読みもの
2022.10.30
ドラマチックにする音楽 vol.16

『スペンサー ダイアナの決意』クラシックとジャズと不協和音で不安定な心を表すグリーンウッドの音楽

映画やドラマをよりドラマチックに盛り上げているクラシック音楽を紹介する連載。
第16回は、ダイアナ元皇太子妃がある決意をする3日間を描いた公開中の映画『スペンサー ダイアナの決意』。音楽を手掛けたのは、バンド「レディオヘッド」のメンバーであり、現代音楽と映画音楽の名手でもあるジョニー・グリーンウッド。クラシックとジャズを融合させたような音楽は、ダイアナの心の機微をどう表現しているのだろうか。

桒田萌
桒田萌 音楽ライター

1997年大阪生まれの編集者/ライター。夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オウ...

Photo credit:Pablo Larrain

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愛され続けるダイアナ、一人の女性としての顔

没後25年を迎えたダイアナ元皇太子妃を描いた映画『スペンサー ダイアナの決意』が上映されている。舞台は、チャールズ3世と婚姻関係にあった1991年のクリスマス。王室一行と共にエリザベス女王の私邸に滞在し、人生において重大な決断を下す3日間がフィーチャーされて描かれている。

チャールズ3世にある「要求」をされ、ダイアナは……。(Photo credit:Frederic Batier)

幸せなクリスマスのはずが、ダイアナは食事の席から逃げたり、私邸のエリアから抜け出そうとするばかりで、明らかのその場を楽しんでいないことがわかる。ダイアナが唯一リラックスできるのは、2人の子どもと、気心の知れた侍女の前にいるときだけだった。

王室という名の迷宮やパパラッチから生活を縛られる鬱屈や、チャールズとの冷えた関係性によってもたらされる寂しさ。「英国史上最も愛されているプリンセス」が、誰よりも自由を求め、羽ばたきたいと願っている。そこにあるのはプリンセスとしての顔ではなく、「名もなき悩める女性」の顔だ。

カーテンの外を見つめ、外に出たいと望むダイアナ。白のカラーが彼女の悲哀を際立たせている(Photo credit:Pablo Larrain)

ダイアナの心の不穏を表すグリーンウッドの音楽

重大な決断に行き着くまでの間、ダイアナは自分の孤独とひたすら戦っている。時に自傷行為をしたり、「悲劇の女王」と呼ばれたアン・ブーリンに自分を重ねたり、過去を回想したりして、あまりに辛い現実世界と幻想世界を行き来する。

そんな対照的な世界の往来を手助けしているのが、現代音楽/映画音楽の名手、ジョニー・グリーンウッドの手がけた音楽だ。例えば、作品の序盤に流れる『Arrival』。王室を思わせる秩序の保たれた高貴な弦楽アンサンブルが、気づけば抜け感のあるトランペットと静かなドラムスが印象的なフリージャズに変化している。時にオルガンや、シャンデリアを思わせるパーカッションの音色が挟み込まれていることで、クラシカルとジャズがなだらかなグラデーションになっている。

とはいえ、クラシカルとジャジーな作風はまるで「聖」と「俗」のように対照的。作中のチャールズは、ダイアナに「私たちは2つの顔を持たなければいけないのだ」と言う。王室の人間としての顔と、一個人としての顔。その切り替えをダイアナに要求するわけだが、彼女にはそれが難しい。ダイアナはその狭間で迷子になり、心のいどころを失っているのである。

それを象徴するのが、たびたび現れる不協和なハーモニーだ。それが響く時にスクリーンに映っているのは、決まって苦悩に満ちたダイアナの表情。2つの表情を白と黒のように切り替えられない、現実と虚構の世界の間でぼんやりとしてしまう。「聖」と「俗」の合間にある不協和は、迷子になってしまった彼女の状態を確かに表現しているし、精神的な不穏を鑑賞者の心に伝う役割も果たしている。

ポップなラストシーンでダイアナの未来を見つめる

周知の通り、1996年にダイアナとチャールズは離婚している。『スペンサー』を観て、「ダイアナは結局、窮屈な王室や浮気する夫に耐え切れなかったのだ」と捉えるのは、少し早計かも知れない。

もちろんそれらの苦悩もしっかりと描かれているのだが、ダイアナが自分を覆う「プリンセス」という面を剥ぎ、「スペンサー(ダイアナの旧姓)」としての自分を取り戻す開花の物語でもあるのだ。そして不思議なことではあるが、ダイアナのような数奇な人生を送っていなくとも、「本質的な自分の姿」を追い求めて葛藤するダイアナの姿に、思わず共感してしまう人もいるのではないだろうか。

最後に登場する音楽は、とある英国ロック・バンドによる楽曲だ。これを耳にして、その後ダイアナの辿った未来にどう思いを馳せるのかは、鑑賞者に任せたい。

ウィリアムとヘンリー、2人の息子とともに(Photo credit:Pablo Larrain)
映画情報
『スペンサー ダイアナの決意』

原題:Spencer
監督:パブロ・ラライン
出演:クリステン・スチュワート、ジャック・ファーシング、ティモシー・スポール、サリー・ホーキンス、ショーン・ハリス
脚本:スティーブン・ナイト
作曲:ジョニー・グリーンウッド
配給:STAR CHANNEL MOVIES

桒田萌
桒田萌 音楽ライター

1997年大阪生まれの編集者/ライター。夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オウ...

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