ドラマ『知ってるワイフ』でショパン《別れの曲》が表現する本当の別れとは
ドラマをよりドラマチックに盛り上げているクラシック音楽を紹介する連載。
第5回は、恐妻を持ってしまった男が過去にタイムスリップするドラマ『知ってるワイフ』。ショパンの《別れの曲》は、この主人公の男・元春が何とお別れしたことを暗示しているのか?
1997年大阪生まれの編集者/ライター。 夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オ...
選択の連続で人生は決まる
もう一度、過去を選択し直せるとしたら——剣崎元春(演:大倉忠義)は、願う。
彼の妻・澪(演:広瀬アリス)は、いわゆる「鬼嫁」だ。
「ふざけんな!」「私のこと何もわかってない!」矢継ぎ早に飛んでくるのは、激しい言葉とカニの殻。頬に怪我をした元春の頭には「離婚」の二文字がよぎる。
確かに澪は怖いが、元春にも問題がある。家族運営のためのコミュニケーションを怠る、子どもはかわいいが世話をしない、家庭内の問題から逃げるようにゲームにふける。一方で澪は、家事や育児、バイト、認知症を患ってしまった母——会話が通じない夫を傍目に、多くのことを抱えすぎている。
そんなとき、元春はかつて憧れていた女性に再会。「昔、好きだった」と告白され、過去に戻りたいと後悔する。タイミングよく出会った謎の男に導かれ、元春は学生時代にタイムスリップ。
過去に戻るとき、彼は「人生は選択の連続だ」と悟るように語る。
バックには、ショパンの練習曲 op.10-3 《別れの曲》。
過去の自分との「別れ」
タイムスリップした彼は、無事に澪と別れることができたのか。
一応は、できている。晴れて憧れていた女性と夫婦になることができた。しかし、澪とは、出会う前の状態で同じ職場になってしまう。
関係性は変わっても、必要な人間は自然と引き寄せられるものなのかと感じさせられる。
しかし、物語はさまざまな「別れ」を内包している。まずは言わずもがな「タイムスリップ前の世」との別れである。
元春は別の女性と結婚し、澪は単身のまま、かわいい2人の子どもが生まれてくるはずもない。同僚は双子のパパではなくなっているし、独身だった友人は妹と結婚している。
一方、元春の記憶はそのまま。そのため職場で出会った澪のことは気になるし、憧れだった女性との結婚生活にはどこか居心地の悪さを感じている。
それに加え、澪の本来の姿や気持ちを知り、自分の愚かさに気づいていく。
この物語は、澪と分かり合おうとしなかった自分自身との「別れ」も内包しているのだ。
ショパンと主人公の「帰る場所」とは
ちなみに「別れの曲」という副題は、ショパンがつけたものではない。
とはいえこの作品が書かれたのは、青年ショパンは愛国心に胸を痛めていたときのこと。さらなる高みを目指して故郷・ポーランドを発ったものの、直後にショパンは蜂起と陥落の知らせを受けた。ショパンの不安はどれほど大きかっただろうか。
そんなショパンの状況に触れると、「別れの曲」の儚い旋律にショパンへの思いを馳せてしまう。それ以降、ショパンは故郷に戻ることなく生涯を終えた。
事情はまったく異なるが、ショパンの「帰る場所の不在」は元春と通じるところがある。元春は本来の「帰る場所」がどこか見失っているところだが、新たな時間軸でそれを取り戻すのか、澪を選んだ自分の記憶とも意図的にお別れしてしまうのか。今後のドラマの展開が楽しみだ。
放送:毎週木曜 22:00~22:54
制作著作:共同テレビ
脚本:橋部敦子
編成企画:狩野雄太
プロデュース:貸川聡子
演出:土方政人、山内大典、木村真人
音楽:河野伸
出演:大倉忠義、広瀬アリス、松下洸平、川栄李奈、森田甘路、末澤誠也(Aぇ!group/ジャニーズJr.)、佐野ひなこ、安藤ニコ、マギー、猫背椿、おかやまはじめ、瀧本美織、生瀬勝久、片平なぎさ
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