『レコ芸』歴代編集部員が選ぶ 心に刺さった批評#7 カントロフの衝撃が蘇る言葉の力
昨年7月号で休刊した月刊誌『レコード芸術』を、内容刷新のONLINEメディアとして再生させるべく、2024年5月24日までクラウドファンディングによる『レコード芸術』復活プロジェクトを実施中! それにちなみ、『レコ芸』歴代編集部員の記憶に残る“心に刺さった批評”をご紹介していきます。
音楽之友社では、営業、広告、ムック、『音楽の友』『レコード芸術』などを渡り歩き、現在は単行本編集を担当。自宅はCDで床が抜けそうになりながら、コンサート通いも好き。長...
青澤隆明さんの文章にあふれ出る豊かな詩情は、ほんとうに魅力的。鮮烈な来日公演の直後に書いていただいたブラームス・アルバムの批評も、過剰なまでに情感が盛り込まれ、実際に触れた鮮烈な印象がありありと蘇ってきた。「曲の激情が狂気や怒りに触れる際にも、エレガントな響きの流れは保たれ、息詰まる緊張の内にもどこか鮮やかな生命感を謳う伸びやかな愉楽がある」。これこそ、まさにA・カントロフのブラームス!
(浜中 充)
ブラームス : バラード集 Op.10、ピアノ・ソナタ第3番、J.S.バッハ:シャコンヌ(ブラームス編) アレクサンドル・カントロフ(p)〈録音:2021年3月〉[BIS BIS2600]
ブラームス : バラード集 Op.10、ピアノ・ソナタ第3番、J.S.バッハ:シャコンヌ(ブラームス編) アレクサンドル・カントロフ(p)
特 青澤隆明
アレクサンドル・カントロフのブラームス探究第2弾は、初期作の4つのバラード作品10 からヘ短調ソナタ作品5に進み、後年編曲のバッハのシャコンヌで結ぶ構成。ブラームスの初期を特徴づける不穏な情感や突発的な激情を鮮やかに生きつつ、奏者が保つ構築的な視座には祈りのような垂直性と瑞々しい歌も宿っている。
この2曲を含む2021年11 月の来日公演でも顕著だったが、持ち前の激しく直截的な没入には、全身全霊で存在を焚きつけるような痛切さがある。しかし、不穏な情動と宿命調の禍々しさが自我と主観の強度に留まらずどこか澄みやかに透徹した見通しをもつのは、カントロフの抒情的な精神の清冽さゆえだろう。
和声の響きを混濁させず、精巧な造型観を保つこともあるが、それ以前にこの青年の率直な没我には、純度の高い熱狂が宿す開放的な自由も含まれている。バラードの悲劇的な色調に染まる高揚が甘美な広がりへ向かうのも、ソナタにもみられる不穏な破壊衝動が鋭利な前衛を超え、瑞々しい才気と清新な歌心をナイーヴに伝えるのもそのためだ。曲の激情が狂気や怒りに触れる際にも、エレガントな響きの流れは保たれ、息詰まる緊張の内にもどこか鮮やかな生命感を謳う伸びやかな愉楽がある。
シャコンヌに辿り着くと、左手の自在な表情が彼の演奏に一貫して和声的な密度とバランスよい構築を支え、ていねいに細部を息づかせてきたことがあらためて明瞭になる。多様な情趣や創意が盛り込まれた初期作を通じ、若さと野心の漲る不安定を愛しながら全体の構成を支えるのにもその自律性は大きい。
シャコンヌは潤沢な響きを伝い、まっすぐに心を打つ、至純の名演。ふつう左手に託される意志の強靭さも超え、かの難曲をピアノのための音楽として美しく自然に息づかせながら、純化された歌を流麗に繰りのべていく。原曲に由来する舞踊的な旋回より、透明で水平的な広がりのなかに、その永遠を繋ぎとめようとして。それを祈りと呼ぶならば、そこには人為を超えた生命の自然な昇華がある。宇宙と称えるならば、それは静寂のなかに沁み透る切実な意志であろう。
(海外盤Review 2022年1月号)
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