ライ・クーダーとタージ・マハール 長い道のりを経た今、原点回帰といえるご機嫌なアルバム作品『ゲット・オン・ボード』
ラジオのように! 心に沁みる音楽、今聴くべき音楽を書き綴る。
Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画として、ピーター・バラカンさんの「自分の好きな音楽をみんなにも聴かせたい!」という情熱溢れる連載をアーカイブ掲載します。
●アーティスト名、地名などは筆者の発音通りに表記しています。
ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...
60年代に聴いたシンプルなアクースティック・ブルーズ
ぼくに最も強い影響を与えた音楽と言っていいブルーズとの出会いはいつだったか、時々考えます。深くのめり込むきっかけは間違いなく15歳だった1966年に買ったポール・バタフィールド・ブルーズ・バンドのアルバムですが、それ以前にハウリン・ウルフのシングル盤も持っていたし、初期のローリング・ストーンズの影響でブラック・ミュージックに興味を持っていました。
家から歩いて2分のところにレコード店があったので、お金がなくても何となく物色することが多かったです。当時はあまりジャンル分けしていなかった気がします。たぶん「男性ヴォーカル」の中に色々なものが混ざっていた時代だったと思いますが、わりとよく見かけるライトニン・ホプキンズやジョシュ・ワイトの名前は早くから印象に残っていました。
実際にうちにレコードがあったのはサニー・テリー&ブラウニー・マギーでした。当時のぼくは滅多にアルバムを買うお金がなかったのでおそらく母が買ったのではないかと思います。最近久しぶりにそのアルバム『Brownie and Sonny Sing And Play』を棚から引っ張り出したら1965年に発表された(録音はもう少し古い)ことが分かりました。
ブラウニー・マギーは歌とギター、サニー・テリーは主にハーモニカのシンプルなアクースティック・ブルーズ、フォーク・ミュージックの雰囲気に近いものでブラック・ミュージックがさほど分からないイギリスの若者にもとても分かりやすい音楽でした。後にシカゴ・ブルーズのよりハードなバンド・ スタイル、あるいはそのルーツに当たるロバート・ジョンスンなどミシシピーのデルタ・ブルーズを聴くようになったら、サニー・テリー&ブラウニー・マギーのレコードを聴かなくなりましたが、CDで復刻された彼らの昔の音源が耳に入ると中学生時代の懐かしさもあってそのリラックスした佇まいに再び魅力を感じたものです。
10代だったライ・クーダーとタージ・マハールが聴いたサニー&ブラウニー
彼らは2人とも1910年代の生まれで、年代からそれぞれがノース・カロライナ州を中心に活動していたブラインド・ボイ・フラーと共演していましたが、フラーが41年に亡くなった後2人が組んで長年一緒に活動するようになっていきました。ブラウニーは4歳で小児麻痺を患い、右足が不自由だったし、サニーは若いうちに目の怪我のために失明していたので2人はたいてい椅子に座って演奏していました。
そのアルバムの中で演奏されて50年代終盤から60年代にかけてのフォーク・リヴァイヴァルの時期にフェスティヴァルなどで人気が出て、イギリスにはトラッド・ジャズのトロンボーン奏者でバンド・リーダーのクリス・バーバーが招聘して、一緒にアルバムまで出しました。
『Sonny, Brownie & Chris』
やさしくスウィングするブラウニーのギター、そして汽車や動物の鳴き声の模倣も含めてアクースティック・スタイルでは第一人者というほど見事な演奏をするサニー・テリーのハーモニカはブルーズの初体験に最適だったかも知れません。アメリカでも白人が集まるフォーク・クラブにも彼らがよく出演していたようです。
LAのサンタ・モニカにあった有名な クラブ、アッシュ・グローヴで彼らの音楽に惚れ込んだ人の中に、それぞれまだ10代だったライ・クーダーとタージ・マハールがいました。 サンタ・モニカ生まれのライ、そして東海岸で育ってLAに移住したタージはその後ザ・ライジング・ サンズというグループを結成しますが、 アルバムを録音したにもかかわらず結局シングル盤を1枚出すだけで解散となり、別々の道を歩むことになりました。
1968年に発表されたタージ・マハールのデビュー・アルバムの数曲には、リズム・ギターやマンドリンでRyland P. Cooderのクレジットがあります(因みにこのアルバムでリード・ギターを弾いているのがジェシー・エド・デイヴィスですが、Statesboro Bluesで彼の演奏を聴いてドゥウェイン・オールマンがスライド・ギターに目覚めたということでも歴史的意義の深い作品です)。
ぼくはその時にライの名前を認識していませんでしたが、1年後に出たローリング・ストーンズの『レット・ イット・ブリード』の中の「ラヴ・イン・ヴェイン」で彼が演奏するマンドリンは印象に深く残りました。その後2人の活動を半世紀にわたって追ってきました。
54年ぶりにサニー&ブラウニーの音楽を再訪した二人
ブルーズを出発点にありとあらゆるルーツ・ミュージックを探りながら私たちにそれを伝え続けてくれた彼らはここにきてめでたく54年ぶりに共演アルバムを発売しました。タイトルは『Get On Board』で、サニー・テリー &ブラウニー・マギーに対するトリビュートとなっています。
ジャケットのデザインは1952年に出た10インチのLP『Get On Board:Negro Folksongs By The Folkmasters』を模倣したもので、そのアルバムの中で演奏されている有名な曲、「ミドナイト・スペシャル」、「ピック・ア・ベイル・オヴ・コトン」、「アイ・シャル・ノット・ビ ー・ムーヴド」をはじめ、サニー&ブラウニーのレパートリーから選んだ11曲をライとタージのスタイルで楽しく演奏しています。ライは歌とギターとマンドリン、タージは歌とハーモニカとキーボード、そしてライの息子のホアキンが打楽器という編成です。
今年でタージ・マハールは80歳、ライ・クーダーは75歳です。原点回帰するのに相応しい年齢と言えます。若い頃の自分たちにブルーズをやりたい気持ちを起こさせたサニー&ブラウニーの音楽を再訪し、ついでにその音楽を聴いたことがない人たちにも紹介するゴキゲンな作品です。
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