追悼マウリツィオ・ポリーニ~「作品に待ち望まれた」ピアニストの3つの特質と使命感
ピアニストのマウリツィオ・ポリーニ氏が3月23日、ミラノの自宅で逝去されました。82歳でした。1960年ショパン国際ピアノコンクールで優勝後、約10年の研鑽を経て新世代のピアニストとして登場したポリーニを、「世界最高のピアニスト」として確たるものにした3つの際立った特質とは? そして、あるべき音楽史の伝統を作っていくために氏が持ち続けた使命感とは? 年代を追いながら、5つのおすすめディスクとともに、その足跡を振り返ります。
筆者には舞台外のマウリツィオ・ポリーニの姿で印象に残る光景が2つある。いずれも2000年代に入ってからの出来事だ。
1つは毎年恒例となっていたザルツブルク音楽祭の時。当日夜にリサイタルを行なう祝祭大劇場周辺を筆者が日中歩いていると、スーツにネクタイ姿のポリーニが早歩きで祝祭大劇場に入っていくところに遭遇した。数時間後、筆者が所用を終えて、再び祝祭大劇場の周辺に差し掛かると、また祝祭大劇場に向かうポリーニに遭遇。いずれも何かに専心しながら口ずさみ、視線をやや下の足元におき、速足で通り過ぎて行った。きっと気にかかることが次々と出てきて、ホテルと祝祭大劇場を何度も往復しているのだろう、そう思わせるポリーニの姿だった。
もう1つはルツェルン音楽祭での光景。リサイタル当日、ポリーニは愛妻が運転する車でミラノの自宅から現地入りした。車から降りたときのポリーニの表情が実に柔和で心身寛いだものだった。その後すぐ会場に入り、いつもの真剣な表情で調律師とじっくりとピアノの調整に入っていた。
神経質なまでの心配性。一方でポリーニが何かに仕える使命感とプレッシャーから解放されたときの、寛いで落ち着き払った柔和さ。舞台の外のポリーニの二面性を見たとき、演奏を形づくる彼の人柄に思いをはせた。
マウリツィオ・ポリーニを語る上で絶対に外せない決定盤。ポリーニを超える「練習曲集」の録音はいまだに出現していない。音色をクリスタルの硬度と透明度にまで磨き上げ、ショパンに均整と絶妙な均衡を与える。そして圧倒的なスピード感。もうこれ以上、「練習曲集」の演奏には求めるべきものはない。
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