に合格し、香川から東京に移り住んでから「香川出身なら、サヌカイトを手がけている方にご挨拶に行きなさい」と教授に言われて足を運ぶことに。だがそこで、サヌカイトの開発を行なう故・前田仁さんから告げられたのは「この楽器だけの奏者になってほしい」という言葉だった。晴れて藝大に入り、これから世界中の音楽を学ぶぞ! と意気ごんでいた18歳にとって、それはやはり無理な話。
だが大学を卒業し、打楽器奏者として活躍し始めた小松さんの道と、サヌカイトとが再び交錯した。仁さんの愛息の前田宗一さんは、父の志を受け継ぎつつ「ほかの楽器もやりながら、サヌカイトを演奏したらいい」と小松さんに提案してくれたのだ。
「そこから本格的に演奏をすることになりました。でも、仁さんの言葉の重みも今ならわかる」とも。18歳のときには広い世界にばかり目を向けていた小松さんだが、一周回ってその言葉が自ら実感できるものになった。「私は西洋音楽を勉強したので、演奏する楽器は100%が外国のものなんです。コンサートパーカッションも、アフリカの太鼓も、マリンバも……逆に和太鼓や鼓などは、日本人だけど専門が違うから演奏できない」。世界の打楽器を経験したからこそ、自分の国の楽器・自分の地元の楽器を演奏することの意味を知った。「自分のルーツにある楽器……こういう楽器との出逢いって、なかなかないですよね」。
打楽器の常識をことごとく覆す
今ではサヌカイトのソロアルバムもリリースしている小松さんだが、演奏に熟達するまでの道程は困難を極めた。パーカッショニストとして世界中の打楽器を学び・演奏してきたが、サヌカイトは先達の奏者もほとんどなく、演奏方法もゼロから探っていかねばならない。
「多くの打楽器は木や動物の革、金属でできていますが、太鼓など木や革の楽器は接するうちにだんだん友達になれるようなイメージなんです。トライアングルなどの金属の楽器は、親しく近づいてくれる気はあまりしなくて『鳴らしてごらんなさい』みたいな感じ。そしてサヌカイトは……最初は全然鳴ってくれなかった。途方に暮れましたけど『試されているんだな』『それなら待ってろよ』という気持ちで取り組み始めました」
どうすれば石が一番いい響きで鳴ってくれるのか……それをひたすら探る日々。あらゆるマレットを試すことに始まり、打ち方や姿勢を研究し、演奏に必要な筋肉も鍛えた。「整体の先生に『こういう楽器を演奏するには、どこの筋肉をどうやってつけたらいいですか』と相談して。平たく言えば肉体改造ですね!」。とくに難しかったのは力加減。「ドラムもマリンバも、多くの打楽器は腕全体の重みを使って演奏することがあります。でもサヌカイトはそれをしてしまうと、吊り下げた楽器が揺れるし割れるし……だから、ほかの楽器とは逆に力をコントロールする。つまり体で衝撃を吸収しているということ。まるで日本舞踊です」。
打楽器の常識を覆すサヌカイトに、四苦八苦しながら試行錯誤を重ねた。小松さんがサヌカイトの演奏をものにするまでに要した月日は約20年。「今思えばあっという間でしたけどね。でも子育てと一緒で、大変な分だけいろんな思いが巡るんです」と、懐かしさと愛おしさと誇らしさが混じり合うような美しい笑顔で小松さんは語る。
悠久の歴史を超えた、石と人が紡ぐ音
石としてのサヌカイトも、まさしく奇跡と神秘に満ちた存在だ。まだ日本列島が今とは違う形をしていた約1300万年前、四国を形づくった地殻変動で生まれたサヌカイト。だからサヌカイト自体は香川内外で産出するそうだが、楽器に適した美しい音が出せる産地は限られ、しかも、山を1つ越えただけで音質がまったく異なるという。
そして、サヌカイトには人を見極める力があるのだとも……小松さんが鮮明に記憶している、前田仁さんの言葉が「石が人を選ぶ」というものだ。美しい音色は数多の人を惹きつけるが、それで金儲けをしようと企む者や、石を大切に扱わない者には見えざる力が働き、なぜかサヌカイトから離れる環境に身を置かれることになるのだそう。
小松さん自身にも、石の意志を感じた摩訶不思議な実体験がある。小松さんの楽器を、酔客が戯れにたたいていたらいきなりパキンと割れた。「石が『もうやめてー!』と言ったかのようでした。それほど力を入れてたたいたわけでもなく、壊れなければ永遠に風化しない石なのに」。
だからこそ「私は石に守られている、助けられている気がするんです」とも。「だから、私は石の美しい音をみんなに聴いてもらうために、精一杯精進する。石はそのままでは単なる石でしかいられないのであり、音を鳴らす人を必要として、私を導いたのではないかと」と、サヌカイトと自らとの運命的な関係性を語る小松さん。サヌカイトの音は悠久の時を超え、大地と人との関わりを巡り巡って今、鳴り響くもの……人間のちっぽけな思想や歴史を遥かに凌ぐ雄大なストーリーに圧倒されつつ、某とオントリは香川へ向かった。
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